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その頃、獣人族と半獣人族の住む村では、引越しの準備中である。引越し先はムツキの家の近くにできる予定の獣人族と半獣人族の国、今まだ小さな集落程度の所だ。
ただし、この村は人族の領の中にあって、樹海の近い村でもあるため、中継地点として何人かは残す予定になっている。それは、ここに残って最期を迎えたいと言う老人たちの願いを叶えるためでもある。
「メイリ様」
犬族の半獣人、髭も長く、肌もしわしわの老体がメイリの方に向かって話しかける。
「ちょっとー、村長! いつも言ってるけど、様付けはやめてよー」
「一番の古株ですし……」
メイリは頬を膨らませながら、村長に文句を言うが、村長は困ったように彼女に呟く。
「いやー……そうなんだけどさ……。こう、私だけ、異様に長生きだけど若々しいということはあるけど、ね。でもね、こうヨボヨボのおじいちゃんに様付けされて、古株って言われるのは違和感しかないよね?」
「ただの事実に違和感と言われましても……わしが子どもの頃からメイリ様はメイリ様ですからなあ……」
メイリが可愛く同意を求めるも、村長はさらに困ったような表情で呟く。村長は今年で90歳を迎える。メイリを除けば、最年長であり、彼女だけが異様に長生きで若々しい。
「うーん……わかった。メイリちゃんって言わなかったら反応しないことにする♪」
「それは、分かったとは言わんのです……」
村長は冷静にツッコミ、メイリが舌をぺろっと出す。その様子を見て、荷物運びを手伝っているコイハがメイリに大声で話しかけてくる。
「おーい、メイリ。村長を困らせる遊びをしていないで、こっちを手伝ってくれー。正直、結構、荷物が多いぞー。早く終わらないと帰りが遅れるぞ?」
「さすがにそんな遊びはしないよー。ちょっと村長とまだ話があるから待っててよー」
「そうか、そんな雰囲気に見えたけど、すまなかった。終わったら手伝ってくれ」
「わかったよー」
メイリがそう返すと、コイハは何となく違うだろうなと思いつつ、荷物運びに戻った。メイリが村長の方へと向き直る。
「ほらね、村長。コイハなんか呼び捨てだからさ? 呼び捨てにしてくれてもかまわないんだよ」
「なんですかのう……そういうものですかのう……」
村長は違和感を覚えつつもメイリの言葉に「はい」とも「いいえ」とも言わなかった。
「ところでさ、村長はここに残るのかな?」
「そうですのう……特にわしはここが大好きですからのう……。ここで生まれ、ここで育ち、ここで死ぬ。これ以上の幸せはありますまいて」
メイリがそう核心を突くと、村長は少し驚いた顔をした後に、この村での様々な記憶がすべて思い出として蘇ってくる。
「そっか……私も長いこと、ここにいた気がするな……」
「メイリ様はむしろ長すぎるかもしれませんなあ」
「…………」
村長がそう言うと、メイリがむすっとした顔で黙った。何かが違うと表情で示しているようだった。やがて、村長が気付いて、こほんと咳ばらいをした後に再び口を開く。
「……メイリちゃんはむしろ長すぎるかもしれませんなあ」
「そうかな? でも、たしかに村長よりも長いからね」
「本当に、反応しないとは……相変わらずですな」
村長はメイリの強情さを思い出して、しわしわの顔のしわをさらに笑顔で増やす。
「……なんだか寂しくなってきちゃった。……でもね、僕ね、初めて、人を好きになれたんだ」
「まさか、無視とは……」
メイリが村長の言葉を聞かずに自分の回想へと移り、そして、自分の話へと移ったので、村長は笑顔のまま、ぽりぽりとこめかみを掻いた。
「ダーリンは本当に心の底から僕を好きになってくれているって感じるんだよね。種族なんて関係なくて、僕を妻の一人として愛してくれるって感じ。それはコイハも同じ」
「……それは良い出会いですな」
「そう、だから、ここにも残らないし、彼らの住む国にも行かないかな」
「そうですか……なんじゃ、気付かれていましたか」
「伊達に長生きしていないからね。僕をほだして、上にしようなんて甘いよ。だいたい、そういう器じゃないからね。イタズラダヌキのメイリがちょうどいい」
「さようですか。承知しました」
メイリのしたり顔に、村長はやれやれといった表情で返す。
「それじゃ、元気でね」
「……メイリちゃんもね」
メイリは笑顔になる。
「なんだ、分かってるじゃん。様付けが子どもの頃からなんて嘘、君は最初、メイリちゃんって僕を呼んでいたんだからね」
「……そうですのう。初恋もメイリちゃんでしたけどな」
村長が子どもの頃の記憶を辿り、メイリに告白したときのことを思い出す。当時の彼女が彼女なりの優しい言葉を掛けてくれたものの、彼にとって叶わぬ恋だったことに変わりがなかった。
「うーん、ごめんね。これでも僕、モテモテだからさー、何人にも初恋だとは言ってもらったけど、ピンと来なくて……。やっぱ、僕は僕の恋や愛ってものを大事にしたいから」
メイリは少しふざけながらそう言い切る。
「……そうでしたのう。そう言っておられましたな」
「さて、そろそろ、コイハの所に行くね。本当に、そう、元気でね」
「今生の別れとは思いませんから、いつでも来てくだされ」
「そうだね。もちろん!」
村長が手を振り、メイリが手を振り返す。その後、彼女はコイハと合流する。
「おーい、コイハー、終わったよー」
「そうかー。何の話をしていたんだ?」
「僕とコイハがダーリンに夢中って話だね」
「村長に俺たちの惚気話をしていたのかよ。さっさと手伝いに来てくれよ……」
「ごめん、ごめん! って、コイハ、否定しなかったね♪」
コイハの反応にメイリがイジワルな聞き方をすると、コイハは別の方向を向く。
「……嘘を吐くつもりはないからな……早く帰るぞ」
メイリは肯いて、コイハとともに準備を一生懸命に手伝った。