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『若井?
あぁ、あいつはいいヤツだよね。
よく気が付くし、何かとマメだし。
優しいし。
努力家だしさ。
いいヤツだよなぁ、本当に』
誰もが彼を、そんな風に言う。
ああ。
そうだね。
そんなことは知ってるよ。
あいつの事は、多分誰より俺が良く知ってる。
そもそも、こんな俺とさ。
ネガティブで、
神経質で 繊細で、
自分にも厳しいつもりだけど人にも厳しくて、
傷つけるくせに傷つきやすくて、
ナイーブで色々ひねくれてる。
我ながら面倒くさい性格の、俺のそばに。
ずっと、居てくれてるというだけで。
呆れずに、諦めずに、距離を置かずに、ひたむきにただずっとそばに、「居てくれている」というだけで。
とんでもなくいいヤツだってのは間違いないんだよ。
知ってるよ。
…でも、ならばさ。どうして?
どうしてあいつは。
色んなことに気が付いて俺のこといつも大切にして考えてくれて、心が痛くなるほど優しい、お日様みたいなあいつは。
どうして、俺の気持ちにだけ気付かない?
自分より少しだけ高い場所にあるその肩に、
触れる指でも。
愛を歌う声でも。
誰かと話しているその横顔を見つめる視線でも。
こんなにも饒舌に、伝えているのに。
あなたが好きだと。
誰より大切だと。
他はいらない、と。
全身で、伝えているつもりなのに。
もうずっと、覚えていないほど、
何年も、何年も前から。
(……いつまで……)
いつまで続くんだろうか。
こんな日々が。
誰もいない場所に、ぽかんとあいた空間に、
独りでボールを投げ続けているような日々が。
誰にどれだけ評価されても、
沢山の人に認められて、求められても、
欲しいと思ったものは、
宝石でもバッグでも時計でも車でも、
ほとんど手に入れる事が出来ても、
あなただけが足りない。
どれだけ想っても振り向かない。
出会った頃からずっと同じ、
優しく無邪気な「親友」の顔で、
今日も君は残酷に、俺に笑いかけてくる。
「あー、ムズいーーーっ」
レコーディングスタジオの扉を開けた瞬間、若井の叫び声が聞こえてきた。
「お?やってるね。どう?苦しんでる?」
カバンを置きながらニヤニヤしている俺に気付いた若井が、悔しそうに、
「もー意味分かんないのよ。ムズすぎて」
「いけるでしょうよ。若井さんなら、ねぇ?」
「くっそー…」
昨日、「これ明日やるから出来るようにしといて」と若井に送っておいたギターフレーズは、今回も当然、当たり前に、難易度が高い。
昨夜は一晩中、練習していたことだろう。
レコーディングスタジオの椅子に座り、若井は何度も何度も、同じ指の動きを繰り返す。
俺が涼ちゃんや他の楽器の音を確認したり、スタッフと色々話し合って調整している間も、黙々と同じフレーズを練習している。
真剣で必死な、その横顔。
それを見ていると。
俺はひどく満たされた気持ちになる。
ああ、今若井は、俺の作った音楽のことしか考えていない、と感じられるから。
必死になってくれればくれるほど。
他は考えていないと。
俺のことで頭が一杯なんだと思えて。
お前のことでいつも頭が一杯な俺と同じだと。
俺はそんなことで歓んでしまうんだよ。
苦戦している若井の後ろに立って、こうだよ、そうじゃない、と話しているうち、自分で弾いて見せた方が早いなと思えて、後ろから覆い被さるように若井のギターに手を伸ばす。
俺に後ろから抱き締められているような状況なのに、若井はほんの少しも動揺すること無く、俺の指先と音に全神経を集中させている。
相変わらず。
君は気付いてない。
俺が他の誰にもこんな風にはしないことも。
こんな時、彼から伝わってくる体温に、俺の頭の芯がくらくら痺れそうになっていることも。
「…オッケー!分かった!出来たー!」
笑顔で振り向いて、ありがと元貴!と若井が笑う。
「親友」であり「大切なメンバー」に向ける笑顔で。
「…うん、良かった」
俺も笑い返す。
「親友」であり「大切なメンバー」に向ける笑顔を作って。
昨日も、今日も、明日もそのずっと先も。
きっと君は気付かないんだろうな。
そんな君のことが世界で一番大好きで、
本当に愛しくて、
大っ嫌い。
end.