深夜を乗り越えて、刻は黎明を示した。
新たな地で見る、夜空は都市では見られぬ透明さと希望を宿していた。
少し歩いてみれば、様々な隔てる空間の1つは如何やら光を灯していた。
中へ入ってみれば、1人の人間が机と向き合っている。
シャーレの先生は未だに、使命に絞められている。
「おはようシャーレの先生。想像もしないほど清らかな早朝だな」
“でしょ?ここは、色んなものが綺麗に見えるんだ”
「……論点がずれる話だが、お前は休養を得ないのか?」
“いやぁ、勿論寝たいんだけど、仕事がね、いっぱいあって”
その発言で、再び机を観察してみれば、昨日と量が変わっていない様に感じられた。
「使命を全うすることは、良き行為だが、何よりも己の命は大事にすべきだよ」
“分かってるけどね、最近は仮眠したり、多くエネルギーバーを食べてたりしてるからね”
「その様な心構えなぞ、いつかは身を滅ぼすぞ」
然し、此奴は相当な意志を有していると分かっている。
私は仕方なく、シャーレの先生を労った。
「なら紅茶でもどうかね? 」
“いいの?じゃあ、お言葉に甘えてまたしばいてもらおうかな?”
シャーレの先生に応えるかのよう、紅茶は刹那、机の上に据えられていた。
“えっ!?いつの間に!?”
「言っただろう?私も普段から紅茶嗜んでいるのでね。ささっ、一旦は忘れて楽しもうじゃないか?」
するとシャーレの先生は過去に無いほどの速度でコップを持ち、口に運ぶ。
やはり体は正直な様だな。
“うん……やっぱり美味しいね”
「…‥試練とは、夢にも想わない時に、幾つも訪れることがある」
“ビナー?”
「お前の眼を覗いてみたんだ。言わなくても分かる。今日までに幾つもの試練を乗り越えたのだろう」
「時には、弟子を救い、時には勇者を創り、時には命を絶やしてしまいそうなっても、お前は折れず試練を乗り越えた」
“そうだね……ただの先生にしては壮大な事ばっかりだったよ”
「だがな……人間含め万物はいつか、限界を知ることになるだろう。遂には、試練を乗り越えられず悲しき概念として、空間を漂ってしまう事も多々。」
“もしかして……言葉遊び?”
「私は言葉遊びを好んでいるのさ」
“なるほど……”
「そうだな…‥言って終えば、己の限界が迫った時、お前は如何するんだ?」
“徹夜してる人に言うことかな……それ”
「眠らず一晩過ごしても、お前の解は変わらぬのだろう?」
“そうだね……なんとしても乗り越えるよ、この命捨てても”
「何故、命を捨てるのか?」
“全ては、私の生徒のためにだよ”
「ふむ、やはりお前は私の想像の余地を超えないな」
“え”
少しばかり会話を挟んでいると、不意にシャーレの先生の懐から機械音が何かを告げる。
“あ、何か来てる……電話……アヤネからだ”
聞いてれば、シャーレの先生の元にとある生徒が訪ねているらしい。
“もしもし、アヤネ。……ええ!?ビナーが!?……分かった、すぐ向かうよ”
「ビナーと云ったのか」
“あ、ああ。そっか、ごめんね、説明するとね”
この都市の私は、砂漠に救う大蛇と云われた。
預言者を名乗り、違いを痛感し静観する理解者だと云われた。
まさか、私の名を冠する者がいるとは想像もできなかった。
それに、何処となく、私と共通して理解者であった。
これは面白い。逢ってみたいものだな。
「シャーレの先生よ。私も同行を希望したいのだが、良いか?」
“ん?ああ、大丈夫だよ”
もう1人の私が顕現した場は、戦場と予測したが、意外にも二つ返事で承認した。
そうしてシャーレの先生と共に、行き着いた先は、文明が消えた砂漠だった。
「この様な都市に、砂漠の様な過酷な地があるとはな」
“昔は、砂漠じゃなかったらしいけどね、突然砂漠化してしまったんだ”
「厄災か?」
“さあね、私にも分からないな……”
砂漠を渡り、次々とビルが見え始める。
砂漠と都市の対立関係にある二つが融合し、1つの芸術を生み出している。
一つの絵画を鑑賞していると、目的の場所へ辿り着いた様だ。
“みんなー!来たよー!”
シャーレの先生が、荒廃した都市に呼びかけると。
「あっ!先生!こっちです!」
1人の少女の声が、それに応え、私たちを誘導する。
“分かったー!よし、行こう”
互いの言動から、シャーレの先生は生徒と相当仲を深めている様だ。
佇むビル群を縫い進み、一軒のビルの屋上に辿り着く。
私たちを待っていたのは、5人の天輪を持つ少女達だ。
「ごめんねー、先生、またビナーが……って、その大人は?」
盾を携えた少女が、先に話し出したが、何かに疑問を持ったか、口が止まる。
「もしや、私の事か?」
「まぁねー。君以外にいる訳ないでしょ?」
幼い外観に反して、言葉は年相応の鋭さだ。
私に向けられた視線は、都市の手慣れ如く警戒心を持っている。
「ん、先生。そこの人、誰なの?悪いけど、一般人はあんまり来ちゃいけないけど」
「先輩!初対面の人なんだからって、急に一喝しないの!実際そうだけど!」
「中々の辛口だな」
“まあまあ、みんな。この人は、キヴォトスの戦闘調査で来てくれた人なんだ”
「珍しいですね。まさかここを選んでくださるとは……」
戦場の中に立っているとは考えられない程、その少女達は雑談を重ねていた。
“まあ……時間も迫ってる事だし、前置きはここまでで……”
シャーレの先生が、一度切り上げこの事案について語ろうとした所……。
ゴォオオオオン!!!
大地を揺るがすほど喧しい爆音が轟く。辺りの聳え立つビル群は揺れ、何処からか何羽もの鳥が騒音に耐えきれず飛び立つ。
そして今眼前で、生命を感じさせられない蒼白の皮膚を持った、星空に届きうる巨大な大蛇が砂漠の下から浮き出ようと、震え現れた。
「あら?」
「わわっ!?来た!」
「あわわ、予測よりも早い浮上です……!」
唐突にビナーの顕現に、少女達は焦りを見せた……が。
「ん!どうやら、あっちはまだ私たちがいることに気がついてない!」
「大人気ないけど、不意打ち、仕掛けちゃお!」
共に現れた隙を見逃さず、かの者らは仕掛けに入る。
“それじゃあ……戦闘開始!”
そしてシャーレの先生の掛け声で、少女達は駆け出した。
この特等席から眺める景色は素晴らしかった。
少女達は建物を駆け回り、大蛇は周囲のビル群を薙ぎ倒し、光線で少女達を追跡する様は、まるで映画の様だ。
さて、戦況は想像よりも拮抗していた。
少女側は、巧みに大蛇の猛攻を躱しながら、反撃を試みているものの、これといった攻撃が決まらず防御一方だった。
対してビナーは破壊力を持ち合わせた光線など駆使し、相手に隙を与えずにいるが、肝心の攻撃は捉えられず、空を切っていた。
「ふむ、中々決着がつかないようだが」
優劣を着けられない戦場に、 いつの間か置かれた椅子に腰掛けながら紅茶を嗜んで眺めている私は疑問に思ったので呟いた。
“うーん、互いの能力値の変動はないと思うけどな……”
シャーレの先生も同様、決着がつかない戦闘に疑問を持っている。
冷や汗を掻きながら指を忙しなく触り動かしては、偶に顎に当て考える仕草を見せていた。
戦場は煙を巻き上げては、中から激しい爆発が断続的に発生していた。
私はあの大蛇に期待を寄せ過ぎたかもしれないな。
奴は、私を名を冠してよろしいほどの戦力を持っていない。
ため息を吐き捨てて、飲みかけの紅茶で満たされたマグカップをテーブルに置き、重い腰を上げた 。
“……ビナー?”
「なに、少し体を動かすだけだよ」
軽い返事で返し、そのまま歩む。
“ま、待って!これ以上進んだら、落ちちゃうよ!”
何か察知したか、シャーレの先生は止めに入るが……。
忠告を無視し、私は数階はあろうビルの屋上から飛び降りる。
微量な浮遊感と下方からの風を感じ、数秒後には、もう路地に立っている。
「ふぅ、久方ぶりに飛び降りてみたが、中々腰にくるね」
当然、衝撃はある。
が、腰だけまで抑えられるのは一般人を一線を超えている。
“……へ?”
そ其の光景を間近で確認したシャーレの先生は呆然と立ち尽くしていた。
「お楽しみはこれからさ」
歩は止まらない。
瓦礫と砂山が積まれた路を、我関せずと突き進む。
其の様に、少しずつ確実に大蛇の下へ辿り着く。
すると、私に気付いたのか、1人の少女が驚愕する。
「うへっ!?なんでここに!?ちょっと!ここ危ないから!てか……」
少女の言葉は続かなかった。目の前の大蛇が、大きく口を開き、其の内部で粒子が凝縮し、眩い光を放つ。
光線の合図だ。
“みんな!お客さんが、ビナーの近くまで来てる!な、なんとか止めて!!”
「ええ!?どういうこと!?」
「ん!?」
シャーレの先生の助言で、私と云う存在に気づいた少女達は、護衛の為近寄ってくる。
「ま、まずいです!!!ビナーの光線が放たれます!!!」
ゴオオオオオオオオオオオ!!!!
瞬間、辺り一面が一層強い光に包まれた。
光線は、爆音と共に、地面を抉り、ビルを倒し、空を切る。
まさに其の一連が始まろうとし、皆同様に罪なき人が目の前で消えてしまった事実に絶望した。
“ビナー!!”
カギィィィィン!!
「見掛け倒しの攻撃だ。其の様な軽率な攻撃で私を殺せるとでも?」
本来は聞こえるはずのない死人の声……否、其の声は正しく光線の内部で発せられていた。
「え?なんで……生きてるの?」
唖然と、不可解な状況を見守る数人。
本来一般人なら消し飛ぶ程の威力を有する光線だ。
これを真っ向に耐えられるのはキヴォトス人程の超人のみ……。
そうさ、私は超人さ。
手を前に翳すと同時に、掌から棘のある黄金と漆黒の光を放出させる。
全てを開くという特異点を持つ光は、僅かの量で、光線を私に当たらぬ様切り裂く。
光線と擦れるたびに、妖精は切り裂き続けて、切断音が立て続けに鳴り響く。
光線の火力が次第に低下してくる時、妖精の出力を一気に高める。
直様、妖精が光線の根元まで蝕み、遂に口元を切り裂いた。
ギギギギギギギギシャン!!
引き裂く音が響く中、大蛇は重厚な音を叫びながら後ろへ仰反る。
周囲は瓦礫と地面が衝突する音による演奏会が開催されていた。
「す、すごいです!あのビナーに圧倒するなんて……!」
「ちょっと感心しちゃったけど、あんまり壊さないでよ!!」
「うへー、おじさん達の大切な街だからねー」
「ほう、戯言を言える程余裕の様だな」
“あー!ミサイルくる!”
風を切りながら迫り来るミサイルに気付いたシャーレの先生は焦燥で満ちた声で叫んだ。
「おっと、ここはおじさんに守らせてねー」
突拍子も無く、其の少女は同等の背丈の鉄の板を展開、地面に突き刺した。
「其の盾だけなぞ、少し物足りないではないか?」
彼奴の攻撃、私は耐えられたが、庶民的な盾では防げるか否か。
「この盾はね、歴戦の盾なのさ。こいつの攻撃だって何度耐えたことかな?」
少女は揶揄って答えた。確かに、表面に幾度も扱われていた痕跡がある。
「自慢話は此処までだ。己の命が惜しければ、離れろ」
再び蝿の群れの様に集るミサイルに目を向ける。
「ちょっと?せっかく助けてあげくれてるのに……って先輩!危ない!」
「セリカちゃん、どうし……うおっ!?」
異変に気がついたか、とある少女が忠告した。
件の少女は、素っ気なく応えようとしていたが、同様に異変に察知し、直様距離を取る。
たったの一振り。妖精が込められた右腕が空を切ると、妖精達が飛び出し迎撃に向かう。
結果、妖精はミサイルを貫き、空で無様にも散り行く。
「ん、すごい!一振りで、ビナーの攻撃を全部受け止めた!」
1人は感動して、其の光景を眺めている。
(その後、他の少女に阻まれていたが。)
「さあ、もう1人の私よ。無様にも精一杯の猛攻が五味の様に散ってしまったぞ?」
“舐めプ!?”
逆鱗を撫でてしまったか、大蛇は口を大きく開け咆哮を鳴らしたのち、其の野太く長い身体を近寄らせてきたのだ。
「動きが単調だ。お前の先人に叩き込まれなかったか?」
猪突猛進する大蛇に、次はどの様に芸で持て余してやろうと少し考えた。
其の隙を突いて、大蛇が身体を馬鹿正直に突っ込ませたが、案の定うまくいく算段では無かった。
「鎖」
そう唱えた刹那、大蛇の陰から、黒と黄金の鎖が次々と伸び生え、囲み拘束した。
そうして、大蛇は次第に、勝手に動きを止めること余儀なくされた。
「わ、わあ」
「あの一瞬で、あんなデカいのを止めた……!?」
放心状態の空気の中、警戒心もなく大蛇に近寄り、鼻らしき部位をそっと撫でた。
「近寄ってみれば、可愛いものだな。いっそのこと、己の尻尾でも噛んで無限の象徴とか云う奴に成れば良いではないか?」
容易く、気げなく大蛇を煽り、怒りを誘発させてみることにした。
予想通り、大蛇は、苦労して口を開き光線の合図を示した。
「本当に大丈夫なの?あんなに煽ってるけど」
“あんな力見せられちゃったからね、なんとも……”
「はぁ、なんと動きが読めやすい単純な奴なんだ。容易く怒りを振り回してはいけないさ。最悪な事態を引き起こすぞ。」
不気味に微笑んだ私は、次に錠前と唱えると、不意に大蛇の口が閉ざされ、錠前の陰が浮き出る。
封じられ、行く場も失った粒子の集合体は、内部で暴発し自滅すると考えていたが、あっさりと消えてしまった。
「はぁ、お前が虚しく散る様を直接眺めたかったのだがな……」
「ん、自爆か……。参考にしてもら」
中々熱心な子に、敬意を払われたが、其の言葉は続かなかった。
「シーローコちゃーん?」
「ん……」
再び阻まれてしまい、今度こそ口を閉じた。
「さて、お前にはそろそろ退場して貰おうか」
此奴の興なぞ失ってしまった。
とっとと片付けようか。
腕を空に伸ばし、力を溜める。
同時に近辺は、薄い金と黒のグラデーションが為された光が掌に集中する。
其の最中、大蛇はなんとか鎖を振り解こうを大きく揺らした見た様だが、より縛られてしまったのか、それとも観念したのか、遂に全く動かなくなってしまった。
手を前に翳す。そうすれば、集まった光は、渦を巻き1つの物体を創造する。
柱。決して進行を止めることはできない暴君。
今から眼前の大蛇を貫こうとしようか。
そう意気込み、手の力を緩め、柱を放つ。
柱は、水平線の彼方まで突き進んだ。
行手を阻んでいた大蛇は、其の進行を止めることなく、貫かれてた。
「ビナー……げ、撃破!」
無線からノイズ混じりで響く声を最後に、戦闘は終わった。
周囲からは、次々と緊張の糸が解ける音が聞こえてくる。
“よかった…‥。一時期はヒヤヒヤしたけど、なんか圧勝しちゃったね ”
「いやー、にしてもあの人強いねー、いつかお手合わせしたいなー」
「ホシノ先輩!?」
安堵、称賛、ポジティブな会話が成される。
私もそろそろ紅茶を嗜もうと、そうしようとしたが。
ペラ……
此処で、場に似つかわしくない乾いた音が響く。
「ん?」
発信源は何処らだ?辺りを見渡してみたが、己の身体を凝視して、灯台下暗という事を察した。
「え!?旅人さん!身体が……!」
皮膚から、何かが剥がれ、空へ舞う。
これは紙だ。あの場所の、本のページだ。
理解した。此処は本の世界だ。
「成程。もう目醒めの時の様だな」
「目覚め?ちょっと何言ってるの?」
疑問に思ったか、困惑の声で問いかけられた。
「如何せんお前等には分からぬ話だが」
「はぁ!?」
「辞世の句でも残してみたら?」
揶揄い。きっとあの少女だろう。
「飲み込みが良いのか、捻くれてるのか……」
「まあ、君がこれくらいで死ぬとは思ってないからね」
「聡明な奴だな」
飲み込みの早い奴だ。ただよらぬ雰囲気を有していたので、接待してみたいがどうせ叶わない話だ。
「そうだな……ではシャーレの先生よ」
“え?”
状況に追いつけないシャーレの先生に一言残そうと思う。
「いつか星位を刻めることを祈るよ」
其の言葉を最後に、身体が全て本のページと成り、宙を舞って何処かへ流れ消えた。
目醒めれば、そこは図書館だった。
足元には、都市にしては明るい彩色の本が乱雑に捨てられていた。
推測するに、この本の世界に入ってしまった様だ。
さて元凶は何処だろうか。
最後に、この書物の名を載せようと思う。
Blue Archive
ビナー、キヴォトスへ行く、完。
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