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それほど遠くない昔のお話です。
とある豊かな王国がありました。王国の民は大変働き者で、様々な道具や装飾品を作る職人、ありふれた食材でとてもおいしい料理を作る料理人、本物そっくりの肖像画を描く絵描き、市場を管理する商人ギルドの親方など、いろんな仕事に毎日精を出していました。
ある時、海の向こうの大国からとても位の高い魔法使いが王国にやって来て、職人、商人の親方たちを広場に集めて珍しい魔法道具を見せました。
それは道具自体が知恵を持つ物で、魔法をかけられたペンは「これについて知りたい」と声をかけると、ひとりでに羊皮紙の上にいろんな説明を書いてくれました。
また同じく魔法をかけられた絵筆は、「こういう絵を描け」と命じれば宙に浮いてひとりでにキャンバスに絵を描いてくれました。しかも人間の絵描きより上手に描いたのです。
魔法をかけられたコイン入れの箱は、たとえば客が銀貨1枚を入れるとひとりでにお釣りの銅貨を吐き出しました。ちなみにその王国では、銅貨100枚で銀貨1枚と同じ価値でした。
これは便利だと思った親方さんたちは、さっそく大金を払ってそれらの魔法道具をたくさん買い込みました。そして使い道を考えると、それまでずいぶん無駄な人の雇い方をしていた事に気づきました。
商人の取引にはいろいろと複雑な計算や手紙のやり取りがあります。市場の親方がそれを全部自分でやるのは無理なので、どこの親方も大学で教育を受けた人たちを大勢雇っていました。
ところが魔法のペンを使えば、どんなにややこしい計算も、仕入れのための他の土地の商人への手紙も、王室に収める税金の金額の申請も全部ひとりでに出来てしまいました。
市場の親方たちはそれまで雇っていた事務仕事の人たちをみんなクビにしてしまいました。
魔法の絵筆は絵具などの材料を横に置いておけば、これもひとりでに見事な肖像画を描いてくれます。しかも親方が見てみると、人間の絵描きよりもはるかに本物そっくりの絵でした。
肖像画工房の親方たちは人間の絵描きさんたちをみんなクビにしてしまいました。
市場の商店では必ず一人ニンフを雇っていました。ニンフというのは、愛の女神様が作り出した妖精です。いつまでも若くて美しい少女のような姿をしていて、夜のあっちの相手にはうってつけですが、逆に言うとそれ以外には特に能がありません。
とは言え、お釣りの計算ぐらいは出来るので、店主の代わりに店先で代金を受け取って客にお釣りを渡す仕事だけをさせていました。これも魔法のコイン入れの箱が勝手に出来てしまいます。
市場の商店の店主たちは、ニンフたちをみんなクビにしてしまいました。
さあこれで、これからはもっと儲かるぞ、と親方たちや店主たちは喜びました。それまで人や妖精を雇って払っていた賃金が要らなくなるからです。
そしてどこの工房も市場も商店も、魔法のペンや絵筆やコイン入れの箱であふれ返りました。
ところが、どこの店も工房も、途端に売り上げがガタ落ちになりました。市場の親方たちに至っては破産する者が続出しました。まだ破産まではしていない市場の親方たちが原因を調べてみると意外な事が分かりました。
商人の取引事務をしていた人たちは、遠い場所の商人たちから仕入れをする時に、手紙でわざと少し少なめの量を注文していました。一度にあまりたくさん仕入れると、たくさんあるんだから値段をまけろと言う客が増える事を知っていたからです。
ところが魔法のペンが書く仕入れの注文の手紙は、あればあるだけ送るようにと言ってしまっていました。当然客は値引きを要求し、ある市場で値段が下がると他の場所の市場でも値引きせざるを得なくなり、売れている量は同じでも売り上げの金額はどんどん減っていたのです。
また、肖像画工房では貴族様たちからの注文が激減しました。いくら身分の高い家柄と言っても、全員が美男美女というわけではありません。人間の絵描きさんたちは、実は本物より少し美しい姿に描いていたのです。
ところが魔法の絵筆はそんな気遣いはしません。見たまま、そっくりそのままの肖像画を描いてしまいます。これが貴族様たち、特に奥方様やご令嬢たちには不評だったようで、肖像画を頼んで来なくなっていたのです。
ニンフたちが働いていた商店では、一日あたりで売れる品物の量がこれまた激減しました。とくに男の客が来ても前ほどたくさん買わなくなりました。
実は男の客たちは、美しくて可愛いニンフの娘たちの顔を見ておしゃべりをしたいがために、しょっちゅう店に来て必要以上の品物を買っていたのです。
魔法のコイン入れの箱は確かに便利でしたが、そういう楽しみはありません。それで男の客たちはたまにしか店に来なくなり、必要最低限の物しか買わなくなっていたのです。
親方たちはあわてて魔法道具を使うのをやめて、クビにした雇い人たちを呼び戻そうとしましたが、彼ら彼女らは、もう山脈の向こう側にある別の王国に引っ越していた後でした。
かつて豊かだったその王国の商人たちはすっかり貧乏になり、国全体も活気のない貧しい王国になってしまったそうです。