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討伐した魔獣から必要な部位を回収し終わると、ジークはちらりと巣穴の入口を見た。ティグが倒したもう一匹が横たわっているのだが、それは獣の死体と言うよりはただの消し炭だった。
確か、聖獣が使うのは光魔法で、魔法使いの火や炎とは違って、燃やすというよりも消し去るに近いようだった。威力としては十分過ぎるけれど、これは少し問題だなとジークは栗色の前髪をワシャワシャと掻き上げる。
「もう少しだけ、手加減できる?」
ギルドに提出する部位まで消し炭になってしまうと、依頼達成の報告ができやしない。せっかく倒したのに、これでは勿体ない。
「ティグが強いのはよく分かったけど、全部消したらダメだ。倒すだけでいいから」
「にゃーん」
お行儀良くちょこんと座るトラ猫の前にしゃがみ込んで、優しく言い聞かせる。とりあえず今日のところは一匹分だけを提出することにして、日が落ちる前にと急いで森を出た。
石壁の検問所が見える前にローブの中に猫を隠し入れ、確認されれば顔だけを出させる。さすがに朝と同じ検問人だと、特に見せるようにと言われることも無い。毎日のように同じ顔触れの冒険者が出たり入ったりしていると、検問がいい加減になるのも仕方ない。
先に宿屋に寄ってティグをお留守番させてから、ギルドに依頼達成の報告に行く。道すがらに何人もの冒険者とすれ違ったが、この時間帯の彼らは怪我をしていたり汚れ切っていたりとなかなかに荒んでいる。
朝には装備をガチャガチャと鳴らして勇ましく出ていった者も、戻って来る時には仲間の肩を借りなければ歩けなくなっていることだって珍しくはない。命を落としたり、致命的な大怪我をして引退していく者も後を絶たず、ギルドに顔を出す度に出会う顔ぶれが変わっていく。
それでも冒険者が居なくならないのは、ジークと同じように力試しや刺激を求めて集まってくる若者が途切れないからだ。ここは夢と絶望とが混在する街だ。
今日も見たことない顔がちらほら居るなと思いつつ、ギルドの窓口で達成報告を済ませると、いつもと同じように翌日分の依頼を求めてボードを眺める。
薬草採取は問題ないけれど、魔獣討伐は単体だとティグが満足しないから群れの依頼を探してみる。受諾条件に引っかかってしまうのは分かっていたので、そこは交渉してみるつもりで窓口へと向かった。以前に他の冒険者が、自己責任の元に受諾条件の緩和を勝ち取っていたのを見たことがある。だから、粘れば何とかなるかもしれない。
「この依頼はソロでは……あ、いえ、ジークさんなら大丈夫ですね」
「いいの?」
「ええ。噂はいろいろ聞いてますんで」
交渉無しにあっさりと受諾できてしまい、少しばかり拍子抜けする。噂って何だとは思ったが、まあ大体想像は付く。実績ある冒険者なら、多少の融通は利かせて貰えることがあるようだ。
「あ、あと、契約獣の登録がまだのようなので、それも今させてもらいますね」
「それも噂で?」
そうです、と頷くと職員は一枚の用紙を差し出した。噂で動く職員がいるのも組織としては問題だなと思ったが、特に触れはしなかった。
契約獣がいる冒険者はギルドに登録しておくことで今後も受諾条件が緩和されるとの説明だった。任意で名前と種別だけを記入する簡易な物だが、登録する者は意外と少ない。まず、契約の魔法が使える魔法使い自体がほとんどいないからだ。この時ほど、自分が魔法使いで良かったと思ったことはなかった。
「名前はティグ、種別は虎ですね」
契約獣の首に付けるプレートもあると勧められたが、それは遠慮した。大型獣用の物は猫には大きすぎて付けられないし、そもそもティグは契約獣じゃない。サイズが合ったとしても、大人しく付けてくれるとも思えない。
翌日の予定も決まったところで、相棒の待つ宿屋へと戻ることにした。途中で屋台に立ち寄って夕食を確保すると、自然と早足になった。
「ただいま」
個室の扉を開くと、案の定ティグは入口前でちょこんと座って待っていた。ジークの顔が見えると、尻尾を伸ばして擦り寄ってくる。
「晩御飯にしようか。お腹空いただろ?」
「にゃーん」
聞くよりも早く食べ物の匂いで分かったのだろう、身体を伸ばしてジークの脚によじ登ろうとしてくる。頭を撫でて宥めながら皿に取り分けてやると、勢いよく頭を突っ込んで食べ始めた。
ティグの食べっぷりに感心しながら、自分も買って来たばかりの肉串にかぶりついた。ナイフとフォークを使って上品に食事していたのが遥か昔のことのように思えたが、ほんの数か月前のことだ。
冒険者になりたての頃は、即席のパーティを組むことになった者達と親睦を深めるという口実で前夜に飲み屋に繰り出すことはあった。翌日の討伐への士気を高める意味合いもあったし、情報交換の場でもあった。
そして普通は、依頼を終えた後には懇親会と称しての飲みの集まりがあるはずなのだが、ジークはそれに呼ばれたことは一度も無かった。大抵はギルドで報酬の分配をした後に気まずい空気のままで現地解散だ。それに関してはまあ、ジークの無双っぷりが原因だったので今更何を言っても仕方がない。
だから、その日の依頼内容を思い出しながら誰かと食事するのは、ティグが初めてだ。
「明日は群れの依頼を受けて来たから、ティグも頑張ってくれよな」
相変わらず、あむあむと声を出して食べ続けている相棒の姿に、ジークは目を細めた。持っていた串から肉を外して分けてやると、それも嬉しそうに一瞬で頬張っていた。
ジークが猫の為にと受けて来た依頼は、魔の森でのラット系魔獣の討伐だった。群れで行動する大型のラットは小さな個体でも猫と大差ない大きさで、一匹の攻撃力はそれほどはない。けれど、二十や三十でまとまって行動する習性があり、数の強さで一斉に圧し掛かられ、噛みつきにくることがある。げっ歯類特有の大きな前歯は強く、動物の骨くらいなら容易く嚙み砕けるだろう。
ジメジメとして暗い場所を好む特性があるので、川に近い洞穴を住処にしている可能性が高いとの情報に従って、ジークはティグと並んで川沿いを上流へ向かって辿っていた。
洞穴を探してる途中、水場を求めて出てきた魔獣と遭遇することも何度かあった。その度に交互に攻撃を繰り出して、猫の力を確認する。
「次に出てきたら、ティグの番。やり過ぎないでね」
「にゃん!」
元気よく返事すると縞模様の猫は、軽い足取りで川縁の岩の上を飛び歩いていた。
討伐対象以外の魔獣で手加減のやり方を練習させているのだが、ティグの魔法の威力では何でもあっという間に消し炭になってしまう。残された炭を集めてギルドに持って行ったところで、元が何だったか証明ができないと報酬は発生しないから困りものだ。
なので、ジークが先に攻撃して、この程度でと手本を見せてみたところで、次に現れた魔獣はことごとく消し炭化している状況だった。かと言って、ジークが一人で全部倒してしまうとティグは怒って拗ねてしまう。
「じゃあ、身体だけを攻撃するとかって出来る?」
身体は消しても良いから頭は残しておいてと、小魚を食べる時みたいなことを言ってみると、分かったのか分かっていないのか、「にゃーん」という一鳴きが返ってくる。威力を上手く抑えられないのなら、攻撃部位を絞って消し炭化の範囲を一部だけに済ませることができればと。
次はいけるかもと期待し過ぎたせいか、その後は試せそうな魔獣と遭遇することもなく、ジークは諦めて少し早めの昼食にする。川沿いの岩場に腰を降ろすと、持ってきた軽食を猫と分け合う。今朝はちゃんと二人分を頼んでおいたので、ティグもお腹いっぱい食べれるはずだ。宿屋の女主人は彼が一人で食べるものだと思っているから「若いわね」と笑われてしまったが気にしない。
燻製肉をたっぷり挟んだパンを食べ終わって、草に戯れる猫を目で追っていると、突如ティグが動きを止めて森の木々を凝視しているのに気付く。ジークも猫の見ている方角へと意識を向けると、小型の魔獣の気配。攻撃的な種族ではなかったのか、出てきそうもないなと思っていると、ティグが身を低くしてから草むらの中に飛び込んでいく。
「ティグ?」
ガサガサと騒がしい音だけが草の向こうでひとしきり聞こえた後、討伐対象とはまた別の種類のラット系魔獣を口にくわえて猫が顔を出す。猫よりも一回りほど小さいだけのそれを、軽々と運んでいる。
魔法を使わずに狩りもできるところを見せたかったのだろうか、得意げな顔で獲物をジークの前に置いてみせる。
「狩ってきたの?」
「にゃん!」
すごいすごい、と頭を撫でて褒めてやると、嬉しそうに尻尾を伸ばしていた。森で生活していた時も、こうやって狩りをして食料を確保していたのだろうか。
「ティグは魔法無しでも強いね」
褒められて得意げな様子の猫を見ていて、魔力の強さに頼っている自分を反省する。魔法が使えるからと嗜み程度しか握って来なかった剣も、少しは鍛錬してみようという気になった。そうすればもっと違う戦い方が出来るかもしれない。
また今度、武具屋でも覗いてみよう。魔法使いが何の用だと、冷やかしと間違われて追い返されるかもしれないけれど……
順調に川沿いを上っていると、川から少し離れた場所にある洞穴を発見した。猫が鼻をピクピク動かして、耳を張っているところを見ると、中には何かの獲物が潜んでいるようだ。
足下に転がっている手頃な石を拾うと、以前と同じ要領でジークは洞穴の中へと投げ込んでみる。風魔法を乗せているから、何かに当たれば反応があるはずだ。
すぐに、ゴン! という衝突音。音の感じから、穴の奥の壁にぶつかったようだが、なかなか何も出て来ない。息を潜め、静かに待ち続ける。
「あれ?」
猫の様子からも、何かがいるのは間違いないし、中からは無数の細かい気配はあった。もう一度、足下の小石を拾おうとしゃがみ込んだ時、ドドドという地響きに似た足音が近付いてくる。
見た感じでざっと三十匹くらいだろうか、大型のラットが群れを成して、洞穴の奥から姿を現した。
「ティグ、手加減して!」
「にゃーん」
ティグは左右の翼を広げると、先に出てきた半分に光の塊をぶつけた。一瞬で黒焦げになったラットの死体を踏み付けたり蹴散らしながら、続けて残り半分のラットが走り出てくる。
猫の様子を確認すると、翼を畳んでジークの方を伺っている。今度は彼の順番ってことなんだろう。
右手を上げて、ジークも群れをめがけて風の刃を放つ。洞穴から出たばかりの残りの魔獣は首から真っ二つに切り裂かれていく。洞穴の入り口には、焼け焦げた死体と胴と頭とが切り離された物がゴロゴロと転がって、頭数が多い分、後始末には時間がかかりそうだ。
もう奥には居ないことを確認すると、討伐証明になりそうな部位を集めていく。今回は消し炭にならず、単なる黒焦げ程度で済んだから、猫が倒した分もちゃんと回収できそうだ。
上手に手加減できたことを褒めてやると、トラ猫は得意げに尻尾を伸ばしていた。
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