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一瞬、何を言われたのかわからず、理人はポカンと口を開けた。
「いやいや……そんなわけないだろ。何を言って……」
「本当ですって。当時よくいた公園の名前も言えますよ? なんなら、理人さんが着てた練習着のブランドだって覚えてますし」
「いや、でも……そもそも苗字が違うじゃねぇか。しかも報告書には神奈川県出身で、両親と姉がいると……」
「うちの母さん、僕が中学に上がる前に再婚したんです。新しい父さんはすごくいい人ですよ。暴力なんて絶対に振らないし、穏やかで」
秀一と、いつかまた会えたらいいなとずっと思っていた。けれど、まさかそれが目の前にいる恋人だったなんて――。
「おまっ……そういうことは最初から言っとけよ!」
「当時の僕はまだ子供だったし、見た目もだいぶ変わったから、忘れてるだろうなって思って言えなかったんです。理人さんは以前とほとんど変わってなかったので、僕はすぐに分かりましたけど」
そう言われてみれば、確かに瀬名の面影には、あの頃の少年の輪郭が残っているような気もする。無意識のうちに「別人だ」と思い込んでいたのは、かつての「守るべき対象」が自分を組み敷く「雄」になったという現実を、本能的に拒んでいたからかもしれない。
「それはそうと、理人さん。――『報告書』って、なんのことですか?」
にっこりと笑いながらも、瀬名の目は一切笑っていない。 しまった、余計なことを口走った。と気づいた時には、すべてが手遅れだった。まさか、入社した時から気になって仕方がなかったので、職権を乱用して素性を調べさせたとは、死んでも言いづらい。
「……なんのことだか、さっぱり」
しらを切ろうと立ち上がり、食器を片付けようとした瞬間、瀬名に強く腕を掴まれた。そのまま食器を奪われ、テーブルの上へと押し倒される。
「っ、お、おいっ!」
「誤魔化そうとしても無駄ですよ。正直に話すまで、離しませんから」
瀬名は理人のシャツを捲り上げてきた。ひんやりとした指先が脇腹をなぞり、思わずビクッと身体が跳ね上がる。
「なっ、てめっ、どこ触ってんだっ!?」
ギョッとして抵抗しようとするが、完璧なマウントポジションを取られた上に、両腕をがっちりと押さえつけられては身動きが取れない。
「ほら、早く白状しないと、このままここで犯しますよ?」
「はぁ!? ふざけんなっ! 朝から盛ってんじゃねぇよ!!」
「嫌がってるようには見えないんですけどね。あ、もしかして期待してるんですか?」
耳元で甘く囁かれながら、胸元をギュッと強めに摘み上げられた。
「あぅっ! ……んなわけあるか!!」
「じゃあ、答えて」
「う……」
有無を言わさぬ口調で詰め寄られ、言葉に詰まる。答えを促すように乳首をキュウゥと執拗に捻られ、耳孔を湿った舌でぞろりと舐め上げられると、背筋に甘い痺れが走った。
「ほら、早く」
「っ、あっ……チッ、わかった、わかったからっ! お前が入社した時、ちょっと気になって調べさせたんだよっ!」
観念した理人が渋々白状すると、瀬名は一瞬驚いたような顔をした後、すぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「そう。やっぱり理人さんも、僕のことが気になってたんですね。嬉しいなぁ」
瀬名はようやく理人の上から退いた。
「別に、今さら隠す必要なんてなかったのに。そういう素直じゃないところも、大好きですよ」
「うるさい!」
「理人さんは? 言ってくれないんですか?」
甘えるような声音。イケメンの無駄遣いだと心の中で毒づきながら、理人は顔が熱くなるのを必死に堪えた。
「チッ……うるせぇな。昨夜だって散々付き合ってやったし、言っただろ」
「理人さんの口から、今、聞きたいんです」
「……っ……」
真っ直ぐな瞳に見つめられ、逃げ場を失う。理人は面倒くさそうに、けれど熱を帯びた声で口を開いた。
「はいはい……好きだよ。これでいいだろ?」
「えーっ、心が籠もってない。やり直し!」
「あ? 調子に乗りやがって……」
心底楽しそうにやり直しを要求する瀬名に、理人は眉間にシワを寄せた。
「たく――時間もねぇから、今はこれで勘弁しろ」
言いながら瀬名の胸元をグッと引き寄せ、その唇にそっと触れた。羽のように軽いキスから、首に腕を回して角度を変え、今度は深く、吸い付くように口付ける。
「――っ」
たっぷりと時間をかけた濃厚な接吻。チュパッ、と卑猥な音を立てて唇が離れると、互いの唾液で濡れた瀬名の唇を、理人は親指でゆっくりと拭ってやった。
「……っ、ズルいですよ……こんなキス……」
「言葉なんかより、ずっといいだろ?」
理人はしてやったりと言わんばかりの顔で鼻を鳴らすと、呆然とする瀬名を残して、身支度を整えに洗面所へと向かった。