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天の川銀河の反対側に位置する惑星アード。先日発生したアード人とリーフ人の“不幸な行き違い”によって発生した事件は、セレスティナ女王自らが御前会議でリーフ側に釘を刺したことで表面上は解決したことになっていた。当事者であるティドルも事を荒立てることを望まず、妻であるティアンナも姉であるセレスティナに説得されて怒りを静めた。 だが、もちろんこれで全てが解決したわけではない。今回の件でリーフ側はアードに大きな借りを作ってしまった形となり、今後の政策にも少なからず影響が出ることは避けられなかった。この状況を座視するほどフリースト一派は穏健ではない。それ故に彼らは次なる一手を打つ。
深夜、リーフの里にある集会所にフリーストら中堅世代と長老達が密かに集まっていた。
「此度の事件によって、今後の政に影響が出るのは避けられませぬ。主導権をアードが握り、此度の件を持ち出されては譲歩せざるを得ませぬ」
「ううむ。フリースト、策は無いのか?」
「ございます。悲しむべき悲劇は、より大きな悲劇によって塗り替えてしまえば良いのです」
「道理だが、どうするのだ?」
「手はあります。しかし、それは我々にも代償を背負う覚悟を問われるものです。フルトン卿、あなた様にお願いしたいのですが」
「なにかな?」
「我が一族の重鎮たるあなた様の偉大なる功績を永久に遺すために……ご理解頂けますか?」
「……委細承知、我が一族の栄えある未来のためならば喜んで礎となろう。明朝、事を成す」
「ありがとうございます。あなた様に大地の加護があらんことを」
初老のリーフ人男性が部屋を出る。
「良かったのか、フリースト。フルトン卿は、これまで我が一族の繁栄に多大な功績を残された方だ」
「だからこそです。フルトン卿は偉大なお方ですが、最近は身体の衰えを嘆いておられたのです。どこかで有終の美を飾る事を望んでおられた」
「それ故にか」
「はい。それに、フルトン卿ならばアード側にも衝撃を与えることが出来るでしょう。重要なのは、あの忌み娘を抹殺する動きを止めぬことです。
表向きは控えますが、これを機に一族の引き締めと団結を図ります。今回のように先走るような真似をされては困りますからな」
「うむ、ならばいつものように任せよう。我らも口添えするので、事を上手く運べ」
「お任せを」
リーフ側の暗躍は止まらない。そして、翌朝。浮き島のひとつ、アード人とリーフ人の交流の場として使われている交流センターにある巨大な大木。
リーフ人が世界樹と呼ぶその大木の下で、老齢のリーフ人が静かに正座をしていた。周囲にはリーフ人が集まり、更に何事かとアード人達も集まっていた。
「この度、我が一族の不届き者が長きに渡る盟友にして我らが恩人であるアード人の紳士に対して暴行に及び怪我をさせてしまった。この様なあってはならぬ事態が発生したことは痛恨の極みであり、またリーフを率いてきた一人としてアードの盟友達に心からお詫び申し上げる次第である。
二度とこの様な事が起きぬように再発防止に全力を注ぐのは当然であるが、最早言葉だけではアードの盟友達に申し訳が立たぬ。それ故に、我が命を世界樹に捧げることで誓いとしたい」
フルトンの宣言にアード人達はざわめくが、周囲に居るリーフ人達は神妙な表情を浮かべていた。
するとフルトンは両手を組み、目を閉じる。その身体が光を帯びていく。そして彼の身体から光の粒が離れていき、それが世界樹へ向かって飛んでいく。まるで世界樹が彼を吸収しているように見えた。
「一命を以て大命に報いる!アードのお歴々、我が覚悟を御照覧あれ!我が魂を以て、アードへの懺悔とし、双方の恒久的な融和を改めて示すものである!我が一族!そして我らが盟友アードに大地の祝福あれぇーっっ!!」
魂の叫びを最後にフルトンは完全に光となって消え、それらは全て大樹である世界樹に吸収されるに至った。
このショッキングな事件はアード側に強い衝撃を与え。
「フルトン老師の覚悟に報いるため、我らも|御祓《みそぎ》を行う。改めて、申し訳なかった」
すかさずフリーストがアード首脳陣と会談し声明を発表。過激派、強硬派と目されるリーフ人達の自主的な謹慎まで申し出て、リーフ族総懺悔を表明したのである。
「やられたな」
「ええ、アードの民もリーフ側に同情的です。全く、小賢しい真似をしてくれる」
これらの行動はアードの民の同情を誘い、アード上層部は振り上げた拳を叩き込む先を失ってしまったのである。
特にパトラウス政務局長と宇宙開発局のザッカル局長はこの事件を機にリーフ側へ強く圧力をかけて抑止力とするために動いていたので、リーフ側の行動に頭を痛めた。
「巧妙なものだ。これではリーフ側もまるで被害者のようではないか」
「長老の一人を犠牲にして矛先を躱すとは……ザイガス長官、なにかご存知でしたか?」
「知るわけがないだろう!私だって先ほど知らされたばかりだ!全く、間に立たされる私の身にもなってくれ!」
移民監理局長官として双方の橋渡しを担うザイガス長官もまた頭を痛めていた。立場上リーフ寄りではあるが、今回の事件でもっとも頭を痛めた人物でもある。
「これでは……ティアンナ様の怒りも収まるまい。姉上になんとご報告すればよいのか……」
「次の帰還が恐ろしいですな」
「他人事ではないぞ、ザッカル局長。怒れる姉上をお諌め出来るのは女王陛下くらいなものだ。全く……フリーストめ」
アード上層部が頭を抱えている頃、特別収監所では。
「やあ、元気かい?」
「ティドルさん……」
治療を終えたティドルは特別収監所を訪れ、収監されているフィオレと面会していた。収監とは言うが、パトラウス政務局長の強い要望で待遇は非常に良い。
「……ごめんなさい」
俯き、謝罪の言葉を口にする少女を見て、ティドルは痛ましく思った。フィーレの姉であるフィオレはティナと同年代のリーフ人の少女であり、フィーレ繋がりでティナとも交流があり何度も遊びに来ていたので面識があるのだ。
今回過激派に唆されて強襲に参加。彼女自身はなにもしておらず、自害しようとしたのをティドルが止めて現在に至る。これまでの調査と取り調べで、彼女はなにも知らされず巧妙に洗脳されていただけであることが判明している。
おそらくティナと友人関係であることに目を付けられ、フェルに近付き易くするために利用されたものであると思われた。
彼女自身、妹想いの優しい娘なのだから。
「気に病む必要はないよ」
「でも!」
「当事者の私が言ってるんだ。だから気にしなくて良いさ。君の本心でないことはよく知っているしね」
「ティドルさん……」
「何か、望みはあるかい?その、暗くない方向で」
ティドルの問いにフィオレは俯き、そして肩を震わせて。
「……フィーレに会いたい」
大粒の涙を流しながら絞り出すように呟かれた言葉を聞き、ティドルは立ち上がる。
「では、釈放だ」
「宜しいのですか?ティドル殿」
看守が確認するが、ティドルは手早くフィオレの拘束魔法を解きながら答える。
「ええ。パトラウス政務局長の許可も頂きました。この子はドルワの里で預かります。リーフの里に戻すのは危険ですからね」
「畏まりました」
「さあ、フィオレ。帰ろう」
こうして陰謀に翻弄され傷付いた少女はドルワの里で保護され心の傷を癒しながら妹や友人の帰りを待つことになった。