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アードで発生したリーフ側の企みは、当然ながら全てセレスティナ女王に筒抜けであった。だが、女王は動かない。この事をもどかしく思ったパトラウス政務局長は、妹であるティアンナへと直談判を行うに至る。
「確かにフリースト含めて、連中の企みは姉様に筒抜けよ。少なくともアードに居る限り、姉様からの探知を逃れる術はないわ」
「畏れながら、ならば何故女王陛下は糾弾なさらぬのでしょうか。いや、御叡慮を頂ければ後は我々が適切に対処致しますが」
「より良い未来のためよ」
「と、仰いますと」
「姉様の見据える先には、アードの幸福があるのよ。変な幻覚とか死んで幸せとかそんな紛い物じゃない本物の幸福があるの」
「その為に静観なさっておられると?」
「姉様曰く、全ての運命は糸のように繋がっている。それに干渉してしまえば未来も変わってしまうと」
「しかし、この問題を放置するわけにも。現にティドル殿が負傷なされた」
「あの日、ティドルがあの場所に居たのも運命よ。姉様は当然結果を知っていたでしょうね」
「……ティアンナ様は、納得なさるのですか?ティドル殿が大怪我を負ったのですよ!」
パトラウスの言葉を受けて、ティアンナは僅かに眉をつり上げた。
「納得するしかないのよ、パトラウス」
「……」
「ただまあ、何事にもイレギュラーは存在するわ。姉様はセンチネルの存在を予知できなかったみたいだし」
「そうなのですか!?」
「じゃなきゃ、いくら幸福のためとは言え大勢の犠牲者が出ることを姉様が黙認する筈無いじゃない。基本的に滅茶苦茶優しくて甘い人なんだから」
「まさに聖女様ですな。しかし、それならばリーフの問題も解決策があるのでは?」
「姉様曰く、そのイレギュラーがティナみたいね」
「ティナ様が?」
意外そうなパトラウスを見てティアンナも肩を竦める。
「あの娘の誕生そのものがイレギュラーだったみたいよ。私が妊娠したとき姉様が唖然としていたもの。ふふっ、姉様のあんな顔見たこと無いわ。
そしてティナは地球を見付けて、私達が長年抱えていた問題の解決策を見付けてきた。
アード人としては異常なほど外への関心が強くて、好奇心も旺盛。もしかしたら、リーフ問題解決の糸口も見付けるかもしれない。いや、もう見付けてるか」
「フェラルーシアですな。おそらく、先代リーフ女王の血縁者……。」
「そうよ。姉様が一言リーフ人を追放しろと言えばこの問題は解決するわ。ただ、その代わり次に発生するのは凄惨な内戦よ。科学技術は私達が勝っているけど、魔法技術じゃ私達はリーフの足元にも及ばない。その事を忘れないで」
「フリースト含めた首脳陣だけを糾弾すれば」
「らしくないわね、パトラウス。今のリーフ人の大半はフリースト達に心酔しているのよ。強引な手を使えばそれこそ内戦の引き金になるわ」
ティアンナの言葉にパトラウスは唸る。
「それに、リーフ人と内戦なんてなってみなさい。あのリーフ会戦で散った勇士達が本当の意味で無駄死になってしまう。貴方のお姉さん、ティリス提督も浮かばれないわ」
「姉上が……」
「まあ、我慢しなさい。さすがに死人が出そうな時は姉様も干渉するし」
「此度の件は?」
「アード側に犠牲者は出ていないわ。と言うか、私が止めようとした姉様を止めた」
ティアンナの暴露にパトラウスは目を見開いた。対してティアンナは黒い笑みを浮かべていた。
「フルトンは私の正体を知っていて、姉様の力を理解している数少ないリーフ人なのよ。リーフ会戦でフリースト達が何かをしたのは間違いないけど、その尻尾を掴む上で邪魔な存在。死んでくれたほうが好都合よ」
「なっ……」
「確かに私は納得しているわ。アードのためだし、ティドルも怪我はしたけれど命は助かったし今は傷も癒えた。
でもね、私だって怒ってるのよ。姉様に止められて、異例の言葉で釘を刺して貰ったけれどそれで許す道理なんて無い。姉様は厳しいことが出来ないから、代わりに私がやるだけよ」
ティアンナの怒気に影響されてか、身体から膨大なマナが溢れ出しパトラウスは自然と威圧されて膝をつく。
「私の思慮が足りませんでした」
「……ごめんなさい、貴方を責めるつもりはないのよ」
直ぐにティアンナはマナを引っ込めて、愛用の白衣を纏う。
「折角だから、明るい話をしましょう。ティナが持ち込んだ地球の食べ物、姉様にも好評よ。特にビスケットが気に入ったみたいね」
ここで爆弾を投下された。パトラウスとザッカル局長は密かに、かつ慎重に地球産の食べ物をセレスティナ女王へ献上する機会を窺っていた。女王の認可さえあれば、本格的な交流への大きな弾みとなる。
その為に慎重に慎重を重ね、他の高官や近衛兵達にも根回しを行いつつ行っていた準備がティアンナの思い付きによって無駄になってしまったのである。パトラウスが激しい胃痛を感じたのも無理はない。
「さっ、左様でございましたか。女王陛下のお口に合いまして、何よりでございます」
「顔色悪いわよ、診てあげましょうか?」
「いえ、どうかお構い無く……」
「そう?それでね、姉様も地球について興味を持ってるのよ。ティナが持ち込んだ食べ物の効果は言うまでもないし、本格的な交流も視野に入れて良いんじゃない?」
「しかし、多くの民は宇宙を忌避しておりまする。交流はすなわちセンチネルと遭遇する危険を孕んでおりまする故に」
「引き籠ってたって状況は変わらないわよ。いや、むしろ悪化するだけ。姉様も興味を持ったと言えば、うるさいお年寄り達も黙るでしょう?」
「女王陛下のお言葉をそう易々と賜るわけには参りませぬ。何かあれば、責任を陛下に負わせてしまうのです。その様な畏れ多いことは出来ませぬ」
「焦れったいわね、どうにかしなさいよ」
「こちらから赴くのではなく、地球の使節団を受け入れる方向で密かに動いております」
パトラウスの答えにティアンナは笑みを浮かべた。
「あらそうなの?じゃあ、ティナに地球人を連れてくるように言わないとね」
「え?」
「なんだ、ちゃんと準備できてるんじゃない。心配して損したわ」
「ちょっ!」
ティアンナは手早く端末を弄る。
「はい、ティナにメッセージを送ったわ。どんな地球人が来るか、今から楽しみね」
「は!?」
「じゃあね、パトラウス。私は姉様にティルを見せてあげないといけないから」
「お待ちを!お待ちをー!!」
この母にして娘あり。パトラウスは大急ぎで上層部の意見を纏めて地球人を迎える準備をしなければならなくなったのである。しかも一ヶ月以内に。
……彼が地球の胃薬の愛用者になるのはもう少し先のお話である。