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#文豪
アオ
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鈴 嶺
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千九百五十七年
少女沙雨は孤独だった。
傘も差さず、雨の中に佇む彼女は、近寄り難いオーラを放っていた。
話しかけてくるのは、放っておけなかったお人好しか、馬鹿にする学生だけ。でも、沙雨はそれでよかった。
少女には、一人の友達がいた。その友達は、十数年前に空襲を受け亡くなった、しょういちという男の子だ。
彼は少女に、沙雨という特別な名を与えた。少年にとって、名前があった方が呼びやすくて良い、という単純な思いから与えたに過ぎないそれは、十年以上も彼女の支えになっている。
――わたくしが、もう少し早く目覚められていたら、あの方は今も生きていたのでしょうか
昔と変わらない、水浅葱の着物は、泥まみれになったはずなのに、新品同様の美しさをもっていた。
さらに少女は、その頃の齢十四ほどの見た目のままだ。とても十年経っているとは思えない。
「おい、あの娘はどうだ?」
男の声が、静かに広がる。沙雨は気づいていない。
「いいな。あの着物、高そうじゃないか?」
「あぁ。いいとこのお嬢様かもな」
雨音に潜む男の声は、悪意を帯びていた。
「よし。じゃぁ、いつも通りに」
暗夜、男達は移動を始めた。沙雨を取り囲むように、一定の距離を保ったまま待機する。
「きゃっ!」
闇夜に響くは少女の悲鳴。
「こら。大人しくするんだ」
その少女を取り押さえる男は、彼女の恐怖心を増幅させるような冷たい声で囁いた。
「今からお前は人質だ。余計な真似はするな」
最近、人攫いが増えているから夜間は出歩いてはいけない、と子供が親の忠告を受けているところを見たことがあった沙雨は、この状況を即座に理解できた。
しかし、反抗するなどままならないほどに固い男の拘束に、少女は従うほかなかった。
誘拐犯達は、この頃としてはあまりに珍しく、乗用車を持っていた。
黒いワンボックスカーに連れ込まれた少女は、その中で身体の至る所を縄で拘束される。目隠しもされ、視界は完全に遮断された。手際の良さから、彼らが今まで大勢の子供を誘拐してきたことが窺える。
――その方々は、助かったのでしょうか…
沙雨をはじめに、身体の拘束よりも固く縛ったものは、その思いだった。彼女はあの日を境に、子供に対してとても優しく、過保護になった。
それはやはり、満足に食べることも出来ず痩せ細り、年相応とは言い難い小さな少年との出会いによるものだ。
夜陰に溶け込むようにして潜む暗闇色の車に揺られること数刻、ガクンと大きく上下に動いたかと思えば、その揺れは突然おさまった。
――直線の道に入ったのでしょうか。
不安や恐怖がないと言えば嘘になるが、冷静に考えて、そこまで焦るようなことではないと思い直した。
何故なら彼女は、この雨が止めば消えてしまうから。