日秀学園の廊下は氷のように冷たく、4月とは思えない温度が肌に伝わってきた。
海はゆっくり起き上がる。
「海?何してるの?」
古き友人の声が聞こえ、後ろを振り返ると、紗季と歩美が居た。
「海くん。鼻血出てるよ」
「え?あっ、ほんとだ。気づかなかった」
「何かあったの」
歩美が心配そうに海の方を見つめる。
海は、はぁとため息を吐くと、後ろに在るドアを指さして言った。
「このドア、打ち破るの手伝ってくれ」
「え?なんで?」
「良いから早く‼」
海は鼻血をカッターシャツの袖で拭うと、そのまま勢いよくドアに体当たりした。
「クッソ……開かねえ……」
「どいて」
紗季は名札を取ると、名札の後ろの針を鍵穴に入れた。
「ピッキング?できるの?」
「弟に教えてもらったの。ほら、うちの弟、公安警察だから」
ガチャ。
鍵の開く音が聞こえ、ドアを左にスライドさせると、部屋の奥には一枚の写真を握っている男がいた。
手元はどちらも黒い手袋をつけていた。
その男の髪色は茶色で、青い仮面をつけている。口元は黒いマスクで、顔が殆ど見えない。
ネクタイが外されており、学年は不明。黒いコートを羽織っていて、奇妙な男だった。
そして学校の屋内であれば履いているであろう上靴は男の足には無かった。
男の足には茶色シークレットブーツがあった。
「あなた、さっきの!」
歩美が叫ぶと、彼は奥にある窓に近づいた。
「待ちなさい‼」
紗季が叫んだ瞬間、彼は窓のふちに足をかけた。
そして、一瞬で飛び降りてしまった。
「ここ三階でしょ?」
「分からないけど、飛び降りたってことは、三階から降りても助かるってことでしょ?」
「そう言う事だな」
三人は部屋の中に取り残された。
三人はそのまま、歩美の事務所で、海に事情を聞いた。
「あの男が、いきなりここに来て、一枚の顔写真を見せて、情報を提供してくれと言ったんだ。俺、そのあと、あいつに、お前、誰なんだよ?って聞いたら、こかされて、顔を地面に思い切り打ち付けてしまったんだ」
「なるほど」
「にしても隠しすぎじゃない?そんな隠すもんかなー……」
「顔ならまだしも、学年もバレないようにネクタイまで外すとは……声によってバレるのを防ぐため、モールス信号か、筆談などで話すってのは分かった」
「ここまで、徹底して、正体がばれないようにしてるのは、あいつだけだな」
「え、知ってるの?」
「……ラトレイアーの幹部。ボスにも、ラトレイアーのメンバーにもその正体を明かさないと、マジで徹底している奴なんだ。そもそも、男なのかも女なのかもはっきりしていない。誰も声を聞いたことがない上に、ガタイがそこまでだからな」
海は眼鏡を外すと、紗季に手を伸ばした。
「ドライバー、あるか?」
「ったく……しょうがないな」
「それで、海くんはなんでそんなの知ってるの?」
「うーん。前に、マスターに聞かれたんだよな。彼とラトレイアーについて調べてくれって」
海は置かれたコップに手を伸ばすと、残念そうに口を開いた。
「とはいえ、出てきた情報はほんの少し。使い物にならないよ」
「なるほど。それで、調べてほしいって言われたのは誰についてだったの?」
「夏畑海っていう男だ」
その名を聞いた途端歩美と紗季は驚いたように顔を見合わせた。
「その人、殺されたCIAの人だよね」
「ああ。前に雪に調べてほしいって言われて、結構調べてたんだ」
「その人の何を調べてほしいって言ってたの?」
「それが分からないんだよな」
海は先からドライバーを受け取ると、眼鏡のねじの部分を器用に外した。
「歩美、お前、あいつが何を調べてたのか分かるんだろ?」
「ま、分からなくはないけど」
「さっきの部屋から夏畑海についての情報が書かれたファイルと資料、USBを持ってきたぞ」
海はファイルを机の上にどさっと置いた。
「紗季は書斎机からパソコンを持ってきて、机の上に置いた。
「……このファイル、開いている場所が温かいな。ずっと開いてたんだろう。それで……あったこのページだ」
「なんで分かったんだよ?」
「入れ方が他に比べて粗い。あの人、黒い手袋をつけていたから、きっと入れるのに苦労したんだろう」
「それで、このページは何について?」
「海と、その関係者について詳細が載ってる。特にバディの雪ちゃんについての情報が多いな」
「あの人が調べていたのは身の回りの関係者、ってところかな」
「でもなんでそんなの……」
紗季がそう言うと、歩美は言った。
「雪ちゃんのことについてか」
「なんであいつのことを、あの男が調べてるんだ?」
「おそらく、雪ちゃん本人に悟られないように、ってことだと思う。雪ちゃんはラトレイアーに潜入していたから、もしかしたら、彼と面識があるのかもしれない」
「海、この男のコードネームってなんていうコードネームなの?」
「あいつのコードネームは確か……カルム。カルムだ」
「カルム、フランス語で、奇妙という意味のコードネームか。確かに、彼にぴったりね」
紗季がそう言うと、海は無言で頷いた。
「とりあえず、彼について、いろいろ調べるか」
歩美はソファから立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。
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