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炭鉱の一件があってから、僕はイルティナ嬢と少しだけ親しくなった。
慈善活動だとか、舞踏会だとか、そういった場で僕は彼女に必ずと言っていい程に話しかけるようになっていた。それは僕にしては、珍しいことだといえるだろう。
「イルティナ・アーガントだったか? お前が親しくしているという令嬢は……」
「え、ええ、そうですけれど……」
ある日、僕はチャルア兄上に剣の稽古をつけてもらっていた。
王族の男子たるもの、多少の剣の腕は必要である。そういった考えから、いつも兄上に指導してもらっているのだが、今回は珍しく休憩中に世間話を振られた。
「それが何か?」
「いや、アーガント伯爵家といえば、エルメラ嬢が有名であるだろう?」
「ああ、彼女ですか。確かに、そうですね。なんでも新しい魔法を開発したとか」
「騎士団の方でも、エルメラ嬢に注目している。彼女の技術は、我々にも利益を与えてくれるかもしれないからな」
チャルア兄上は、イルティナ嬢ではなく妹のエルメラ嬢のことを話し始めた。
しかし正直な所、僕はエルメラ嬢についてそこまで知っている訳ではない。イルティナ嬢と一緒に慈善活動に参加していることはあるのだが、あまり話したことはないのである。
優れた魔法使いであるそうなのだが、僕はそちらの方面についても詳しくはない。故に普通の少女という認識くらいしかなかった。
「そのエルメラ嬢の姉か……どんな人なんだ?」
「とても優しく穏やかな方ですね」
「ほう……」
イルティナ嬢の印象を述べた僕に、チャルア兄上はなんだか温かい目を向けてきた。
その視線には、含みを感じる。何を言いたいのかは、理解できない訳ではない。
「兄上、なんですか、その目は……」
「いや、よく知っているんだなと思っただけだ」
「そんなに知っている訳ではありませんよ。今のは僕の印象というだけで……」
「印象か。まあ、そんなものか」
チャルア兄上は、笑みを浮かべていた。
その笑みは、少し嫌らしい。僕は自分が失言をしてしまったことを、そこで察することになった。
チャルア兄上は、兄弟の中でもお喋りだ。このままでは僕のあることないことが、兄弟全員に知れ渡ってしまう。
「しかし、悪くない話ではあるかもしれないな」
「……何がですか?」
「お前とイルティナ嬢のことさ。エルメラ嬢との繋がりは、王家にとっても利益になるだろう」
「……そういう考え方は、あまり好きではありませんね」
「おっと、これは俺の失言だったか」
チャルア兄上の言葉に、僕は少しだけ反発した。
今思えば、それは子供の考えだった。それを笑顔で受け流してくれたチャルア兄上は、大人だったといえる。
◇◇◇
イルティナ嬢との婚約の話が出たのは、突然のことだった。
彼女がパルキスト伯爵家と色々とあった後、その話が持ち上がってきたのだ。
父上曰く、それは彼女の妹であるエルメラ嬢が持ち掛けた話であるらしい。ただそのことは、秘密にして欲しいそうなのだ。
「ダルキス、お主はどう思う。今回の話について」
「……断る理由はないかと思います。あのエルメラ嬢との繋がりは王家の利益になるかと」
「彼女本人でなくともか?」
「エルメラ嬢は、非常に気難しい性格であると聞いています。本人は婚約に興味がないとか。それはわがままですが、彼女はそれを突き通せます。つまり、彼女本人との婚約は難しいといえるでしょう」
「ふむ……」
王位の後継者として、こういった話にはダルキス兄上も同席している。
ツゥーリア姉上もだ。彼女は、父上からも頼りにされている。自分とも兄上とも違う中立な意見を、父上も求めているのだろう。
もちろん僕も同席している訳だが、実質的に意見を出すことはできない。これは王族として判断することだ。そこに僕の意思が入ることはない。
「ツゥーリア、お主はどうだ?」
「……私も、今回の話には賛成です」
「ほう」
「エルメラ嬢は、優れた女性であるということは言うまでもありませんが、イルティナ嬢も一部では話題です。慈善活動に積極的に参加していますからね。そういった意味では、ドルギアとも相性がいいといえるでしょう」
「なるほど」
姉上の意見に、父上はゆっくりと頷いた。兄上の意見も含めて、納得しているようだ。
それに僕は、少しだけ汗をかくことになった。兄上や姉上の意見には、私情が入っているような気がしたからだ。
数年前チャルア兄上に知られてから、僕の思いは二人の方に伝わっている。弟思いの二人なら、そのことを考えていそうだ。
「まあ、ドルギアもイルティナ嬢には並々ならぬ思いを抱いているようだしな……」
「父上?」
兄弟だけではなく、父上にも知れ渡っていた。
そのことに僕は、頭を抱えてしまう。チャルア兄上はお喋りではあるが、まさかそこにまで知らせていたとは驚きである。
なんというか、父上の言葉で場の空気は一気に和らいだ。こんな風に僕の婚約を決めて、本当にいいのだろうか。
「もちろん、諸々の事情を考慮してのことではあるが、ドルギアにはイルティナ嬢と婚約してもらうとしよう。皆、異論はないな」
「もちろんです、父上」
「良かったわね、ドルギア」
「……はい」
結局僕の婚約は、非常に緩い雰囲気で決まった。
もちろん、それは嬉しいことではあるのだが、僕は少しだけ釈然としないのだった。
◇◇◇
「ドルギア殿下は、エルメラと一体何の話をしていたんですか?」
「え? ああ、それはその……」
私の質問に、ドルギア殿下はゆっくりと目をそらした。
エルメラと話したことは、恐らく私には話せないようなことなのだろう。申し訳なさが、その表情からは伝わってくる。
何か事情があることは、理解できない訳ではない。ただ、私としては少し釈然としないというのが、正直な所だ。
「ドルギア殿下は、エルメラと仲がよろしいんですね?」
「……はい?」
「二人で秘密を抱えて、私のことを蔑ろにして……私、少し怒っています」
「そ、それは……」
ドルギア殿下は、きっと誰かを気遣って話せないのだろう。そういう人であるということは、よくわかっている。
ただ、このような形で隠し事をされると、やはりいい気はしない。できれば、話してもらいたい所だ。
「……すみません。イルティナ嬢の気持ちを考慮できていませんでした」
「……」
「ただ、エルメラ嬢と話していたことは、とある人の名誉に関わることです。だから、お話することはできません」
ドルギア殿下は、私にゆっくりと頭を下げてきた。
ここまで言っても話せないこととは、一体何なのだろうか。私はそれを少し考える。
実の所、見当がついていないという訳でもない。私の中ではまったくまとまっていないのだが、状況を考慮すると一つの結論が見えてくる。
「……エルメラが今回の婚約の話を出した。ということですか?」
「え? わ、わかっていたんですか?」
「まあ、お父様の態度やエルメラの態度、それにドルギア殿下の態度から、そうなのかなとは思っていました。でも、わからないんです。どうしてエルメラがそんなことをしたのかが……」
「そうですか……」
私の言葉に、ドルギア殿下はため息をついた。
なんというか、彼はとても疲れているように見える。私に隠し事をしているのが、それだけ辛かったということだろうか。
「ドルギア殿下は、理由を知っているのですか?」
「そうですね……知っているという程、確信がある訳ではありません。ですが、先程実際にエルメラ嬢と話してみて、少しだけ見当がついたと言いますか……」
「それは、私には話せないことですよね?」
「……ええ、エルメラ嬢に対して失礼ですからね。好き勝手に気持ちを予測するのは」
「そうですね。わかりました。もう少し自分で考えてみようと思います」
エルメラのことを必要以上に聞くのは、やめておくことにした。
結局の所、私は屋敷に帰ってきてからあの子と腹を割って話せていない。どんどんと先送りになったそのことを、そろそろ済ませるべきだろう。そう思ったからだ。