テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
結局佐山文至は芽生の世話係から外されたらしい。あれだけ色々あったのだから当然と言えば当然なのだけれど、京介からそう聞かされた芽生は色々と落ち着かない。
何故なら、そのせいで自分の送り迎えを当面は京介が担うと言い出したからだ。
(京ちゃん、昨日の今日で私、さすがにあなたのことを意識しまくりなんだけど!)
あんなスケスケの下着姿を大好きな人にさらしてしまったのだ。芽生はソワソワと落ち着かない気持ちでお風呂から上がったというのに、京介は余りにもいつも通りで。
ひとり緊張しまくった芽生は、結果的に京介の手のひらの火傷の手当てもし損ねて、自分の不甲斐なさに腹が立った。
(考えてみたら京ちゃんが気にしてないみたいなのに、私だけ意識してるのって恥ずかしいよね?)
もしかしたら京介が自分に欲情してくれたと感じたこと自体気のせいだったのかも知れない。
そう思い至った芽生は、一晩寝て、あのことはなかったことにしようと心に誓った。
マンションのエレベーター内。昨夜の恥ずかしい件は意識しないと決心してみたものの、こんな狭い空間で京介と二人きりはさすがに緊張して間が持たない。
「京ちゃん、ブン……」
階下へ向かう階数表示から視線を外し、京介の様子を気にしながら口を開いた芽生は、無意識にブンブンと言い掛けて京介に睨まれてしまう。
「えっと……佐、山さん? はどうなったの? 酷い目に遭わせたり……してない?」
気がそぞろだったとはいえ自分の迂闊さを呪いつつ、慌てて佐山さんと言い換えた芽生だったけれど、慣れない呼び方はやはり落ち着かない。
今朝、朝食の時に京介から「佐山の後任が決まるまでは俺が送り迎えしてやる」と言われたときには嬉しかったのと同時、佐山は無事なの? と気になってしまった。下手に彼のことを口にすれば、京介の機嫌を損ねることは学習済み。聞くべきではないと分かっていたくせに、どうしてもそこだけは確認せずにはいられなかった。
恐る恐る京介の顔色を窺えば、「ああ、お前と約束したからな」と吐息を落とされた。
「約束?」
「お前が俺の言うことを聞いたら、佐山にゃ厳重注意だけにしてやるっ言ったろ」
「でも……」
京介はそう言ってくれたけれど、考えてみれば芽生は彼の指示通り真っ裸になったわけじゃない。
「とりあえず三日。自宅謹慎にするだけで済ませたから安心しろ」
「あの……。私、ちゃんと出来なかった、よね? なのに……よかったの?」
「なんだ、契約不履行で厳罰に処したほうが良かったか?」
不機嫌そうに告げられた京介の言葉に、ふるふると首を振ると、芽生は「京ちゃん、有難う!」とすぐ隣に立つ京介へギュッと抱き付いた。
機嫌は良くなさそうだけれど、京介は今日もとことん芽生に甘い。それが嬉しくてたまらなかったのだ。
「お、おいっ。芽生……」
恥じらいを持て、とか何とか京介が言っているけれど、お構いなし。芽生は京介にしがみついたまま言葉を紡いだ。
「私のせいで誰かが辛い思いをするのはイヤだったから、すごく嬉しい!」
京介の顔を見上げてニコッと笑ったら、「揚げ足を取るようで悪んだがな、俺は今、お前のせいで非常にしんどい思いをさせられてるんだが?」と視線を逸らされてしまう。
「えっ!? ごめん! もしかして……痛かった?」
京介の言葉に、(抱き付く力が強すぎたかな?)と反省した芽生は、すぐさま腕の力を緩めた。なのに何だか京介の態度がぎこちなく思えるのは気のせいだろうか?
「あ、あのね、京ちゃん、昨夜ってもしかして私に……」
――反応してくれた?
芽生がソワソワしながらそう問い掛けようとした矢先、京介がそっぽを向いたまま言う。
「芽生。今日はお前の下着、買い替えに行くぞ」
「え?」
確か京介は今日の予定を全てキャンセルしていたけれど、芽生は普通に仕事だ。今のお誘いは終業後、と言う認識で合っているだろうか?
それに、そもそも京介から買い与えられている下着は全部で六セットもあるのだ。どれも肌触りが良いレース素材の上質な物ばかりで、着用を始めてそれほど経っていないから、傷んだりもしていない。
「京ちゃん、私、一人しかいないよ?」
「は? お前みてぇーなのが何人もいて堪るかよ」
「もぅ! そんなに下着があっても困るって意味!」
ふと、京介が下着は一度履いたら捨てて新しいものを着用していたのを思い出した芽生は、「私、ちゃんと手洗いして丁寧に扱ってるよ?」と言ってみた。
「んな事は分かってるわ」
「だったら、どうして?」
「あれは! お前にゃ似合わねぇーから、全部破棄して総入れ替えすんだよ!」
何故か怒ったように言う京介に、「そんなの、もったいない!」と抗議した芽生は、即座に京介から「もったいなくねぇわ!」とやや食い気味に切り返されてしまう。
いくら京介からの支給品とはいえ、下着は今や、芽生のものだ。あまりに理不尽な京介の言い分に、『なんでそんなに機嫌悪いの?』と問おうとした芽生だったのだけれど。
折悪しくエレベーターが一階へ着いて、話はそこで頓挫してしまった。
***
どうも昨夜見た芽生の下着姿が頭から離れなくて困る。
本当はもっと自然に接したいのに、つい服の下のあれこれを想像してしまって落ち着かない京介なのだ。
(最近、芽生に掛かりっきりで女、抱いてないからに違いねぇ)
きっと欲求不満なのだ。
どうにかこうにかいつも通りを装っている京介の横で、芽生はイヤになるくらい通常運転。
そればかりか、あんなに地雷だと教えたはずの佐山のことまで聞いてくる始末。本気で昨夜のことなんて気にしていないみたいだ。なんだか自分ばかり意識しているようでたまらなく腹立たしいではないか。
(誰だよ、あんなエロ下着を選んだ奴は!)
芽生に渡した下着は全て、相良組の息が掛かったランジェリーショップで手配したものだった。
サイズだけは伝えたけれど、店へ行く時間はなかったので「適当に見繕ってくれ」と、女性オーナー――千崎の情婦――に頼んだ。その絡みで結局引き取りも千崎に行ってもらったから、まさかあんなセクシーランジェリーを芽生に渡しているとは思いもしなかった京介である。
(ああいうのは情婦に着させる下着だろ!)
断じて芽生用ではない。
そこまで考えて、用途を伝えていなかったことを思い出した京介は、馴染みのオーナーが京介好みの下着をいつも通り用意してくれただけだと思い至った。
(結局は俺のせいかよ)
テンパっていたとはいえ、芽生にあんな破廉恥な下着の着用を強要してしまったことに、京介は軽い目眩を覚えた。
だからこそ買い替えが必要だと思ったのだが――。
芽生が案外なにも思っていなさそうなことが、何故か無性にムカついた。
***
てっきり会社前まで送り届けてくれたら『また夕方にな?』だとばかり思っていたのに、京介は当然のように運転手の石矢だけを残して芽生についてきた。
「京ちゃん?」
佐山は帰りこそしなかったけれど、車を降りていく芽生を車内から『行ってこい』と見送るだけだったので、(何事かしら?)と小首を傾げた芽生である。その仕草に気付いたんだろう。京介が「ちぃーと長谷川に用があんだよ」とこちらを見ないままに答えた。考えてみれば長谷川社長と京介は幼なじみ。話があっても不思議じゃないかと思った芽生だったのだけれど。
「おはようございます」
事務所の引き戸を開けて挨拶した芽生に「おはよう」と応えてくれながら、
「お? 今日は神田さんの送迎、相良か」
長谷川社長は芽生のすぐ背後へ立つ京介に、即座に気が付いた。
長谷川社長と話し始めた京介を尻目に、芽生はとりあえず自席へと向かう。そんな芽生に、静月が「相良さん、忙しいって話だったのに送迎、珍しいですね」と小声で話し掛けてきた。
芽生が静月に何て答えよう? と迷っていたら、
「あいつの世話係にしてた若い衆が芽生にそそのかされちまって下手打ってな。解任したんだ」
折悪しく、京介があっけらかんと長谷川社長へそんな報告をするものだから、芽生は思わず京介を睨んだ。すぐ隣にいる静月の視線が申し訳なさそうに揺れて見えるのは、多分気のせいじゃない。
「んなわけで、しばらくは俺が送り迎えする羽目になったっつーわけよ」
京介が芽生の抗議の眼差しなんて知らぬ気にそこまで言うと、「真面目そうな子だったのになぁ。やっぱ若い男の子にお前の可愛い子ちゃん任すのは無理だったか」と長谷川社長が話に乗ってしまう。
日頃空気を読んだ発言をしてくれる長谷川社長にしては有り得ない言動に、芽生は何か含みでもあるのでは? と勘繰ってしまった。でも残念ながら彼の真意がよく分からなくて……ただただ京介の機嫌をまた悪くしてしまう! と気が急くばかり。
「勘違いすんな。別に芽生は俺の、ってわけじゃねぇよ」
「あ、あのっ、その話はもう……」
慌てる余り、つい後先考えずに割り込むように声を出してしまった芽生だったのだけれど、京介は芽生を無視をして続けるのだ。
「うちは知っての通り男所帯だ。佐山外したところでこれはって代わりがおいそれとは確保出来なかったから仕方なく――」
「組長のお前が直々に送り迎えってわけか。献身的なことで」
クスクス笑う長谷川社長に、京介が明らかにムスッとして、それに気付いた静月が慌てたように「将継さんっ!」と止めに入ってくれたのだけれど。
「なぁ相良よ。いい加減いろいろ認めて楽になれ」
長谷川社長は不貞腐れた京介の姿なんて慣れたものなのか、全く意に介した風もなくそう続けた。
「要らん世話だ」
結局そんな長谷川社長には京介も敵わないのか、ぼそりと吐き捨てるなり芽生にチラリと視線を投げかけて吐息を落とした。
(京ちゃん、なんで私を見て溜め息?)
なんだか自分が、物凄く問題児になった気がした芽生である。
長谷川社長は何か京介から相談をされていたから、あんなよく分からないアドバイスをしたんだろうか?
芽生は居心地の悪さを感じながら、そう思った。
「――ま、余談はさておきこっからが本題なんだがな、長谷川」
寸の間沈黙が続いたあと、京介が気を取り直したように口を開く。
「今日はこいつ、休ませていい?」
芽生をビシッと指さして、いきなりそんなことを言ってくる京介に、芽生は訳が分からない。
「あ、あのっ、京ちゃん!?」
芽生が呼びかけた途端、京介にジロリと睨まれて、「お前の意見は聞いてねぇから」と線引きされてしまう。
「言い方!」
すぐさま長谷川社長が芽生を擁護してくれたけど、京介はそっぽを向いたままだ。
(京ちゃん、子どもっぽい!)
面と向かって言えばややこしくなりそうだったので、芽生は心の中で京介に毒吐く。
「――で、どうなんだよ」
京介は、あくまでも可不可のみが知りたいらしい。
「え? ああ、それは……まぁ私としては別に構わないよ」
「ごめんね神田さん」と小声で付け加えながら長谷川社長が言って、静月が「僕、神田さんの分まで頑張りますね」と後押しをしてくれる。
さすがにここまでされて、『嫌です』とは言えなかった芽生である。
それに――。
そもそも過程はどうあれこれは、
(京ちゃんとデートだぁ♪)
断る理由なんてなかい。
***
「買い物するならワオンモールがいいな?」
急に仕事を休ませられたのだ。そのぐらいはワガママを聞いて欲しい。
予め京介からそう命じられていたのか、長谷川建設敷地内で待機していた黒塗り高級セダンに乗り込むなり、芽生は思い切って口を開いた。
「けど下着は俺の――」
「行きつけのお店に行きたいのかも知れないけど、今回は私も譲れない!」
芽生は昨日サービスカウンターへ預けっ放しになっているネクタイを何としても回収したいのだ。
「実は私ね、昨日……」
言い掛けた途端「昨日?」とドスの利いた声で京介に睨まれて、芽生は残念だけどサプライズは諦めた。
「京ちゃん用にクリスマスプレゼントを買ったの。それ、ラッピングしてもらいたくてサービスカウンターに預けてたのに、色々あって受け取り損ねてるから取りに行きたい」
吐息を落としてそう告げた途端、京介が「俺用?」と小さくつぶやいて芽生をじっと見つめてきた。
「佐山のじゃなく?」
聞かれて、「なんでそうなるの?」と吐息を落としたら「マジか……」と頭を抱えられた。
だから昨夜から色々勘違いしてるよ? って言ってるのに、という言葉を、芽生は何となく飲み込んだ。
鷹槻れん

33,297
#極道
鷹槻れん

14,261
鷹槻れん

15,717
月詠 涼
867
コメント
2件
長谷川社長もっと言ってやって!(笑)
読了しました〜!🖤 今回、京介くんのツンデレ具合が炸裂してて最高でした…「お前のせいで非常に辛い思いをさせられてる」って、もう言葉の裏が全部“意識してます”って言ってるじゃないですか🥺💦 しかも芽生ちゃんがあっけらかんとしてるから余計に自分だけ焦ってて、あのムカつきの描写がすごくリアルで感情移入しちゃいました。 下着買い替えとか言いながら本当は自分が選びたいだけなの、可愛すぎますね(笑) 長谷川社長の「認めて楽になれ」には思わず頷きました。二人のすれ違いがじれったくて愛おしいです! 次回も楽しみにしてます🌙