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キノコ娘の体質というか、能力について、大体出揃ってきたのは十歳の頃でしたでしょうか。
五歳のときにわかったのが、訪れる場所で多くのキノコに会えること。
特殊なキノコにも会えること。
本来生息している環境や条件に合わなくても、遭遇できること。
さらにはキノコと会話できること。
そう、一方的に情報を伝えてくれるだけだと思っておりましたが、質問をしたら返事がありましたの。
せっかく美味しいキノコや希少なキノコが手に入るのだからと、お兄様たちと一緒に定期的に山へ入る習慣をつけまして……しばらく経過したときに、それは起こりましたわ。
「キノコ娘ちゃ~ん。俺の可愛い志桜里ちゃ~ん」
私を率先してキノコ娘と呼ぶのは、五番目のお兄様、亜久里《あぐり》兄様。
女性的な美貌の持ち主で、家族以外には毒舌を披露する方です。
私にはとても優しく甘いお兄様なので、一緒にいるところを見ると、家族や幼馴染み以外は二度見するのだと、真しやかに囁かれておりますわ。
「何でしょうか、亜久里兄様」
「俺、仁王シメジが食べたいんだけど。何処かに生えていない?」
「今まさしく生えてまいりましたわ。兄様の背後に」
「え? ふぉ! でかっ!」
亜久里兄様が希望した途端に、その背後ににょきりと仁王シメジが出現しましたわ。
すっかり慣れましたが、大変シュールな光景ですわね。
「ちょ! え? でかすぎない、これ?」
キノコが大量に入手できるようになってから、喜熨斗家の面々はそれぞれキノコに詳しくなりましたわ。
キノコの知識は専門家に勝るとも劣らぬ龍之介兄様、美食家である六番目の兄、真茶樹《まさき》兄様に続いて、亜久里兄様はキノコに詳しいのです。
ゆえに、仁王シメジが饅頭型から開いて横に大きくなる性質だと知っているのですわ。
だからこそ驚いておられるのでしょう。
自分の身長よりも背が高い仁王シメジを御覧になって。
「確かに高さがあるように思いますが、味に遜色はないと思いますのよ、ねぇ。仁王シメジさん」
想像していたより大きい仁王シメジに対して逃げ腰の亜久里兄様に代わり、仁王シメジに向かって話しかけましたわ。
当然、返事など期待しておりません。
ただ、せっかく亜久里兄様の希望で生えてきてくれたのに、何だか否定される言葉をかけられたら、落ち込んでしまうかもしれません……と思いましたの。
フォローは大事! ですものね?
『全くですよぅ。亜久里君は僕を大好きだって何時も言ってくれるから、頑張って大きくなったのにさ! 酷いよね?』
なんと、仁王シメジから返事がありましたわ!
「あらあら、まぁまぁ!」
「ん? 何かあったのか。志桜里ちゃん』
『あれ? 志桜里ちゃん。もしかして、僕たちとお話ができないって思っていた?』
仁王シメジは数十本~数百本の巨大な株になりますの。
今回は……そうですわね。
五十本ほどの株になりますかしら。
その株全体が横に倒れます。
人になぞらえるのならば、首を傾げる仕草ですわね。
「ええ。何時もいろいろと説明をしてくださっていましたけれど、一方通行でしたので、会話ができるとは思っておりませんでしたの」
『なるほどねぇ。皆、自己紹介は基本だって思ってるから、それをして満足してたのかな?
あとはあれだね。志桜里ちゃんを必要以上に驚かせたら駄目って思ってたのかも』
本来の仁王シメジではあり得ない太く長い茎がきゅっと捻れます。
おなかの肉を引き締めたいときにするポーズに似ていますわね。
たぶん、恥じらっていらっしゃるんだと思います。
「まぁ、そうだったんですわね! 私、お話ができるのはとっても嬉しいですわ!」
『そうだよねー。志桜里ちゃんなら、絶対そう言ってくれるって、皆思っていたんだよー。これからは遠慮なく話しかけてね』
大きな株が左右に揺れます。
喜びに興奮しているといった感じなのでしょうか。
「ふふふ。それでは遠慮なくお話をさせていただきますね」
私はそんな仁王シメジの様子が嬉しくて、にっこりと微笑みましたわ。
「……俺の可愛いキノコ娘ちゃん? 思ったんだけど、今。その巨大仁王シメジと会話してた、とか?」
「ええ、しておりましたわ。仁王シメジが大好きな亜久里兄様のために、頑張って大きく育ってくれたそうですわよ?」
「お、おぅ! そうだったのか。俺のためか……照れるなぁ」
『照れるほど喜んでくれたなら、僕も嬉しいよ。巨大だからって大味なんてあり得ないからね! 是非とも美味しく食べてほしいな』
「……もしかして、今、俺の言葉に何か返事をしてくれてる感じ?」
「はい。そうですわね。喜んでくれて嬉しい。巨大だからって大味じゃないから美味しく食べてほしいと」
「す、すげぇ! ってーか。意思があっても美味しく食べられたいって思うんだな。こう生命体としてはさ。食べられるよりも長生きしたいって考えるんじゃねーの?」
そうですわね。
それは私も疑問に思っておりましたわ。
『そうだねぇ……永遠の真理と言いたいところだけど。個体別に違うんだよね』
「まぁ! そうなんですわね」
『そそ。僕みたいに美味しく食べられてキノコ生命を全うしたい個体もいれば、できれば末永く生きて種の保存っていうの? たくさんの子孫を残したいって考える個体もいるんだ』
「人と変わりありませんのねぇ」
我が喜熨斗家における、永遠の真理……それは、女の子が欲しい! ですわ。
ただ、その切実さはそれぞれ違いますの。
宗一郎兄様は、私の嫁には絶対女の子を産んでもらう! と思っていらっしゃいます。
逆に龍之介兄様は、正直女の子の方が嬉しいけど、男の子しか生まれなくてもかまわないかな、と公言していらっしゃいます。
私は、そうですわね。
男女どちらも等しく欲しいですわ。
そして生まれた子供は自分が愛されたように、慈しんで育てたいと考えておりますのよ。
『だねぇ。基本食べられたくない個体は気配を絶っているから、志桜里ちゃんが見つけようとしない限りは見つけられないからね。目につく個体は、食べられたがっているっていう認識で間違いないよ』
「であれば、好ましい食べられ方などを聞いた方がよろしいかしら?」
『もぅ! だから志桜里ちゃんが大好きなんだよね、僕らは。まぁ、喜熨斗家の人々って皆良い人たちだからなぁ……どんな食べられ方をしても喜んで昇天しそうではあるよ』
「ふふふ。私の家族は一人残らず自慢の家族ですわ! でも、改めて口にしていただけると大変嬉しゅうございます」
喜熨斗家は代々仲が良いのです。
極希に家族を引っかき回す方もいらっしゃるようですが……そういう気質の方は、早々に喜熨斗家と縁を切るか、亡くなるらしいとのこと。
深く考えると、怖ぇぇぞ? そもそも俺は物事を深く考えられねーけどな。と幸乃進兄様は言っておられました。
直感が家族の誰よりも働く、お兄様がおっしゃるのです。
きっと深く考えない方が良いのでしょうね。
どの家にもきっと、闇はあるものですわ。
「……二人の世界……悔しくなんかないんだからね! とか言わない。素直に悔しいわ」
『亜久里のそういう素直なところも、いいよねー。キノコに毒舌じゃないならもしかして、僕らも家族認定?』
「かも、しれませんわよ」
ほとんど食べてしまう方々を家族認定なのは、世間一般的に考えると、空恐ろしいのでは? と一瞬思いましたが、双方が納得しているのならば、何の問題もございませんわ。
拗ねている亜久里兄様に自分の考えを交えて御説明申し上げますと、大きく頷いてくださいました。
「じゃあ、今日も美味しくいただきますぜ! で。どうやって食べられたいんだ?」
『本当に君たちは仲良し兄妹だね!』
そう言って大笑いをした仁王シメジは、玉葱と一緒にバター醤油で美味しくいただきましたわ。
たっぷりの発酵バターで、巨大な仁王シメジをじっくりと炒めまして、醤油はほんの一垂らし。
「美味いけどさー。仁王シメジって、キノコ食べてる気がしないよな。巨大すぎて」
「この仁王シメジは格別巨大だからな。その辺は仕方ねーよ。美味いが最重要だろ」
仁王シメジを食べるときに言われるお決まりの台詞。
あまりにも巨大なため、形がわかる状態で調理されるとキノコを食べている雰囲気にならない……というもの。
今回は仁王シメジが頑張って巨大化してくれたので、まるで異世界産のキノコを食べているような心持ちでしたわ。
ええ、勿論。
独特の濃厚な旨味があり、歯切れ、舌触りともに最高でございました。
カレーにしても美味しいと遺言をいただきましたので、次の機会には是非キノコカレーにしていただきたいものですわ。