テラーノベル
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母の声が、夢と現のあわいに溶けこんでいた
──子守唄
幼き日に耳にしては眠りに落ちた旋律が
今もなお心に沁みわたり、やがて柔らかな声となる
《 ……起きて、瑠衣也 》
その呼び声に導かれるように、少年は目を覚ました
白花 瑠衣也 ──── 十五歳
この物語の主人公である少年はいつも通りの一日を迎えるはずであった
時刻は7時23分
いつものように布団を跳ねのけ、無造作に寝癖を手で撫でつけた
窓の外に差し込む光は柔らかく、昨日までの雪景色を忘れさせるほどに眩しい
大きく伸びをし
いつものように二階の自室から一階へ降りれば
母の「おはよう」という柔らかな声が聞こえ
台所からは卵と味噌汁の匂いが漂ってくる
───────はずだった
リビングに降り立った瞬間
彼を迎えたのは母の笑顔ではなく
湯気の名残を留める朝食と、一枚の置き手紙
その横には、見慣れぬ制服と、硬質な学生証のようなものが添えられている
瑠衣也は半ば夢の続きのように、その手紙を手に取った
そこに記された母の文字は
いつもと変わらぬ、伸びやかで女性らしい筆致
だが内容は、少年の思考を白紙に染めるに充分だった
《瑠衣也へ、暫くママは戻りません♡》
思わず声が裏返った
手紙を握る瑠衣也の眉間に、深い皺が寄る
唐突に突き放すようで
しかしどこか甘ったるいその筆致に、悪戯の匂いを感じ取った
«冗談……じゃねぇよな?»
冗談か、置き忘れた手紙か──
否、そんなはずはないと机に置かれた学生証に
ふと視線を移すと、そこには堂々と刻まれた文字
──────”【伏竜養成学校】”
«……伏竜、養成学校……?»
瑠衣也は目を細め、しばし考え込む
だが答えは出ない
唯一の手がかりは、この学校にある
母の行方を探すなら、まずはここに向かうべきだ
少年は決意した
瑠衣也は朝食を荒々しくかき込み、制服に袖を通す
鏡に映ったのは、母譲りの端正な顔立ちに、まだ幼さを残す瞳
だがその瞳には、確かな決意の光が燃えていた
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
玄関を抜け、外に出た瞬間──彼の目は大きく見開かれた
«……おかしいな»
昨日まで雪が残っていたはずの町並みは
まるで一夜にして装いを変えたかのように、満開の桜色に覆われていた
花びらが風に乗り、頬に触れる
«……夢か?»
小さく呟くも答えの代わりに桜は静かに舞い続け
花弁が風に舞い、少年の頬にふわりと触れる
胸に不可思議なざわめきが広がるが、深追いはしなかった
考えても仕方がない────今は母の行方が最優先
頭を振り、足を進めた
道を進むにつれて視界に現れる、巨大な門
その横に刻まれた文字こそ──【伏竜養成学校】
«ここが……»
敷地内は桜吹雪に包まれているが
どこかの軍の施設を思わせる鉄と石の威厳に、桜の薄紅が絡みつく
その対比は奇妙に美しく、瑠衣也の胸をざわめかせた
門の威容に圧倒されるような光景に、少年は思わず立ち尽くした
その背後から、低くよく通る声が響いた
〈 ──似ているな 〉
低く囁く声に瑠衣也が振り返れば、そこにいたのは白髪の男
短く整えられた白髪に、どうやらコスプレでは無いらしい猫耳
片や金紫の異彩を放つ眼、片や漆黒の冷たい眼
美貌という言葉すら追いつかない、不思議な威圧感を纏った存在
よく見れば、彼もまた瑠衣也と同じ色合いの制服を身にまとっている
«誰だ……お前»
〈 ……白花瑠衣也。 入学早々遅刻とは大した度胸だな 〉
«は?»
〈来い、式が始まる〉
そう言うや否や、瑠衣也の抗議の声も空しく
がっしりと男の肩に担がれながら門を越え
広い体育館へ連れ込まれた
«は、離せッ!»
〈大人しくしてろ〉
体育館の壇上には紅白の幕
列を成す椅子。そこに座る新入生らしき顔ぶれ
瑠衣也は抵抗の末
縄で椅子にガチガチに縛り付けられるという屈辱を味わった
«ちょっ……ふざけんな!»
周囲の生徒たちの視線が、一斉に瑠衣也へと注がれる
驚きと戸惑い
その空気で、ここが入学式の場であることを悟るのに、時間はかからなかった
──入学式は粛々と進む
瑠衣也は縄を解かれるまで、渋々ながらも周囲に倣って大人しくしていた
やがて式典が終わると
縄を解かれた瑠衣也は幾分か冷静さを取り戻していた
誘導された教室にある椅子に腰を下ろす
«…まるで最初から俺が来るって知ってたみたいじゃねぇか»
驚くべきことに既に「白花瑠衣也」の名が記された席が用意されていた
まるで最初から彼の入学が定められていたかのように
«……おかしいだろ、どう考えても»
だが抗議の言葉も、担任と名乗った男の登場でかき消された
黒板の前の教壇に立つのは──────
先ほど瑠衣也を担ぎ込み、縄で固定した男
〈入学おめでとう、お前らの担任を務める───〉
〈”橘 彪猫“だ〉
怒鳴り声が教室に響く
そしてその瑠衣也の叫びとほぼ同時に、教室の空気が華やぐ
女生徒たちの目が輝き、声が飛ぶ
“ 先生、彼女いるんですか!? “
“ 結婚してますか!? “
無理もない、この男────かなりのイケメンである
彪猫と名乗った男は、女子生徒たちから浴びせられる黄色い声援を華麗に無視し
淡々と黒板へチョークを走らせた
その横顔はどこか疲れていたが、鋭い眼差しが人を寄せ付けない強さを宿している
〈さて──自己紹介と、意気込みを聞かせてもらう〉
順番に立ち上がる生徒たちを、瑠衣也は半ば呆然と見つめた
羽を持つ者
鋭い爪を光らせる者
背後に異形の獣を従える者
いずれも常識では測れぬ存在ばかりであった
──そんな異界の存在が混じり合う教室に
瑠衣也の胸は不思議とざわめきと高揚で満ちた
(……俺はここで、何をするんだ?)
ふと母の置き手紙が脳裏に浮かぶ
───《楽しみなさい》
そんな声が、瑠衣也には確かに聞こえた
やがて、自分の番が回ってくる。
«……チッ»
母を探しに来ただけのはずなのに、なぜ自己紹介など────そう考えた
しかし、”少しだけなら”いいのではないか
ならば、と少年は背筋を伸ばし
堂々と声を張り上げた
«白花瑠衣也────»
«この学校で一番強ぇ男になる»
教室が一瞬、静まる
次いでざわめきと笑み、あるいは挑むような視線が押し寄せる
壇上の彪猫は、瑠衣也をじっと見据えた
その眼差しは、ただの教師以上の色を宿している
〈……なんだか、懐かしいな〉
小さく、しかし確かに笑った
しかし瑠衣也にはまだその彪猫の意図は分からなかった
桜の花びらが窓から舞い込み、瑠衣也の肩にひとひら落ちた
そして少年の運命はここから始まる────
母の行方と、自分自身の運命
そして、彼の罪が──────────
コメント
5件
語彙力が半端ねぇ!! 表現が分かりやすくて光景がどんどんと頭に浮かんでくる💭
いや流石にちょっと好きすぎるんですが????😇😇😇 彪猫先生、もう文章から(?)イケメソで爆ぜた🥰💗 縄でギッチギチにしてるの面白すぎるWWW入学式で伝説刻んだね…😇 何気に猫耳がコスプレ呼びされてるのにはツボりましたね、はい😊 これから頑張れ瑠衣也ーーー!!!!✨️✨️✨️超応援してるよーーー!!!!
ノベルだァァァ!!情景が物凄く想像出来る!!!すげぇ!! ママ様の御手紙…語尾に♡が有るところから茶目っ気溢れる性格が伺える…! 前日雪が降っていたのに桜が咲いているって…暖かく成り過ぎでは?( 罪ってなんだろう…気になる… 次回も愉しみだぁ…正座待機してます…!