コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
三
(イレギュラー・バウンドでボールが抜けて、ポストからの跳ね返りが背中に当たってゴール? くそっ! 何でこんなアンラッキーが続く?
それにビジャル! スピードに乗った状態でも、ドリブル、シュートとも精度が高い! 監督の言葉に誤りはなかった! ジムナスティコ、一番の要注意人物だ!)
神白は焦燥を深めつつも、ボールをゴールから取り出した。コート中央目掛けてどかんと蹴り込む。
「今のは仕方ないよ。神白君、切替え切替えー!」ベンチのエレナが、手でメガホンを作って叫んだ。高く澄んだ朗らかな声に、神白はわずかに落ち着きを取り戻す。
ボールがセンターに置かれて、笛が鳴った。天馬が蹴り出して、試合が再開される。
ヴァルサはゆっくりとパスを回し、中央のレオンへとボールが渡った。レオンは足下に止めて、上がってきた5番に簡単に捌く。
外にトラップし、5番は顔を上げた。右ウイングの9番が斜め前方に走っている。
5番は9番にパスした。9番は右で掬ってボールの勢いを加速。縦への突破を試みる。
背後の6番が足を伸ばした。爪先に掠り、ボールはその場に留まる。
6番はさっと立ち上がった。そこにレオンが詰める。
焦った6番は、大きく蹴った。ボールは勢いよく飛び、ヴァルサの守備ラインは後退を強いられる。
刹那、ジムナスティコの全員が前へと移動。連動して、ヴァルサのパスの出しどころを消していく。
ヴァルサ同様、ジムナスティコの守備戦術もプレッシング主体だった。前線から最後列をコンパクトにして、敵がどこに蹴ってきても取れるようにする方法である。
アリウムが背走する。6番のキックをゴールライン上で収めた。だがビジャルがチェイスに来る。
「右だ!」神白が声を張り上げると、アリウムは右方を見た。5番が平行にまで引いてきていた。
アリウムは5番に出した。5番、滑らかにトラップし、前を見やる。しかしどの選手も空いてはいなかった。
敵11番が5番に詰める。「ヘイ!」と、神白はそちらに移動した。
5番からパスが出た。神白、ボールが来る寸前に周囲を見回す。ぴたりと止めて、フリー気味になったレオンに転がす。
(とにかく球離れを早くしていこう。一点目は記憶から消去だ。守りだけがキーパーの仕事じゃあない。頭をフル回転させてビルドアップに貢献しよう)
神白は冷静に思考を巡らす。視界の端ではゴドイが、難しい面持ちでゲームに見入っていた。
四
〇対一のまま試合は進んだ。先制されて流れを奪われたかに見えたヴァルサだったが、どうにか持ち直していた。攻守とも落ち着いており、何回かチャンスも演出していた。
前半四十分、ジムナスティコはコーナー・キックを得た。神白は集中を最大にまで引き上げ、引っ切りなしに指示を出し続ける。ゴール前では両チームの選手が、ポジションを争ってやり合っている。
ふわりとしたボールが上がった。
(コースが甘い!)即座に読み切った神白は、思い切って飛び出した。フルパワーで跳躍し、めいっぱい両手を伸ばす。
手がボールに触れた。神白は前を見た。(レオン!)空中で高速思考する。
足が地に着いた。ボールを持ったまま走る。ゴールラインギリギリまで来た。下手投げでレオンに出す。
スローを受けてレオンは疾走。ジムナスティコの選手が追いすがる。だが誰も追いつけない。
センターサークルまで来た。レオン、完全にスピードに乗っている。相手は三人でヴァルサは四人。数的優位だった。
5番がレオンに対応する。攻めを遅らせるべく飛び込まない。
レオンはドリブルを大きくする。5番が出てくる。しかし触れられる前に、レオンは右にパスした。
駆け上がった9番が引き継いだ。走る勢いは減じていない。絶妙な力加減だった。
9番は快走。敵の6番が寄ってくる。すると9番は中央へと速いボールを送った。
ヴァルサ7番が右足を振りかぶる。敵2番は前を塞ぐ。7番は股の間にボールを通した。
天馬が詰める。完全なフリー。ダイレクトで合わせて、ゴールの右隅へと転がした。
キーパー倒れ込む。しかし掠りもしない。ボールはゴールへと転がっていき、ぱさりとネットを揺らした。
見届けた天馬が振り返る。右手でガッツポーズを作りつつ、自陣へと走って行く。幼さの残る顔は、喜びと達成感に満ちていた。
(よしっ! イメージ通りのカウンター! 見たかジムナスティコ! これがヴァルサだ! スペイン二強の一角だ! パスサッカーだけじゃあない! こんな一撃必殺のパターンだってあるんだよ!)
神白は心の中で吠えた。まだ同点。だが神白には、敗北するビジョンが見えてこなかった。