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んはーー!!最近小説モチベ高いけど多分無くなるから今のうち量産しとく
続きなんてねぇよ(書き終わった人間)
赤桃
ご本人様とは関係ありません
バーの照明は、客の心を映す鏡みたいだ。
光を受けて笑う者もいれば、闇に溶けて泣く者もいる。
りうらはそのカウンター越しに、何人もの夜を見てきた。
けれど、その男――ないこさんだけは、どうにも掴みきれなかった。
「りうら、今日も真面目に働いてるね。かわいー」
夜の10時。入り口のベルが鳴ると同時に、あの声がする。
猫のように気まぐれで、煙草のようにクセのある笑い。
そして今日も、グレーのコートを脱ぎながら、ないこさんがカウンター席に腰を下ろした。
「また来たんですね。今週、もう三回目ですよ」
「んふ。通い詰めたら、りうらの心も飲めるかなって」
「…そういうの、他の人にも言ってますよね?」
「んー、でもりうらに言うのがいちばん楽しいかも」
ないこさんはグラスを指でなぞりながら、にやりと笑った。
その目元は油断なく笑っているくせに、どこか寂しさが滲んで見えるのは、りうらの見間違いだろうか。
「酒、何にしますか」
「君が選んでよ。ほら、そういうの得意でしょ?」
甘えるような声と、挑発するような瞳。
ふっと息を吐くと、シェーカーを取った。
「じゃあ……火傷、しないように気をつけてください」
「へえ、強いやつ?……楽しみ」
その夜、ないこさんの指先が、グラスの縁に触れたとき。
りうらは確かに、彼の“嘘の笑顔”がわずかに揺れたのを見た。
酒は“スモーキーマティーニ”。
ないこさんはひと口飲むなり、眉をひそめて笑った。
「りうらってさ、見た目よりずっと意地悪」
「それ、褒め言葉ですか?」
「うん、ちょっと好き」
言葉の端々に“好き”を滲ませるくせに、それ以上は決して踏み込まない。
ないこさんのそういうところが、まだ未熟なりうらには歯がゆかった。
毎回同じように現れて、同じようにからかって、同じように笑って。
だけど、りうらが一歩近づこうとすると、ないこさんはふっと笑って煙のように逃げてしまう。
まるで、誰かと本気で関わることを拒んでいるみたいに。
「……そんなに、誰かに近づかれるの嫌なんですか」
「なにそれ。急に真面目な顔」
「真面目ですよ、ずっと。こっちは」
りうらの声に、ないこさんの笑みがすこし崩れる。
グラスの中の氷が、カラン、と音を立てた。
「りうら、さ……」
ないこさんがふっと視線を落とした。
その瞳に、一瞬だけ本音が垣間見えたような気がして、思わず身を乗り出す。
「……俺に、本気になっちゃダメだよ」
その言葉は、まるで呪いのようだった。
それから数日、遥は店に現れなかった。
りうらの胸には、あの夜の言葉がずっと引っかかっていた。
――俺に、本気になっちゃダメだよ。
それでも、もう遅かった。
本気になったのは、とっくの昔だ。
そして一週間後、ないこさんふらりと戻ってきた。
ネクタイもほどけていて、目の下には隠しきれないクマ。
「久しぶり、りうら。……会いたかった?」
「……はい。正直、心配してました」
「そっか。優しいね、君は」
りうらはカウンター越しに手を伸ばし、ないこさんの指先に触れた。
震えていた。
「何があったんですか。言ってください」
「……何も。いつものこと」
ないこさんは嘘をついた。けど、その嘘ごと抱きしめたくなった。
「それでも、俺は……あなたが好きです」
「……馬鹿だなぁ」
ないこさんの瞳が揺れて、りうらの胸にそっと身を寄せた。
初めて、嘘じゃないキスをくれた。
りうらの、いつもとなんも変わらない部屋。
カーテンの隙間から、朝が静かに差し込んでくる。
だけど今日は違う
ソファの上で寄り添うふたり。
ないこさんは眠っている。けれど、その顔にはようやく安らぎがあった。
そっとないこさんの髪を撫でながら、思った。
「この人の夜に、なってあげたい」と。
暗くて、寂しくて、誰にも見せたくない“夜”。
だけど、誰かがそっと包み込んでくれるなら、夜はもう怖くない。
ないくんの瞼がゆっくりと開いた。
「……おはよ」
「おはようございます。コーヒー、淹れますね」
「ん。……ねぇ、りうら」
「はい?」
「……俺、本気になってもいい?」
微笑んで、ないくんの手を握った。
「もう、とっくに本気ですよ。俺たち」
番外編
付き合い始めて一ヶ月。
ないくんは“恋人らしいこと”が、あまり得意じゃなかった。
手を繋ぐのも、
名前を呼ばれるのも、
「好き」と言われるのも、
ぜんぶ、ちょっと恥ずかしいらしい。
けど。
「りうら……肩貸して」
りうらの部屋、ソファの上。
ないくんは何でもないふりをしながら、ぴたりとくっついてきた。
「どうしたんですか、急に」
「ん。ちょっと疲れただけ」
「……ほんとですか?」
「うるさいな。恋人に甘えてるだけ」
言ってから、ないくんは自分で恥ずかしくなったのか、りうらの肩に顔を埋めた。
そんなないくんの頭を優しく撫でる。
「甘えるの、もっと上手くなっていいんですよ。……りうらにだけでいいから」
「……りうら、そういうとこズルいよね」
「どこがですか?」
「そんなふうに優しくされたら、……俺、ますます離れられなくなる」
手が止まる。
ないくんが自分から、そう言ってくれるなんて。
その言葉が、どれだけりうらを救ってくれるか、きっとないくんはまだ気づいていない。
「じゃあ、ずっと離さないでください」
「……命令?」
「お願いです」
「……ふふ、しょうがないな」
ないくんの指先が、りうらの服の裾をそっと掴んだ。
恋人になってから、はじめて自分から触れてきた、柔らかなぬくもり。
その夜、りうらの左肩は少しだけ熱を帯びていた。