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昼休み、私は教室の窓際に座っていた。ペットボトルの水を一口飲んでも、喉の渇きは引かない。
「最近さ」
向かいに座った同級生が、何でもない調子で言う。
「広瀬くんと、ちょっと距離できてない?」
その一言に、心臓が跳ねた。
「え?」
「ほら、前はもっと自然だったじゃん。
練習のときも、並んで普通に話してたし」
(……見られてたんだ)
気づかれないようにしていたつもりなのに、
ちゃんと、周りには伝わっていたらしい。
「そんなことないよ」
即座に否定する。
「ただ、練習が忙しいだけ」
自分でも、苦しい言い訳だと思った。
同級生は笑わない。
少しだけ、困ったような顔をする。
「奈央さ」
声を落として、続ける。
「広瀬くん、奈央と話すときだけ、
ほんとに何も考えてない感じするんだよ」
その言葉が、胸に落ちる。
まただ。
「それって……」
私は言葉を探す。
「どういう意味?」
「好意とかじゃないよ、多分」
はっきり言われて、
なぜか少しだけ、安心してしまう自分がいる。
「でもね」
同級生は続ける。
「他の人には、ちゃんと線引いてる。
敬語だったり、距離だったり」
「奈央に対しては、それがない」
私は、言葉を失った。
思い返せば、
広瀬くんは私にだけ、
妙にフラットだ。
先輩として持ち上げない。
変に気も遣わない。
ただ、隣にいる。
「だからさ」
同級生は、少し笑う。
「奈央が急に距離取ったら、
そりゃ違和感出るよ」
「……」
「悪気ないのは分かるけど」
その視線が、やさしくて、痛い。
「広瀬くん、たぶん気づいてない。
奈央が悩んでることも、
自分が原因ってことも」
私は、黙ったまま机を見る。
(じゃあ、私は)
(この気持ち、どうすればいいの)
「好き、ってわけでもないんでしょ?」
同級生が、冗談っぽく言う。
「……っ」
即答できない。
沈黙が、答えだった。
「ほら」
同級生は小さく息をつく。
「それ」
「気づいてないの、奈央だけだよ」
その言葉が、
静かに、でも確実に、胸を締めつける。
チャイムが鳴り、
昼休みが終わる。
立ち上がりながら、
私は思う。
(まだ、何も始まってないのに)
(もう、元の距離には戻れない)
教室を出るとき、
廊下の向こうに、広瀬くんの姿が見えた。
目が合う。
いつも通り、軽く会釈される。
それだけで、
胸が少し苦しくなる。
(ああ、だめだ)
もう、意識しないふりはできなかった。
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