テラーノベル
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放課後の廊下は、少し静かだった。吹奏楽部の音も遠くて、窓から入る風の音だけが響いている。
「奈央さん」
後ろから呼ばれて、
私は反射的に立ち止まった。
振り返ると、
広瀬くんがギターケースを肩にかけて立っている。
「一緒に校門まで行きます?」
その一言は、
前なら何でもなかった。
「……うん」
少し間を置いてから、そう答える。
並んで歩き出す。
靴音が、やけに大きく聞こえた。
沈黙が続く。
気まずい、というほどではない。
でも、落ち着かない。
「最近」
不意に、広瀬くんが口を開いた。
「奈央さん、ちょっと変じゃないですか」
心臓が跳ねる。
「え」
声が、裏返りそうになる。
「そ、そうかな」
できるだけ普通を装う。
でも、視線が合わない。
「はい」
広瀬くんは、あっさり頷いた。
「なんか、距離感が」
一拍置いて、言葉を選ぶみたいに続ける。
「前と違う気がして」
喉が、きゅっと鳴った。
(言われた)
(気づかれてた)
「私、そんなつもり……」
言いかけて、止まる。
何を否定すればいいのか、分からない。
「別に、責めてるわけじゃないっす」
広瀬くんは歩調を緩めて、
私の横を見る。
「ただ」
そこで、少しだけ笑った。
「鈍い俺でも、それくらいは分かりますよ」
その一言が、
想像以上に、深く刺さった。
(鈍い、って)
(自分で言うんだ)
それはつまり、
今まで気づいてなかった、という意味で。
それでも、今は分かる程度には――
変わってしまった、ということだ。
「……ごめん」
思わず、そう言ってしまう。
「別に、謝られることでもないですけど」
そう言いながら、
広瀬くんは前を向いたままだ。
「俺、奈央さんと話すの、楽なんで」
さらっと言われたその言葉に、
胸が締めつけられる。
「だから」
一瞬だけ、言葉が途切れる。
「急に壁作られると、
ちょっとだけ、困ります」
困る。
好きでも、嫌いでもない。
ただ、困る。
それが、広瀬くんの正直なんだと、
なぜか分かってしまった。
「……私」
立ち止まる。
「変なこと、考えてただけ」
嘘ではない。
でも、本当でもない。
広瀬くんも、立ち止まった。
「なら、いいです」
深追いはしない。
いつもの距離感。
「前みたいで、いいと思いますよ」
それが、 私にとって一番難しい言葉だった。
(前みたい、って)
(もう、戻れないのに)
校門が見えてくる。
「じゃあ」
広瀬くんは、軽く会釈する。
「また部室で」
去っていく背中を見ながら、
私はその場に立ち尽くした。
鈍い俺でも分かる。
その言葉が、
何度も頭の中で繰り返される。
(気づいてほしかったのに)
(気づかれて、こんなに苦しいなんて)
答えはまだ、出ない。
でもひとつだけ、はっきりした。
広瀬くんの隣は、
もう「何も考えなくていい場所」じゃない。
それに気づいてしまったのは、
――私だけだった。
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