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キャスリンは疲れを感じ、少し休もうとソファに座る。古本屋で手に入れた本を確かめようと手を出したとき、下腹に鈍い痛みを感じた。この痛みはよく知っている。悲しみを抑え込み、ダントルに今日は休みにしたジュノを呼んでもらう。急いでくれたのだろうお仕着せが乱れている。ジュノと共に寝室へ入る。
「ごめんなさいね、せっかくのお休みだったのに。月の物がきたの」
涙を堪える。可能性は低いと言われていた、仕方がない。ジュノに新しい下着を用意してもらい寝台に横になる。体を丸め下腹に手を当て温める。こうすると痛みが和らぐ気がして、触れ続けていたら眠気が出てきた。
「お嬢様休んでください。夕食前には起こしますから」
私は頷き目を閉じる。子は宿らなかった。とにかく眠りたい。今は全てを忘れて眠りたい。
夕食はあまりとれなかった、忙しい日だった。楽しかったり腹が立ったり悲しかったり一日を思い出して下腹を温める。もう眠ろうと丸くなり目をつむると、扉の開く音に気がついた。ジュノ?と声をかけても返事がない。目を開けると大きな影がいた。手を伸ばし私の頭を撫でる。するすると毛先まで撫でる。
「宿りませんでした」
言葉にすると涙が出てしまった。我慢したのに私は弱いわ。撫でる手は止まらない。毛先を指に巻き付け遊んでいるよう。手が頬に触れ私が泣いていることに気づき涙を指で拭われる。
「痛むのか?」
少しと答えると下腹に手を当てられる。私の手があることに気づき説明する。
「温めると痛みが和らぐ気がして」
掛け布の中に手を入れ私の下腹を優しく撫でる。温かい。手が大きいから広く温まる。何度も撫でる。ハンクの方へ手を伸ばす。おでこに触れたようだ、そのまま髪に触れすく。硬い髪を指先で摘んで引っ張る。影が私を覆い月明かりでハンクの瞳と見つめ合う。そのまま口を開けるとハンクの大きな口が覆う。舌を入れ唾液を啜る。くちゅくちゅと口内で音が鳴る。気持ちがいい。まだしたいとハンクの頭を抱き込んでねだる。舌を吸われ唇を吸われまた舌を絡め合う。やっと口を離して声を出す。
「胸に赤い点々があったんです。もう消えましたけど閣下が?」
「ああ」
私は頷く。数日で消えたから変な病気ではないなと思っていたが気になっていた。ハンクがしたなら別にいい。
「痛みは続くのか?」
私は首を振り最初だけ痛みがあると伝える。ハンクの顔がこんなに近くにあるのは閨を除くと初めてだった。眉間に触れ縦じわを撫でる。私の好きな所。触ってみたかったから嬉しい。私が微笑みながら撫でていても止めないでくれる。満足して手を離すと掛け布が捲られ鎖骨の辺りに吸い付いてきた。刺激が気持ちいい。何度も吸っている。満足したのか布を元に戻して私の頭を撫でる。その間、片手は下腹に添えてあった。
「眠れ」
行ってしまうのか。目元に力が入るが我慢する。ハンクの大きな体に包まれたいけどそんなこと言えない。私は頷いて目を閉じる。それでもハンクが離れていく気配がない。頭を撫で下腹には手を添えたまま。私は意識が深く沈むのを感じた。その時ハンクが、また注ぐと言ったように感じ、幸せが湧いてそのまま眠りに落ちた。
ハンクはキャスリンが眠ったのを確認し手を離す。掛け布を整え寝室を出る。居室にはメイドと騎士が侍っていた。騎士が扉を中から鳴らし少し待つと外から扉が開きソーマが顔を出す。カイランの部屋の反対へ廊下を進み使用人用の階段で降りる。部屋に戻りソーマから酒を受け取る。
「よく泣く」
ハンクは一気に呷り呟いた。
痛い怖い嫌いとは泣かないが、あれが泣いても腹は立たん。
「明日時間がとれた。王に会う」
ソーマは頷いて答える。それからカイラン宛てのリリアンの手紙の内容を告げる。
「まとめますと、当家の夜会はないのか、会って話がしたい、邸に行っていいか、アンダルを助けて。そんなようなことが綴られております。キャスリン様にも同じ様なことをおっしゃっていたようです」
ソーマの報告に鼻を鳴らす。
「女はただの馬鹿だほっとけ、アンダルは?」
「アンダル様は金策に勤しんでいるようで、このまま国内にいても相手にしてくれる所はないと思い立ったのか隣国の商人にお会いしています。元王子は隣国では旨味があると思われているのでは?」
隣国の旨味など奴の種だろうが、頭の回らん馬鹿が。これで王は切り捨てるだろうがな。
ハンクは眉間を揉みながら思考する。ここを撫でて何が楽しいんだ。
「頭が痛むのですか?」
ソーマが心配そうに尋ねる。
「あれが嬉しそうにここに触れる」
ソーマは微笑む。キャスリン様は気難しそうに見える主の顔が嫌いではなく好ましく思っているのだろう。でなければそんなことはしない。説明しても主には理解ができないだろうとソーマはキャスリンの心情は話さない。
「常にありますから、気になったのでしょう」
なんだそれはとハンクは呟く。
翌日ハンクは定刻に王宮へ到着し、王の私室へ向かった。近衛が扉を開け中へと進みソファに座って相手を待つ。ハンクが入ってきた扉が開き、シャルマイノス国王ドイル・フォン・シャルマイノスが近づいてくる。王は対面のソファに座り話し出す。
「私用ってなんだよ。俺なんかした?」
ハンクより三つ程年上だが若く見えるこの王は、媚びへつらう貴族の中にいて明け透けに自分へ意見を述べるハンクを気に入って、若い頃から重宝している。
「アンダル。消すぞ」
ドイルは止まる。馬鹿な息子だが馬鹿だから可愛く見えてしまう。甘やかしたのは認める、謝ることもするが殺すのはいただけない。
「待てよ。決定か?消すほどのことしてないだろ。王族の証まで取り上げたんだ。今は男爵だぞ?底辺だぞ?」
王族の証とは、王族は降嫁、臣下に下っても王族だけに許されるミドルネームはそのまま維持され誇りとなる。アンダルには許されず取り上げた。王族だった過去も消したという罰。
「隣国の商人と会ってる。それは知ってるのか?」
ハンクもその商人の後ろに誰がいるのかまだわかっていないが、可能性は潰しておかないと後々面倒になる。そんなことはドイルも理解しているはず、媚薬を盛られて種を与えてしまえば禍根が残る。それだけ厄介な血なのだ。
「知ってるよ、監視させてるからな。裏も取ったよ、向こうの貴族が絡んでそうだから多分襲われる。ハンクが心配することないぞ、アンダルの種は死んでるからさ」
さすがのハンクもこれは知らなかった。監視はいるだろうとは思っていたが。
「アンダルは知らないよ、これも罰の一つ。いくら頑張って仕込んでも可愛いリリアンから金髪碧眼は生まれない。生まれたらそれはアンダル以外の種だね」
「どうやった?」
へへと笑いながらドイルはハンクに語る。
「王家だぞ?種くらいは管理できなきゃな。秘薬だよ。外には出てない。子種だけを殺すんだ、王妃は知らない。知ってるのは俺と王太子」
これでハンクも入ったねとドイルは頭をかく。
「消さなくていいだろ?まだ何か不満か?」
「女がゾルダークに近づく。王都から出せ、領から出すな」
ドイルは悩ましい思いでいた。
罰は与えた。リリアンなど無視すればいいだけだ。取るに足らない存在のはずなのにハンクは嫌がっている。なんだ、何をされた?こいつに何かするとは無理な話。ならば婚姻したばかりの息子か。アンダルと仲が良かったカイラン、あいつか。まさかの息子想いとは、ハンクも年をとったなぁ。
「そんなことでは無理だ。追い返せばいいだろ?ただの男爵夫人だぞ」
ドイルはハンクの意外な一面を知れて嬉しいが、そこまでする意味を感じなかった。
「ならば秘薬をよこせ」
なぜそこへ繋がる!ドイルはますますハンクがわからない。
「誰に飲ませるつもりだ?」
ハンクは答えない。
歯切れの悪いこいつはあまり見れない。何が起こっている?俺の知らないところで何をされたんだ。
沈黙が続くが、ハンクが口を開く。
「息子に飲ませる」
ドイルは頭がおかしくなりそうだった。俺は何と会話をしてるんだ。ハンクだよな。冷酷無慈悲の、先ほど実は息子想いが加わった長年の友だよな。アンダルからどうなってカイランに秘薬を飲ませることになるんだよ!
「ゾルダークを潰す気か?新婚だろう?孫は?」
ハンクは黙ってドイルを睨む。ドイルも負けじと睨む。王家の秘薬をハンクに教えることもよくないのに、渡すなんて余程のことでなければ無理な話。ハンクが語るまでドイルは待つ。
「ゾルダークは続く」
「なんだ、もう懐妊したのか?ならなぜ秘薬が欲しい?」
「俺の子が継ぐ」
「知ってるよ。カイランだろ?さっきから何言ってる?睨むなよ怖いぞ」
「あいつではない」
他に子を作っていたとは。俺にも知らないことがまだあるんだなぁと感慨深い思いに入っていた。
「ゾルダークとディーターの子が継ぐ」
ドイルは思わず立ち上がる。信じられない思いだった。まさかディーター夫人と通じていたとは。それを跡取りにするだと…ディーターの次男?ハンクに似てないじゃないか、おいおいディーターって。
「嫁いできた娘か」
ハンクは黙っている、肯定していると見ていいんだな。この年で友人のこんな話を聞くことになるとは愉快だな。ドイルは座り直した。
「惚れたのか?」
ハンクは答えない。こいつに惚れるなんて感情ないか。いや遅すぎる初恋なんてのもあるかもしれない。ディーターの娘か、見たことあるけど記憶にないな。見てみたい。そんなことしたらこいつに怒られるか。ドイルは頭を抱えてため息をつく。
「わかったよ。届ける」
「助かる」
ドイルは顔を上げハンクを見る。こいつが礼をしたぞ。どの顔で言ってるんだ…いつもの顔だ。長い付き合いだが初めてだな。だが異常事態にはかわりない。念を押しておくか。
「お前に子ができなかったら?息子を残して置くのも悪くないだろう?」
「俺の子ができたら飲ませる」
そうだな、それがいい。だいたいもう孫がいる年なんだ。できなくても不思議じゃない。
「まぁ頑張れ。秘薬の件は貸しだからな。アンダルに手を出さなくていい、貸さなくてもいい。リリアンも消さない程度にしておいてくれ」
久しぶりの友人の会話は穏やかではなかったが面白かったなと満足するドイルだった。