テラーノベル
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昔から、物語を考えるのが好きだった。
小学校の頃にはすでに、授業中にノートの端っこに登場人物の名前や設定をこっそり書いていた。
高校時代、ある日ふと思い立って、仲のいい友達に自作の物語を話してみたことがある。
「面白いじゃん」
たったそれだけの言葉が、たまらなく嬉しかったのを、今でも覚えている。
小説も好きだったけど、それ以上に映画が好きだった。
物語が動き、音を立て、感情を突き刺してくる、あの世界に惹かれた。
自然と将来の夢は「小説家」ではなく「脚本家」になった。
そして20歳。大学に通いながら書き上げた脚本——『HOTEL PETRICHOR』を、ある日、意を決して「非日常組」という制作会社に持ち込んだ。
それが、すべての始まりだった。
思いがけず、その脚本が社長・綾斗真平の目に留まった。
数日後、彼から直々に連絡が届いた。
「この作品の映画を作りたい」
その一言で、夢は現実になった。
驚きと興奮と、少しの恐怖。でも、迷いはなかった。
このチャンスを逃したら、もう二度とない気がした。
綾斗社長は、はっきりと物を言う人だった。
けれど不思議と自分と相性がよく、打ち合わせはスムーズだった。
しかし——撮影現場は、想像以上に過酷だった。
彼は“リアル”にこだわる人だった。
アクションシーンではCGを使わず、俳優に本当に傷を負わせることもあった。
時には自らスタントをこなし、血を流しながら現場を指揮する姿を何度も見た。
当然、俺自身も巻き込まれた。
徹夜は当たり前、けがもした。
だけど、だからこそ、『HOTEL PETRICHOR』は現実味と熱を宿した作品になった。
新人脚本家のデビュー作としては、異例の大ヒット。
気づけば、名前も少しずつ知られるようになった。
その後、俺は立て続けに作品を書き続けた。
書くことが苦じゃなかったし、どんどん物語が浮かんできた。
ただ——ひとつだけ問題があった。
俺は、物語に入り込みすぎる。
登場人物の感情、言葉、過去、傷。
全部を自分のことのように感じ、演じ、体験する。
だから短期間で多くの物語を書いていくうちに、だんだんと境界が曖昧になっていった。
「だ・か・ら!これは作り話じゃなくて、ホントに起きたの!吾輩が実際に経験したの!!」
——あれ?…これは、俺の記憶か?
——それとも、あの物語のキャラクターの記憶だったか?
「——それで、ここが…」
「…ちょっと待って?それってホントにお前の話?」
現実と虚構の境目が、薄皮一枚のように感じられる。
気づけば、どちらが本当の自分なのか、わからなくなっていた。
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