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ある日、真平社長と二人でご飯を食べに行ったときのことだった。
店は落ち着いた雰囲気の洋食屋で、いつものように映画談義を交わしていたはずなのに、ふと、胸の奥にあった言葉がこぼれ落ちた。
「……社長。僕、ちょっと相談があって」
真平さんはフォークを置き、俺の方をまっすぐ見た。
そのまなざしに、俺は思い切って口を開いた。
「実は……俺、作品を書くとき、物語の世界に入り込んで書くんです。登場人物の感情とか、景色とか、もう、全部が自分のことみたいに感じられて……だから、すごく集中できるし、作品にも命を吹き込める気がしてたんですけど」
言葉を繋ぐうちに、喉が少し詰まった。
けれど、止めることはできなかった。
「でも、短期間でたくさんの作品を書いてたら……最近、自分が誰なのか、わかんなくなってきて」
真平さんは驚いた顔をしたわけでもなく、ただ静かに、頷いた。
まるで、それを前から知っていたかのように。
「知ってたよ。でも、それってさ——一真くんの作品の、いいところでもあるんじゃないかな」
思わず顔を上げた。
まさか、真平さんからそんなふうに言われるとは思っていなかった。
「え……?」
戸惑いの声が自然と漏れる。
真平さんは、いつもより少し興奮した表情のまま続けた。
「だってさ、一真くんは物語の世界に入り込んで書くんでしょ?
それってつまり、登場人物の考えや行動が——他の誰よりも“生きてる”ってことだと思うんだ。本当にその人間がそこにいるみたいに。リアルなんだよ」
確かに。と思った。その考え方は思いつかなかったし、さすがリアルを追求してきた真平さんだなと思った。
その相談が終わった後、少し雑談をしてから、俺たちは別れを告げた。