ねぇ、ジョアン。最近、耳の奥から波の音が聞こえる気がするの。
突拍子もない相談に私は、変ね、ここは地上とは離れた上階だし、海はこの近くにはないのに、なんて彼女に返した。
何か悩みでもあるの、疲れているなら少し休んだら、とも言ったけれど、レガリスは首を振った。
「いいえ、そういうことじゃないの。仕事は楽しいし、やりがいも感じているけど、なにか釈然としないのよ」
そういうのを悩みと言うんじゃないの、なんて野暮なことはわざわざ言わないけど。
そりゃ、私だって悩むことくらいあるし、ここにいる全員、そういうのとは切っても切り離せない関係だから。
それにしても、波の音。そう聞いて一番に思い浮かんだのは彼女の故郷。
レガリスが産まれた国は、確か深い海の底の、オパランという魚人の王国だったはず。
海底の岩肌に囲まれた、彼女達刺胞鉢虫族魚人の楽園。
産まれた場所も、文化も、種族も何もかも違うけど、私達は同じ仕事をして、同じ言葉を話して、同じ場所でパンを食べてる。
って、嫌だ。いつの間に感傷に浸っちゃってるの。これじゃ本当のおばあちゃんみたいじゃない。もっとも私達、そう言われても文句言えないくらい長いこと生きてるけど。
「ねぇ、私も最近考える事があるの」
ハイネもエバもモニカも、勿論あんたも、契りを交わすときに何を思って、何のことを考えていたんだろうって。
別に言えってことじゃないわよ?私だって言いたくないっちゅーの。
ただ、少し気になっただけ。
だって、契りを交わすのは私達にとって一生に一回の一番大きな決断だったはずじゃない。一度契約したら最後、辞めることも逃げることも死ぬこともできないでしょ。
勿論楽しいこともあるけど。でもそれって、言っちゃおしまいだけど傷の舐め合いみたいな所あるじゃない。
死んで逃げることができないから、ずっと考え続けて、ずっと苦しみ続ける。
それは多分、契約に縋って無理やり未来を変えようとした私達への罰ね。
…そうよね。こんなの私らしくないわよね。
私ったら、さっきからトーニャかランテオが言いそうなことばっかり言ってるわね。
彼女はまた波の音がしたと言うけれど、私には何も聞こえなかった。
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