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「俺は……必要無いって事か……」


湊は自嘲する様に呟く。


その様子を見ていると言葉が出て来なかった。


いくら本当の事でも、追い討ちをかける様な事は言えない。


私が黙った事で訪れた沈黙。

しばらく続いたそれを破ったのは湊の疲れた様な声だった。


「俺は……誰にも必要とされて無いんだな」

「……誰にもって事は無いでしょ?」


余りに悲観的な湊の言葉を私は眉をひそめながら否定した。


「奈緒にも美月にも必要とされて無いだろ?」

「湊の人間関係ってそれだけじゃないでしょ? 仕事だって有るし……」


私の言葉を、湊は勢い良く遮った。


「会社でなんて、全く必要とされて無い!」


湊が仕事の話でここまで感情的になるなんて思っていなかったから戸惑ってしまう。


全く必要とされて無いって、どういう意味なの?


湊は学生の頃から優秀で、大学院に進んだ後、苦労しないで今の保険会社に就職を決めた。


社会人になってそれなりに悩みは有ったみたいだけれど、必要とされて無いなんて思い詰める様なことが有ったとは思えない。


でも、湊の暗い目を見ていると冗談なんかで言ってないのは分かる。


電車が到着したけれど、湊を置いて自分だけ乗る気にはなれなかった。


話の途中だし、今、最後まで聞かなかったら後悔する気がしたから。


乗降が終わり電車がホームを離れて行くと、ホームには静けさが戻る。


「新入社員は二年目から支店に配属になって営業活動をするんだ」


「うん……」


湊が本社勤務から支店に異動になったのはよく覚えてる。


その頃から私達は上手く行かなくなったんだから。


「成績が出るんだ。同期の中で自分がどの程度の位置に居るのか分かる」


「……そうなんだ」


湊がどうしてこんな話を始めたのか分からない。


でも、それは一緒に住んでる時には聞いたことが無い話だった。


「俺は同期で最低の成績だったんだよ」

「え……」


湊の言葉は直ぐには信じられなかった。


同期で最低の成績……湊がどれ程の挫折を味わったのか想像出来る。


きっと毎日会社に行くのが辛くて苦しくて、逃げ出したかっただろう。


私はそんな時、何もしてあげられなかった。


一緒に住んでいたのに。湊が大好きだったのに。


だから湊は水原さんに慰めを求めたのかもしれない。


「どうして一緒に住んでる時話してくれなかったの?」


「どうしてって……」


「水原さんに慰めを求めるより前に私に話してくれなかったのはどうして?」


もし湊が言ってくれたなら、私達の関係は変わっていたかもしれない。


「……言いたくなかった。美月は楽しそうに働いていて、そんな姿を見てると余計に言えなくなった。どうして皆が出来る事を俺だけが出来ないのかってイライラしてた」


「でも水原さんには言えたんでしょ?」


「奈緒は、察してくれてさり気無く励ましてくれたんだ。何も言わなくても俺の気持ちを分かってくれた」


それは同じ会社で、湊の仕事を見ていたから出来たことだ。


私には知りようが無かった。


でも、湊の様子が変だと思った時にもっと追求する事は出来たはずだった。


それなのにしなかった。


そっとして置こうと思って、自分から距離を開けた。


湊が水原さんに逃げた様に、私も現実から逃げていた。


「でも結局奈緒とも駄目になった……何をやっても上手くいかない。仕事が駄目になり始めて、それから全てがおかしくなった」


それは私も感じたことが有る気持ちだ。


湊と上手くいかなくなって、仕事も望まない異動を命令されて。


楽しいことなんて無いって、いつも暗い気持ちでいた。


良くないことは連鎖する。


でもそれは自分自身の問題なんだと思う。


後ろ向きに考えたり、ヤケになってしまうから、上手く行く事も駄目になる。


湊が何もかも駄目に感じるのは、きっと湊自身の行動が原因だ。


湊は今でも負の連鎖から抜け出せないんだろう。


私は雪斗に救われたけど、湊には支えて貰える相手も居ないから。


「美月ともこんな関係になって……昔はあんなに仲良かったのにな……今は憎まれてるだけだよな」


掠れた湊の声を聞いていると悲しくなる。


「今は……湊の事、憎んでなんて無いよ」


「え……」


湊は少し驚いた表情で私を見た。


「湊に裏切られたって知った時凄くショックだった。でもそれより傷付いたのはその後の湊の態度」


「俺の態度?」


「開き直って私を傷付ける様なことばかり言ってた」


湊は戸惑いながらも考え込む様に視線を落とした。


きっと以前の記憶を思い出そうとしているんだろう。


「……あまり覚えてない」


「そうだよね。今なら分かるよ、湊の言葉はただ感情のまま出た言葉だったって」


深く考えた末の発言じゃないから、記憶に残らない。


「でも当時はそんなこと分からなかったし、ただ傷付いて、だんだん怒りに変わって行った。水原さんに対しても、好きになったからって人を簡単に裏切っていいのかって気持ちのまま行動する二人を軽蔑してた。なんてモラルの無い人達なんだろうって。理性は無いのかって……」


本能のままの二人を蔑んでいた。


でも、いつの頃からか気持ちも変わった。


忘れたとか許すとかじゃなくて、湊には湊の言い分が有ってそれを私が理解出来ないだけだって思う様になっていた。


今日、湊の傷と弱さを知って、更に気持ちが変わった。


湊は私が思っていた以上に弱い人だったんだ。


仕事での挫折を一人で乗り越える事が出来なくて、居心地の良い方に縋っただけ。


水原さんの事は分からないけど、でも彼女も弱い人間なんだろう。


有賀さんはそう言った事全てを含めて彼女を受け入れてるのかもしれない。


「理性とか……モラルとかそんなこと考えてなかった」


湊がポツリと言う。


私も小さく頷いた。


「今は私も考え方変わったから」


「……変わったのは藤原雪斗のせいか?」


「うん。雪斗が居なかったらこんな風に考えられなかったかもしれない」


「そうか……」


湊は顔を歪めたけれど、以前の様に雪斗を悪く言わなかった。


「ねえ、湊も今の仕事が駄目だからって全てを否定された気持ちになる必要は無いよ。向き不向きって有るんだし」


「美月は俺を必要とすることが有ると思う?」


「思うよ。でもそれはこれからの湊次第だよ」


無責任な事は言えないけど、湊には立ち直って欲しい。


もうこれ以上湊の惨めな姿は見たくない。


湊は何かを考える様にじっと私を見つめてから、震える声で言った。


「美月……俺達……やり直せないのか?」

「湊……」

「今なら昔に戻れる気がするんだ」


真剣な湊の表情。


でも私は直ぐに首を横に振った。


「無理だよ。私はもう昔には戻れない」

「藤原が居るからだろ? でもあいつは……」


湊は途中で躊躇う様に言葉を切った。


何を言いたいのかは分かった。


「前も言ったけど雪斗の過去は気にしてないから」


そう言いながらも、春陽さんや真壁さんの姿が頭を過ぎる。


湊に宣言する程の余裕は実際は無い。


心配事は山ほど有る。


湊と同じで私も弱い。


でも、私は雪斗しか考えられない。


「湊……私達もう本当に終ってるんだよ。終ったから考え方も変わったんだよ」

「……そうか」


辺りはすっかり暗くなっていた。


もう何本も見送った電車に、ようやく私達は乗り込んだ。


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