「私が大好きな小説家を殺すまで」
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著者 斜線堂有紀
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※二次創作
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この物語はフィクションです。実際の人物・団体等とは一切関係ありません。
24
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死を感じたのはすぐだった。先生も同じ感覚で死んだのだろうか。終電の電車に轢かれて私は死んだ。ドカンッという大きな音と共に私の体は無惨なまでにバラバラになった。
「これが死か、」
心の中でそう呟いた。本当は小学6年生の冬に味わっていた感覚だ。当時の私はあの時から7年も生きられるなど想像もできなかったであろう。
ところで私はいまどこにいるのだろう。目の前が真っ暗だ。体の感覚も特になく、何も感じられない。人間界で信じられていた天国や地獄という場所は無いのだろうか。私はもともと信じていなかったがいざ無の空間にいるとなるとなんとなく怖い。死んでからどれほど経ったのか。現実世界ではどんなことが起きているのかが全く分からない。でもそれも受け入れられた。でも心のどこかで願っていた。
「死んだら先生に会えるのかもしれない」と。
なにも希望も抱いていない。私はやるべき事を全てやり終えここに来た。はずなのに…
なぜこんな気持ちになるのだろう。全ては終わったはずだ。私を縛るものは何もない。この真っ暗な空間さえ慣れてしまえば私を縛るものは_
目が開き真っ白な空間が目の前にある。私の体は綺麗で傷もなく平常を保っていた。ゆっくり起き上がるとほんとうに死んだのだと自覚する。
「……これが天国?」
ほんとうにこのような場所があったのだと感心する。人間界で天界と呼ばれている場所はほんとうに存在していたのだ。小学生の頃読んでいたギリシャの小説が頭をよぎる。
私はしばらく周りを見渡して自分の体を見下ろした。手を開いて閉じてを繰り返す。
「……どうしたらいいんだろう。」
天界と言えど何をすればいいかも分からない。さっきの真っ黒な空間と真っ白な空間はどちらも無限に続いて見えて状況は色が変わっただけである。でも私の体は動いている。とりあえず歩き出してみた。出口も入口もない場所をゆっくり歩き出す。
「こうゆう地獄なのかな…」
ここまで来るとあの宗教の話も信じないことに無理は無い。死後の世界があるなんて私には全く想像もしていなかった。
『梓ちゃん。』
私は一瞬で振り向いた。
「…先生?」
肌で感じた。声を感じた。
でも振り向いた先には誰もいなかった。真っ白な空間が広がっているだけ。私は必死で周りを見渡す。
「先生」
もう一度小さく呟く。応えてくれる声はどこにもなかった。私は死ぬ間際の記憶を思い出した。黄色い線を踏み越えてホームの淵に立つあの時を。轟音を鳴らしながら走る電車が来るのを待ちながらその声が心に響いた。
『俺はお前を、』
『__見てるからね』
そんな声を思い出しながら私は電車に跳ねられ死んだ。
それを思い出した瞬間私は泣き崩れた。
今まで冷静そうに見えた私はしゃがみこみ精一杯涙を流しながら叫んだ。
「_先生ごめんなさい!私が悪かったの。」
「先生が落ちぶれていくのが見たくなくて私が大好きな先生を殺して!」
「…ごめんなさいごめんなさい。」
「認めてあげられなくて…ごめんなさい。」
私の声は徐々に小さくなって言った。
私はまだ子供だったのだ。殺人を犯そうと、犯した私はまだまだただの高校生だ。誰もいないここでは大犯罪を犯した私が泣き叫ぶことだって許されるだろう。私の犯した罪は絶対に許されない。でも誰にも見られていないここなら本音を_
『梓ちゃん。』
涙が止まった。目の前で声がする。
しゃがみこみ下を向いた今でも目の前にいるのが分かる。
ゆっくりと顔を上げた。
そこには優しい顔をした先生がいた。
『もう泣かないで。』
いまにも泣き出しそうな先生を私は信じられないと言った顔で見ていた。その瞬間先生は私のことを精一杯抱きしめた。
『梓ちゃん。よく耐えた。』
私はボロボロ涙を流していた。こんな姿を見せているというのに私は先生の肩に顔を埋めて子供のように泣いていた。ややあって、先生は背中を擦りながら言う。
『まだ子供なのにこんな大きな事抱え込んでたんだよね。』
先生の優しい声色は私の耳をいつもつつく。泣きながら私も応えた。
「先生、ごめんなさい。」
すると、いつものように頭を撫でてくれた。
『梓ちゃんがここに来てくれるまで何十年も待とうと思ってた。でもこんなに早く来るなんてダメだよ。』
先生はそう言いながらも驚いてはいなかった。きっと予想は着いていたのであろう。睡眠薬の時と同じで先生は私のことをよく分かっている。 ややあって、私は言う。
「待っててくれたんですか?」
先生は小さく頷いた。
『そう。もう縛られるものは無いよ梓ちゃん。』
私が立ち上がると先生は私をもっと強く抱きしめてくれた。
『地獄でも天国でもいい、2人で幸せになろう。』
先生が小説を捨てた。その事実に驚いたが落胆など全くしなかった。私は優しく先生の手を握って言う。
「もちろんです。先生。」
この時のふたりはとっても人間らしかった。傍から見るものはいないがどう見てもただの男女のカップルだった。
先生は私の涙を指で拭いて言う。
『梓ちゃんもまだ子供だね。』
私は言い返した。
「子供じゃないです。」
少し間を空けて先生は微笑んだ。
『ほんと立派になったな。』
私達は手を繋いだ。この真っ白な空間はほんとうに人間界ではなかった。そして先生は本当に死んでいたのだと確信した。目の前にいるこの人は私の幻覚なんかじゃない。私は握っている手をしっかりと握りしめた。この体温、握り方、手の感覚でこれは私の大好きな小説家であり私の大好きな人だと判断した。小学生の時から支えてくれたこの優しく真っ白なこのただの人間の手を握りしめて。
_そうして2人は幸せな再会を果たした。