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 私がダンジョンに入ってから、せいぜい十数分。

 ゲートの外に出て、外気の匂いと光の具合でそれを自覚した瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。


 ――あれだけ「休んでていいよ」なんて言っておいて、その直後に十数分で戻ってきて「次行こう」は、さすがに気を遣わせるよね。


 車の現在地と、渡されたリストの記載を頭の中で照らし合わせる。

 この周辺には、まだ他にも四つ、ぽつぽつとダンジョンが口を開けている。


 なら、一度車には戻らない。

 【神速】で一気に走り抜けて、その四つを先に潰してから戻ろう。


 思考が決まると同時に、空気を踏みしめるように地を蹴った。

 身体が矢のように前へ滑り出す。風が頬を撫で、景色が線となって後ろに流れていく。


 ◇ ◇ ◇


 結論から言えば、特に大きな問題もなく、四つのダンジョンはあっさりと攻略が終わった。

 ボス戦らしいボス戦もなく、淡々と湧くモンスターを斬り伏せ、魔石を回収してはゲートを消す作業の繰り返しだ。


 けれど、その「繰り返し」の中での収穫は悪くない。


 【魔法】スキル用の技能書が二冊――【水弾】と【土槍】。

 どちらも汎用性が高く、いずれ沙耶に覚えてもらう予定の一冊だ。


(これで沙耶の手札もだいぶ増えるな……)


 他に手に入った技能書は、【槍術】と【盾術】のものが数冊。

 今のところ誰も使える人が居ないので、アイテム袋に入る分だけ持ち帰り、入りきらなかった分は対策本部に丸ごと押し付けてきた。ああいうのは、あの人たちのほうが活かし方を見つけやすい。


 とはいえ、さすがに全部は袋に収まらなかったので、左手には三冊ばかり、抱え持つ形になっている。


 駐車場が見えてくる。

 陽は少し傾き始め、車のボディに橙色の光が反射していた。


「戻ったよー」


 声をかけながら運転席側のドアを開ける。

 中に視線を向けた瞬間、妙な圧を感じて動きが止まった。


 助手席の沙耶が、涙目でこちらを見つめていた。

 後部座席の七海と小森ちゃんも、なんとなく視線を落としていて、空気がどんよりと沈んでいる。


「お姉ちゃん、私たち、強くなりたい。どうすればお姉ちゃんについていけるの……?」


 堰を切ったように、沙耶の目からぽろぽろと涙がこぼれた。


 ――ああ、完全にやらかしたな、私。


 休めと言い残して、一人でさっさと先に進んだ。

 置いて行かれた、という感覚を抱かせてしまったのだろう。気を遣ったつもりが、逆に追い詰めてしまっていた。


 胸がきゅっと締め付けられる。申し訳なさでいっぱいになる。

 どうすればいいのか、と問われても、私自身、彼女たちと違う特別なことをしてきたつもりはあまりない。


 ――いや、ひとつだけあった。


「あ、魔力増加法って教えたっけ?」


「ぞうかほう? 教えてもらってないよ」


 沙耶が涙を拭いながら首を傾げる。


 そうだ。

 魔力増加法。魔力を取り込む特殊な呼吸法。慣れるまでは、呼吸を通して魔力を流し込むことで心肺機能も鍛えられ、体力の底上げにもなる。

 私と彼女たちの“差”があるとしたら、それはほぼこれだと言ってもいい。


「めいっぱい深呼吸するつもりで、一緒に魔力も取り入れると、体力も魔力もつくよ」


「最近お姉ちゃんが家で瞑想してるのはソレ……?」


「そうだね。最初は、死んだ方がマシだって思えるぐらいの激痛が全身に走るから、教えてもやりたくないだろうなって思って教えてなかったや」


 苦笑いしながら正直に打ち明ける。

 回帰前の私は、その痛みを舐めてかかって、泡を吹いて気絶した。

 隊列を組む仲間たちとの飲み会で、今でも鉄板ネタにされている黒歴史である。


 中には失禁して泣きながら後始末をした人も居るほどだ。

 だからこそ、きちんと「覚悟してから」やるべきものでもある。


「どのぐらい痛いんっすか……?」


 七海が青ざめた顔で聞いてくる。


「今まで感じた痛みが可愛いものだって思えるぐらいには痛いよ。でも、安心して……死ぬことはないから」


 できる限り笑顔で、さらっと言ってみせる。


 ……車内の空気が、一瞬で凍り付いた。


 七海の頬がぴくぴくと引き攣る。

 何か間違ったフォローをした気がしてならないが、もう言ってしまったものは戻せない。


「私、やってみる。やらないと、無力感でどうにかなっちゃいそう……」


「うちもやるっす!」


「わたしも……」


 それでも三人は、迷いながらも一様に頷いた。

 その瞳には、はっきりとした決意が宿っている。


「じゃあ、後部座席倒して横になって。動かないほうが安全だから」


 三人にシートを倒させ、仰向けに寝かせる。

 シートベルトは外し、服が苦しくならないよう緩めておく。


 私は運転席に座り直し、次のダンジョンへ向けて車を出した。


 少し走ったところで、後ろから沙耶の「せーのっ」という声が聞こえた。


 その直後――

 呻き声と、喉を締め付けられたような短い悲鳴が、車内に反響する。


 胸を押さえる音、シートが軋む音、爪が布を掴む音。

 バックミラー越しに見ると、三人とも全身をこわばらせて、必死に何かに耐えているのが分かった。


(うん、そうそう。最初はそんな感じなんだよね……)


 心の中で苦笑いしながら、意図的にミラーから目を離す。

 途中で止めさせたら逆に危ない。魔力の流れを中途半端に切ると、内側で暴れて身体を壊しかねない。


 数分――感覚的にはもっと長く感じる時間の後、背後が急に静かになった。


 信号で車が止まったタイミングで振り返ると、三人とも、ぐったりとシートに沈み込んでいた。

 目は閉じているが、胸はちゃんと上下している。呼吸はある。顔色も、死人のそれではない。


(大丈夫そう、かな。よく頑張りました)


 さらに数分ほど走り続けると、次のダンジョン近くの駐車場に到着した。


 誰かが起きるまで待つか……と、エンジンを切ったところで、シートがぎしりと鳴った。


「う……」


 小さなうめき声と共に、小森ちゃんがゆっくりと上体を起こした。


「お、一番乗りじゃん」


「橘さん……すごかったです……胸がきゅう、と痛くなって、波のように激痛が全身に広がって……魔力を取り込むのが止めれなくって、どんどんと痛くなって……急に全身の力が抜けて、気が付いたら今でした……」


 自分の身体に何が起きたのか、丁寧に言葉にしようとしてくれているのが伝わってくる。

 表現は柔らかいのに、その内容はなかなかにハードだ。


「すごい鮮明に覚えてるね……」


 本当に死ぬかと思いました、と小さく笑いながら頬を掻く小森ちゃん。

 全員で同時にやっておいて正解だった、と心底思う。


 誰か一人だけの苦しむ様子を見せられたら、残り二人は確実に「やっぱり無理」となる。

 全員まとめて倒れれば、「怖い記憶」より「頑張った記憶」の方が強く残る。


「でも、分かります。さっきのをやる前より、魔力の感じ方が違うことが……」


 胸の前で両手をぎゅっと握りしめながら、小森ちゃんが目を輝かせる。


「おめでとう。これをちゃんと毎日続けると痛みもなくなるし、体も整うし……いいこと尽くしだよ」


 それが分かっていれば、最初のあの激痛も「投資」だと割り切れる。

 問題は、その“最初の一歩”を踏み出せるかどうかだ。


「沙耶と七海が起きるの、見守っておいて。私はちょっと行ってくる」


「はいっ、任せてください!」


 笑顔で頷いた小森ちゃんに車内を託し、私はドアを開けて外に出た。


 対策本部のテントで許可証を見せ、ゲートの前まで進む。

 目の前に立ちはだかる亀裂は、今まで見たものより明らかに大きい。私の身長よりさらに一メートルは高い。


「……このゲート、大きいな」


 ぼそりと呟き、気を引き締める。

 剣の柄にそっと指をかけ、呼吸を一つ整えてから、ゲート表面に手を伸ばした。


 触れた瞬間、視界がぐにゃりと歪む。

 次の瞬間、草原が広がる光景が目に飛び込んできた――と同時に。


 ヒュン、と風を裂く音。

 視界の端に、銀の軌跡がいくつも走った。


「っ……!」


 反射的に舌打ちし、剣を抜き放つ。

 数十本の矢が、まるで雨のように降り注いできていた。その全てを、【神速】を乗せた剣で叩き落とす。


 矢が地面に突き刺さる乾いた音のすぐそばに、もうひとつ、鈍い音が混じっていた。


 足元を見ると、囚人服らしき服を着た男が倒れていた。

 身体には無数の矢が突き刺さり、もう動く兆しはない。ゲートをくぐった瞬間、私と同じように迎撃を受け、そのまま串刺しにされたのだろう。


 矢の雨が止み、静寂が落ちる。

 視線を、矢が飛んできた方向へ向ける。


 そこには、ぞろりと並んだ“敵”がいた。


 黒ずんだ肌。白黒反転した瞳。長く尖った耳と、雪のように白い髪。

 ダークエルフ――縄張り意識が強烈で、ダンジョンに侵入してきた者を容赦なく殺すことで知られるモンスター。


 本来なら、どれだけ外の世界にモンスターが溢れようと、自分たちの縄張りから自発的に出てくることはない。

 溢れ出ても、自らゲートに戻るという特性から、「ダンジョンの内側でしか遭遇しない」存在のはずだった。


「ダークエルフが最初に確認されたのって、もっと先のはずなんだけどなぁ」


 問題は、そこだ。

 回帰前、ダンジョンが出現してから十年ほど経って、ようやく名前を聞き始めたレベルのモンスターが、このタイミングで出てくるのは完全に想定外だった。


 ……想定外ではあるが、倒せない相手ではない。

 今の私なら、それは自信を持って言える。


 剣を構え、一番近くにいるダークエルフへ踏み込みかけた、その時だった。


「マッテ、人族ノ娘」


 背後から、妙なアクセントの声が飛んできた。


 ゾワリ、と背筋を冷たいものが走る。

 【神速】を起動しつつ、振り向きざまに前方のダークエルフの首をはね、そのまま声の方向へと距離を取る。


 そこに立っていたのは、ダークエルフとは少し違う姿をした“何か”だった。


 ダークエルフと同じように暗い色の肌。

 けれど私より一回り背が低く、腰のあたりからは小悪魔のような細い尾が伸びている。耳は長く尖っておらず、髪は青。瞳は鮮血を思わせるような赤。


 その特徴から、導き出される答えは一つ。


「……魔族?」


「私ヲ見テ一目デ魔族ト分カル……ソウカ、貴女ガ……」


 少女のような見た目の魔族は、私を頭のてっぺんから足先まで、舐めるようにじろじろと眺めてから、ぽつりと言った。


 片言混じりではあるものの、前回会った魔族よりは遥かに会話が成り立ちそうだ。

 だが、敵意と殺意がないとは限らない。


 剣を構えたまま対峙するが、魔族の少女からは不思議と敵意も殺気もほとんど感じない。

 それが逆に不気味だった。底が見えない、という意味で、前回の魔族以上に警戒すべき存在かもしれない。


 一挙手一投足を見逃さないよう、全神経を集中させる。

 そんな私の緊張とは裏腹に、彼女は肩をすくめるような仕草で言った。


「ソウ警戒シナイデイイ。ワタ……私は、戦う気ない」


「急に饒舌になるのか……そう、悪いけどその言葉は信用できない」


 苦笑する余裕すらなく、冷静に言い返す。

 魔族の言葉を、そのまま信じるほど私は楽観的にはなれない。


「ん。これは、“|試験運用《テスト》”なの。ゲートは閉めるから、回れ右してほしい」


 魔族の少女は、あっさりとそう告げると、背後のゲートを親指で指し示した。


 さっきから気になっていたが、本当に何をしたいのか分からない。

 このダンジョンが“テスト”ってどういうこと? 何の、誰の、ための?


「む、まだ信用してない? 戦わないと信じてくれないタイプ? でも、それもありかも。貴女、とてもいい匂い」


 ぞく、と首筋を冷たいものが撫でた。


 直後、気配がすぐ目の前に迫る。

 反射で身体が動き、振り向きざまに剣を振る。


 キィン、と甲高い金属音。

 私の剣は、いつの間にか目の前に立っていた魔族の少女の短剣によって受け止められていた。


「お、すごい。これに反応する、流石。殺す気は、ない。でも……ちょっと味見したい」


 その言葉に、心臓がどくりと跳ねる。


 次の瞬間、目では追いきれない速度で短剣が閃いた。

 【神速】を重ねてようやく追いつくレベルだ。反射で応戦するが、武器の長さの差と手数の多さでじわじわと押されていく。


 刃が服の端を掠める感覚が増え、じり貧だと自覚するまでに時間はかからなかった。


 左肩に、冷たい痛みが走る。

 短剣の切っ先が浅く肉を裂き、薄く血がにじんだ。


「ちっ……」


 毒の可能性を考え、即座に距離を取る。

 アイテム袋から解毒薬を取り出し、視線を逸らさないよう注意しながら、瓶ごと中身を喉に流し込んだ。


「追撃してこない……?」


 普通なら今のタイミングは最大の好機だ。

 にもかかわらず、魔族の少女はその場に立ち尽くし、自分の持つ短剣の刃を、興味深そうに眺めていた。


 矛盾だらけで、ますます理解不能だ。


「ん。もう、いい? 私、戦うつもりない……そうだ。ね、自己紹介しよう? 私は、カレン・アート・ザレンツァ。カレンって呼んで?」


「……橘アキラ。好きに呼ぶといいよ」


 その場でくるりと一回転しながら、突然自己紹介を始める魔族の少女――カレン。

 さっきまでの殺気と速度が嘘のように、仕草だけ見れば年相応の少女にしか見えない。


 私が名前を名乗ると、カレンはぴたりと動きを止め、頬に手を当てた。


「ん。アキラ……じゃあ、あーちゃん。もう、時間だから……追い出すね? また、ね。“|強制退場《キックアウト》”」


 その言葉が終わると同時に、身体がふわりと浮くような感覚に襲われた。

 ダンジョンをクリアしたときの“外に弾かれる”感覚に酷似している。


 瞬きを一度。

 次に目を開けたとき、私はゲートの前に立っていた。


 ほんの数秒のうちに、ゲートの表面に亀裂が走り、そのまま粉々に砕けて消えていく。

 同時に、周囲に満ちていたダンジョン特有の魔力の気配がすうっと消えた。


 ――本当に、ダンジョンごと消した。


「本当に、何なんだ……魔族は何がしたいんだ?」


 頭を抱えたくなるような疑問だけが、胸の中に重く残った。


 ◇ ◇ ◇


 同じころ。

 ダンジョンの、もう存在しないはずの草原に、一人の少女が立っていた。


 黒い肌に、青い髪、赤い瞳。

 少女――カレンは、無表情のまま短剣の刃先をじっと見つめている。


 そこには、先ほど対峙した人族の少女──アキラの血が、細く線を描いていた。


 カレンは細い指でその血を掬い取り、ためらいなく自分の唇へと運ぶ。

 舌の上に乗せた瞬間、彼女の赤い瞳が大きく見開かれた。


「ん……あぁっ、おいしい」


 押し殺したような声で、小さく吐息を漏らす。

 指先に残る僅かな血を、名残惜しそうに舐め取ると、そのまま草原に大の字に倒れ込んだ。


 青い空を仰ぎ見ながら、口元を手で押さえて、ぽつりと呟く。


「次は、いつ会えるかな……あーちゃん」


 蚊の鳴くような小さな声は、草原を吹き抜ける風の音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。


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