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#探偵
橘靖竜
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#クトゥルフ神話TRPG
にこ
43
#王道
涙乃
684
両親について、もはや何も思い出せない。名前はおろか顔すらも不確かだ。
それは長すぎる年月を生きており、古い記憶はどこかに捨て去ってしまった。
ここは地上から隔絶された地下迷宮。この施設は同胞達と共に作ったはずだが、その記憶すらも見当たらない。
長い黒髪が揺れている。水中をたゆたうように揺れている。
この女は罪人なのか? 見えない十字架にはりつけにされており、身動きすら許されない。
完全な拘束だ。
事実、彼女は千年もの間、こうして過ごしている。
女は巨大な炎に包まれている。まとっているのではなく、その内側に閉じ込められている。
広大な地下空間には光源の類が見当たらず、それでもその部分だけが明るい理由は、大きな炎がまばゆいためか。
女はそこから動けない。
真っ白なワンピースと長い髪だけが揺れ動いている。
そのはずだが、闇の中でペタリペタリと足音が響き始めた。
「セステニア様」
女の声だ。他者を嘲笑うような声質ながらも、今だけは演じるように声色を整えている。
ゆっくりと近づくそれは、人間のようでそうではない。
魔物だ。
顔も、腕も、足すらも人間の女性と見間違うが、どういうわけか胴体部分が見当たらない。
代わりに、そこには火の玉が浮かんでいる。四肢と頭部は人間を模倣するように配置されている。
これの名前はオーディエン。おおよそ四百年前から歴史の裏で暗躍しており、ここには報告のために舞い戻った。
しゃなり、しゃなりと歩みを進めながら、オーディエンは炎の前で跪く。
「招集した部下ガ、全員殺されましタ」
嘘は言っていない。
だからこそ、オーディエンは顔を伏しながら笑みを浮かべている。
ここでの部下とは、煉獄から連れて来た千を越える魔物達だ。それらは赤髪の魔女によって滅ぼされたため、作戦の立案者である主人に事の顛末を話さなければならない。
この発言を受けて、女は両手両足を固定されたまま、つまらなそうに口を開く。
「この時代のニンゲンも、やるではないか」
女の名前はセステニア。千年前に、巨人戦争を引き起こした張本人。その見た目は中肉中背の女性ながらも、耳の形状だけは異質だ。上へいくらか伸びており、少なくとも現代の人間には見受けられない。
「ソのようでス。ニンゲンの国へ真っすぐ向かわせましたガ、軍隊に阻まレ、部下は全員殺されましタ。イやはや見事でしたヨ、ニンゲンはたいした被害も出さずニ、コちらの手駒は一掃されましたかラ」
オーディエンは事実と嘘を織り交ぜる。
数千の魔物が殺された、これは本当だ。
一方で、目的地はイダンリネア王国ではなく、聖地ムサ。正しくはエウィンであり、この少年の成長を促すためだけに、オーディエンは煉獄の魔物を切り捨てた。
これこそが真実だ。
そのはずだが、上司に虚言を伝える。
オーディエンはセステニアの部下ではあるのだが、決して忠実ではない。
一方で、裏切ってもいない。
頭上の人間が願う通り、結界から解き放つつもりだ。
しかし、同時に己の願望も実らせたい。
(エウィンのおかげデ、ヤっと叶いそうダ。ハクアにも感謝しないとネ)
それは、子供じみた欲望だ。
巨人戦争を締めくくる時のような、最強同士の殺し合い。このような死闘をショーとして鑑賞したい。これこそがオーディエンの願いだ。
(アルジは強イ。エウィンにもっともっト、モっともっと強くなってもらわないト……)
対戦カードは内定済みだ。
エウィン対セステニア。
両者の合意など無視して、オーディエンは虎視眈々と準備を進めている。
そんなことは露知らず、女は巨大な炎に囚われたまま、ぼやくことしか出来ない。
「オマエは、何をしていた?」
「怖くて怖くテ、逃げることしか出来ませんでしタ」
「ふん、ふざけたことを……」
「ニンゲンの多くはゴミのような存在でス。デすガ、一部は突出した力を持っていまス。千年前ノ、六人のようニ……」
初代王こと、オージス・イダンリネア。
四英雄。
そして、後に肉体を失い白紙大典と名乗る、マリアーヌ。
この六人がセステニアと戦った。
彼らは全員が超越者ながらも、決着は封印という形ゆえ、一時休戦に過ぎない。
「この時代には残ってはおるまい? あの時のような強者など……」
「ハイ、オっしゃる通りでス。ソれでもニンゲンハ、強者の血を絶やさず残していまス。アルジに限って敗北などありえませんガ、ゴ留意ヲ……」
「くだらない。どうであれ、ここから出られたらの話しだ」
セステニアの言う通り、彼女は巨大な炎に縛られている。内側から炎の魔法を発射することは可能なのだが、それで人間を殺すためにはここまで呼ばなければならない。
実は過去に二度、結界の強度が弱まった。
それでも脱出には至らず、はりつけのまま、出来ることは部下からの報告に耳を傾けることだけだ。
「結界についてハ、良い報告がありまス。ツいに目途がつきましタ」
「本当か?」
「ハイ。何年かかるかまではわかりませんガ、ファファファ、必ずや解除してみせまス」
これもまた、真実と嘘だ。
オーディエンがその気になれば、数日で結界を砕ける。
しかし、そんなことはしない。
タイミングは、対戦相手の準備が整った時だ。
今、セステニアを解き放った場合、今度こそ人間は滅ぼされてしまう。
オーディエンはそのことを理解しているため、報告に嘘を織り交ぜて時間を稼ぐ。
つまりは足止めだ。
最高の娯楽を楽しむためなら、己の主人すらも騙し続ける。
これこそがオーディエンの本質であり、セステニアはきな臭さを感じながらもそこまでは見抜けていない。
「オマエの言うことを鵜呑みにはしないが、任せるしかないのも事実か……。暇潰しにニンゲンの戦力を削ぐつもりでいたが、結界の破壊を最優先に動け」
「ハイ、お任せくださイ」
「よしなに」
偽りの報告会はこれにて終了だ。
オーディエンは立ち上がると、音もなく闇の中へ消え去る。
その顔は、心底満足そうだ。主人を欺いたことに罪悪感など抱いておらず、今後も己のためだけに向けて動くつもりでいる。
(アと何年、待てばいいのかナ? 十年? 二十年? ソれくらいなラ、待ってあげられるヨ)
エウィンがハクアを越えて、セステニアと並ぶ時。それこそが、オーディエンの願いが叶う瞬間だ。
もっとも、それがいかに困難か、この魔物も知らないわけではない。
ハクアは最強の魔女だ。
なぜなら、おおよそ四百年の歳月を、鍛錬に費やした。
人間にはたどり着けない領域だ。寿命が八十年前後である以上、彼女を上回ることなど出来やしない。
それでもオーディエンは期待する。
(ワタシが存在する理由……。ワタシが生まれた理由……。ソの瞬間こそガ、ワタシの全テ!)
通路には素足の足音が響くも、無音への変化には理由がある。
床の材質が変化したためだ。
先ほどまでは薄紫色の廊下を歩いていたのだが、今はガラスのような透明な何かの上に立っている。
あるいは硬い液体か。水面のように、踏みしめる箇所から真っ赤な波紋が広がっている。
(エウィン、期待しているヨ)
実は、この魔物も彼のことを見誤っている。
当然だろう。エウィンはアゲハと契約を果たした時点で、人間の枠組みから外れてしまった。
二十年もかからない。
十年すらも必要ない。
たったの一年だ。それだけの月日で、エウィンはハクアを越えてみせる。
もっともそれは一年後のことであり、今は人体が壊れるほどの修行で汗と涙を流すしかない。
エウィンとセステニア。
両親を失った傭兵と、両親の名前すら忘れた女。
本来ならば、この二人が戦う理由などない。あるはずもない。
そのはずだが、仕組まれてしまった。
気づけば、舞台の上に立たされていた。
こうなってしまっては、降板などありえない。
そのつもりも、ない。
エウィンは知った。この戦いが人類の運命を左右するのだと。
ましてや、地球への扉を開くためにも、敵前逃亡だけはありえない。
世界を救うためにも。
アゲハのためにも。
エウィンは戦う。
主役に抜擢された以上、その重責から逃げるつもりはない。
◆
「もう嫌だ! 逃げる!」
耳をつんざくほどの叫び声だ。悲鳴とも言い換えられるのだが、少年は腹の底から吠えた。
声の主はエウィン。運動日和の晴天に負けじと、彼の顔は青ざめている。
当然だろう。右腕がポッキリと折れており、ピンク色の骨が皮を突き破って体外へはみ出している。
「ふん、アホなことを。私から逃げられるとでも?」
赤髪の魔女が、両腕を組みながらふんぞり返る。腕を折った張本人ながらも、こうも威張れる理由は強者ゆえか。
実戦形式の鍛錬に休みなどない。
ハクアはこう主張しており、エウィンとしても否定しない。
しかし、こうも痛めつけられては、弱音の一つも吐いてしまう。
ましてや命に関わるほどの負傷が続けば、逃亡という選択肢を選びたくもなる。
「今の僕なら! 今の僕ならー! ぐえぇ!」
「無駄だって言ってるの。リードアクターでキラキラ光っても、今のあんたじゃ私の足元にも及ばないって知りなさい。アゲハー、さっさと治してあげて」
「うん」
どんな傷も、アゲハが触れば魔法のように完治だ。彼女は訓練に立ち会っており、こういった事態は頻繁に訪れるため、決して退屈しない。
アゲハに右腕を撫でられつつもエウィンが起き上がれない理由は、ハクアに踏まれ続けているためだ。
地面に伏したまま、ぼやかずにはいられない。
「強くなる前に死んじゃいます。もっと手加減してください」
「してるわよ」
「だとしたら、もっと上手に手加減してください」
「う、うるさいわね……。あんたが強くなれば済む話しなの」
「そうなる前に殺されるって言ってるんですー。ハクアさんはハクアさんで手加減の修行が必要なんじゃ?」
「あー言えばこー言う……。ほんと、減らず口だけは達者なんだから……。ほら、さっさと立ちなさい」
「じゃあ、足どけてください」
治療後もエウィンは踏まれっぱなしだ。
ハクアもそれを承知で言い放つも、アゲハがこのタイミングで助け舟を出す。
「区切りも、いいし、少し、休憩する?」
「賛成賛成!」
「アゲハはすーぐ甘やかすんだから。だったら気分転換も兼ねて、あんた達で手合わせなさい。見ててあげる」
本来ならばあり得ない提案だ。
なぜなら、エウィンはリードアクターを進化させ、驚異的な身体能力を得た。
だからこそ、アゲハでは手も足も出ない。
そのはずだが、そうではない。
彼女もまた、ひっそりと能力を向上させている。
ワスレナグサ。そう命名したそれは、黒髪を先端側から半分を青く変色させるだけではない。リードアクターのように、彼女の肉体を大幅に強化する。
もっともこれは、以前までのお話だ。
エウィンのリードアクターが強化されたタイミングで、ワスレナグサも同様に変貌していた。
「おまたせ」
彼女の長い黒髪は、毛先だけが青い。
しかし、今は根本に至るまで青一色だ。
それだけに留まらず、あふれ出る闘気は台風のように空気を震わせる。
見た目の変化に留まらず、アゲハはエウィンに匹敵するほどの実力を身につけた。対戦相手としては申し分なく、だからこそハクアはこのペアを戦わせる。
その結果が、これだ。
「はい、そこまでー」
ハクアが審判らしく、決着を言い渡す。
そこには、仰向けに倒せるエウィンと、恥ずかしそうに身を捻るアゲハ。
この状況には、年長者として愚痴らずにはいられない。
「エウィン、あんた、真面目にやりなさいって」
「い、いいパンチもらっちゃいました……」
「顔面にね。おもいっきり鼻血出てるけど、それって……。まぁ、いいわ。アゲハはアゲハで手加減しすぎよ。そこのバカは隙だらけなんだから、もっと目一杯打ち込みなさい」
「そ、そう言われても、うぅ……」
アゲハが恥じらっている理由。それは、エウィンの視線を敏感に感じ取ったためだ。
彼女が体を激しく動かす場合、当然ながら、大き過ぎる乳房が水風船のように振動してしまう。
エウィンはその揺れを決して見逃さず、アゲハもその視線に照れてしまった。
ゆえに、真剣勝負など不可能だ。
戦っている振りをして乳繰り合ってしまうのがこの二人であり、ハクアとしてもため息をこぼしてしまう。
「どうしたものかしら。エウィンは当然ながら、アゲハにも強くなってもらわないと困るのだけど……」
模擬戦の相手としても、治癒能力の保持者としても、彼女は貴重な戦力だ。
そういった点から、アゲハとエウィンは肩を並べて欲しい。少なくとも、ハクアはそう考えている。
もっとも、焦る必要はない。眼前の二人は確実に成長しており、魔女は魔眼を細めながらその光景を眺める。
「だ、大丈夫?」
「もちろんです。眼福過ぎて、むしろ夢心地です」
「そ、そうなんだ。私が殴る前から、鼻血出てたもんね。ビックリして、思わずグーで殴っちゃった……」
光流暦千十九年、五月。二人の修行が開始された。
指導役はハクア。この時代における、最強の魔女だ。
エウィンの当面の目標は、この指導者を越えることだろう。
そこが始まりであり、その先にはオーディエンとセステニアが待ち構える。
長い道のりだ。
しかし、必ずたどり着ける。
ハクアはそう確信しており、この若者を容赦なく鍛えるつもりだ。
青空の下、彼らは汗を流す。
強くなるために。
アゲハのために。
そして、この世界を守るために。
コメント
1件
うわっ、第122話!セステニアの描写がめちゃくちゃ重厚で引き込まれたわ。千年も封印されてて記憶すら曖昧になってるって……ラスボス感が半端ない。それにオーディエンの裏切りというか、主人を騙して自分の楽しみのために動いてるのがゾクゾクする。 後半の修行シーン、エウィンがアゲハの胸の揺れに見とれて鼻血出してるところで吹いたわw 「眼福過ぎて夢心地」って、お前それ真面目な場面やぞ!でもハクアの厳しさと二人の距離感の変化が丁寧に描かれてて良かった。続きが気になるー!