ロンデルが魔法で音声を拡張し、遠くに飛んでいるシーカー達に呼びかける。
「全員ノシュワールに『着地』しろ! これは星だ!」
『!』
「ぷっ!?」
一瞬訝し気に顔をしかめたが、各々ドルナ・ノシュワールの横に回り込む。
ドルナ・ノシュワールの方はというと、いきなり聞こえた大きな声に驚いて、頭だけキョロキョロと動かし、警戒している。
その隙に、シーカー達は広い場所にへばりつくように降り立った。そして立っている事を確かめるように、辺りを見渡す。周囲には草と低木が生い茂り、花を咲かせている。
数人のシーカーが降り立ったのは、ドルナ・ノシュワールの肩部分。警戒中の頭や、いつ動くとも知れない足などよりも、ヒゲに近く降りやすいと判断したのだ。
「よしっ、このまま接近して、ヒゲを落とすぞ!」
小さな虫のように体にとりついてしまえば、後は接近して目標を破壊するのみ。いざ半透明のヒゲに向かって駆け出した…その時、ドルナ・ノシュワールの前足が動いた。
「ぷ…ぷぷっぷぅっ」
『おわああああああああ!!』
前足を抱えていた星から離し、唐突に顔を擦り始めた。鼻の部分を擦り、少し屈んで頭の上の方を擦り、そのまま顔全体を擦っていく。
そう、顔を洗い始めたのだ!
これにはシーカー達全員が大慌て。うっかり体に付着した虫の如くプチッと潰されないよう、逃げ回るしかない。
肩にいる飛行組は背の方に逃げればいいが、前足から登っているロンデル達はそうもいかない。いきなり前足と顔の地面が接触し、擦られるのだ。捲き込まれただけで潰されてしまう。
慌てて前足の甲の方へと移動し、肩の方へとかけ登る。
「ぷ?」
すると、ドルナ・ノシュワールが一瞬動きを止め、今度は前足を擦り始めた。どうやら痒かったようだ。
『うどおわあああああ!?』
これには、前足を登っていたロンデル達はたまったものではない。直接潰されはしなかったものの、山のような前足に叩き落とされていった。
そして落ちた先は近くの大地。真上には司令部を置いた星がある。
「っつう~……ここは?」
「どうやら腹部のようですね。大きく飛ばされなかったので、結局同じ星に引き寄せられたのでしょう」
エテナ=ネプトでは、星の外に放り出された場合、近くの星に引き寄せられる。ロンデル達はあまり飛ばされなかった為、近くの星であるドルナ・ノシュワールに落下したという訳である。
「よっしゃ、このまま顔の近くまで走るぜ!」
落ちる心配も無くなり、あとはどうやって至近距離まで接近し、ヒゲを落とすかという所まで来た。
ロンデルは今も顔を洗っている前足の動きに注意しつつ、この後の行動指針を考えるのだった。
「かわいー♪」(なにあの動き!)
「かわいー!」(顔洗ってる~)
「かわいいのよー♡」(アリエッタが!)
「アリエッタもそう思う? 可愛いよねーアレ」
顔を洗うドルナ・ノシュワールを見てミューゼは目を輝かせていた。アリエッタも小動物らしい動きを見て一緒に騒ぎ、その横でパフィが悶えていたりする。
「のどかねぇ……」
『こちらは大変なのですが!?』
見える場所で楽しみ、くつろぐ一同に対し、ロンデルは不満を募らせているようだ。
「まぁまぁ。こっちにはアリエッタちゃんがいるんだから、諦めてちょうだい。それよりもみんな無事?」
『はい、今は──』
ネフテリアは真面目にロンデルと話を進めている。その補佐を務めるのは、なぜかマンドレイクちゃん。茹で上がった泡を千切りにし、パフィから受け取った調味料を混ぜ、フォークと共に差し出している。
(このマンドレイクちゃんって……結局何なんだろう。リリおば姉様……)
その頃リージョンシーカーのニーニル支部にて。
「ん?」
「リリさんどうしたの?」
最近ではロンデルの補佐の為に、書類整理がメインの仕事となったリリが、ふと何かを感じ取った。
「うーん……なんだかテリアを殴りに行きたい気分?」
「何それ怖い……」
一緒にいた受付嬢が、意味が分からないまま身を震わせる。同僚だけあって、リリが元王女である事も、テリアが王女ネフテリアを差す事も知っている。
王女がそれでいいのだろうかと思いつつ、2人で仕事をこなしていく。ネフテリアの事をなんとなく思い出したリリは、同時に1人の少女と、少女にすっかり懐かれていたニンジンの事を思い出し、笑顔で上を見上げて呟いた。
「マンドレイクちゃん、元気にしてるかなぁ」
謎の多い動く巨大ニンジン、マンドレイクちゃん。その生態と行動は謎めいている。マンドレイクちゃんを育てたリリですら、なんで大きくなったのか、なんで自立しているのかなど、理解していないのだ。
「じゃあ、なんでリージョンシーカーで働いているの?」
「きづいたらバルドルのやつが、キョカしてた」
「……絶対にしなさそうなんだけど」
育ってしまったものは仕方ないと、リリ達受付嬢が一致団結し、リージョンシーカーのマスコットにと推し進めたのである。
もちろん、そんな変なモノをウチで飼うんじゃない…と、バルドル組合長に何度も反対された。が、
「あとできいたが、リリがめったにつかわないオウゾクケンゲンをつかってな。こんなコトにケンリョクつかうなよって、なぐりにいったオボエがある」
「お姉様って、権力だけは無駄遣いしかしたがらないのよね。重要な事は、絶対自分の力でやり遂げるのに」
「ちなみにどんなコトでつかってた?」
「料理の時にお肉切ってほしい時とか、零れたゴミを拾ってもらう時とか……」
「おいおい……」
マンドレイク栽培だけでなく、どうやら権力の無駄遣いも、リリの趣味のようだ。
そんなリリの思考や、マンドレイクちゃんの生態は、一部の研究熱心なシーカーの、興味の対象となっていたりする。
そしてネフテリアもまた、前々からマンドレイクちゃんの生態が気になっている1人であった。
「ねぇマンドレイクちゃんって、他にどういう事が出来ると思──」
『それ今する話題じゃないですよね!? そちらからもノシュワールの観察をしていただきたいのですが!?』
しかし通信相手のロンデルは、それどころではない。いつまたドルナ・ノシュワールがおかしな動きをするのか注意しながら、顔の方へと接近している所なのだ。
「大丈夫見てる見てる。アリエッタちゃんがちゃんと見てるから」
『それ駄目なやつですよね!? 伝わらないやつですよね!?』
「マンドレイクちゃんの事はリリお姉様の事でもあるんだから、ロンデルがしっかり把握してあげないと」
『その話は今する事ですか!?』
「だって暇だし」
『うがあああああ!!』
容赦の無いネフテリアの揶揄いで、とうとうロンデルは叫び出した。命がけで真剣にドルナに対処しようとしている所でいじられてしまっては、イライラして当然である。
「冗談よ。リリお姉様については後でじっくり聞かせてもらうから、今はノシュワールをどうにかしましょ」
『絶対に黙秘しますっ!』
これ以上揶揄われないように通信を切りたかったが、受信操作はアリエッタしか出来ないので、今はずっと繋いだ状態を維持している。状況を常に知らせる事が出来る反面、ネフテリア達の会話が常に聞こえる事が、シーカー達に指示を出しているロンデルにとって胃がキリキリと痛む原因となっていた。
「おや? ノシュワールが星に顔を近づけたわよ?」
『そうですね。残った部隊は……無事ですが、何をする気なんでしょうか』
顔を洗い体を叩いて落ち着いたドルナ・ノシュワールは、再び星を掴んで、色々な角度から覗き込んでいる。その星に残ったシーカー達は、食べられそうな気がして逃げ惑っている。
「見てる場所に何かあるの?」
『……探ってみます』
再び音声を魔法で拡張し、ドルナ・ノシュワールの行動とその先を注意深く観察するよう指示を出した。
大声に再びビクッと驚くも、そのまま星の表面を覗く事は止めないでいる。その行動を見た他のシーカー達も、何かあるのではと注目し始めた。
「あ、もしかしてアレかな?」
ドルナ・ノシュワールの鼻先で、恐る恐る近づいたシーカーが、光る浮遊物を見つけた。
「あれってアリエッタちゃんが作ってた?」
それは浮かんだままの星のペーパークラフトだった。作って浮かべて……そのまま放置されたままになっていたのだ。
「回収してあげなきゃ!」
小さい女の子が作った物。それもあるが、見た事の無い能力と技術で作られたそれは、探求者にとっては貴重な資料でもある。
浮かんでいるペーパークラフトを拾う為に接近すべく、警戒対象のドルナ・ノシュワールを見上げた時だった。
「ぷぁ~」
「ほわっ!?」
突然その大きな口を開け、前歯をむき出しにし……そのまま星に齧りついた。
「ちょっ、ひぃ~!!」
危うく食べられてしまうところだったが、シーカーはなんとか逃げ出し、事無き事を得ていた。
そして振り返ると、地面が大きく抉れ、無くなっていた。アリエッタのペーパークラフトと共に。
「あっ……アリエッタちゃんにお礼言われて、ギューってしてもらう計画が……」
シーカーの欲望は儚く散ったようだ。
遠くから遠見の魔法を使って見ていたロンデルが、一体何をしているんだ…と呆れているが、次の瞬間、ドルナ・ノシュワールの様子が一変する。
「ぷううぅぅぅ!!」
『!?』
大きく鳴き、そして……全身が淡く光り始めた。
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