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第20話 死化粧師の請求書と、生者のための紅
薄暗い看病部屋。
私は冷たい布を固く絞り、寝台で熱にうなされる紅玉様の額を静かに拭った。
青白かった肌に、微かに赤みが差している。
(ようやく生血が通ってきましたか)
私は手元の布を洗いながら、彼女の肌の状態を冷静に分析した。
腫れが引くにはあと二日。この熱が引けばもう看病をする必要もない。
(解毒に使った最高級の『月影草』が金貨三枚分。頻繁に取り替えた清潔な衣類代。それに、私の本来の業務である死体処理を後回しにしてまで拘束された、莫大な特別労働時間……)
全部無償なのは癪だ。これらは後で、きっちりと請求書にまとめて叩きつけよう。
筆頭側室なのだから、払い渋ることはないはずだ。
そんな皮算用をしていると、寝台の上の紅玉様が微かに身じろぎをした。
長い睫毛が震え、黄金の瞳がゆっくりと開かれる。
「……う……」
紅玉様が目を覚ます。
ぼんやりとした視界が揺れているのだろう、浅い呼吸を繰り返し、ゆっくりと首を動かした。
そして。
傍らの小さな卓に置かれていた水盆に、自身の顔が映り込んだ。
ヒュッ、と。
空気が引き攣る音がした。
紅玉様の顔から、急速に血の気が引いていく。
青ざめ、頬はこけ、肌は土気色。
かつての完璧な美貌は見る影もなく、ひどくやつれていた。
「あぁ……なんて醜い顔なの……!」
震える両手が、自身の顔を覆う。
「こんな顔、あの方にお見せできるわけがない……ッ!」
完璧な美しさを誇っていた後宮の女帝にとって、
その落ち窪んだ目元と荒れた肌は、死よりも受け入れがたい現実だったのだろう。
紅玉様は錯乱したように身をよじり、枕元に落ちていた鋭い簪(かんざし)を鷲掴みにした。
「嫌……こんな姿で生き恥を晒すくらいなら……ッ!」
迷うことなく、その切っ先を自身の喉元へ突き立てようとする。
悲劇のヒロインとしては満点の散り際だ。
だが、私にとっては大迷惑極まりない。
――スッ。
私は無表情のまま、紅玉様の手首を的確に極め上げていた。
死後硬直を解く際、無理に力を入れると筋繊維が断裂するため、関節の構造を利用して的確に極める手法がある。
私はその要領で、彼女の細い手首をテコの原理で捻り上げた。
カランッ。
物理的に力が入らなくなった指先から、簪があっけなく床へと滑り落ちる。
「痛っ……! 何をするの、放しなさい……!」
「困ります。勝手に死なれては」
私は手首を極めたまま、冷ややかな声で言い放った。
「あなたをここまで生かすために使った『月影草』は金貨三枚分です。汗と泥で駄目にした高級寝具の弁償代。そして何より、私のこれまでの深夜に及ぶ特別労働分」
「……は?」
「これだけの莫大な貸しを作っておいて、死んで逃げるおつもりですか? 踏み倒しは許しませんよ」
思いがけない言葉の連打に、紅玉様は涙を引っ込めてポカンと口を開けた。
「し、借金……? 私が、踏み倒し……?」
「ええ。請求書は後日、紅薔薇宮の金庫番へお回しします」
私がきっぱりと言い切ると、彼女は呆然とした後、再び顔を歪ませた。
「でも、こんな醜い顔で生きてなんて……! もう取り返しがつかないわ……!」
泣き崩れようとする紅玉様。
私はため息をつき、彼女の細い顎をガシッと掴んで上を向かせた。
「きゃっ」
「動かないで」
私は至近距離で、彼女の荒れた顔を真っ直ぐに検分した。
「……その程度の顔の崩れで絶望するなど、私の職業(しごと)を舐めないでください」
「え……?」
「私は死化粧師です」
私は掴んだ顎から手を離し、淡々と事実を告げた。
「血の気を失い、肉が削げ、腐敗が始まった遺体すら、生前より美しく神の御前に送り出してきた。――それに比べれば、生きて血の巡っているあなたの顔を整えることなど、造作もない」
遺体とは違い、生者の肌は水分を吸収し、再生する力を持っている。
私から言わせれば、ただの乾燥と一時的な痩せこけなど、かすり傷のようなものだ。
私は傍らに置いていた、普段は遺体にしか使わない化粧箱をパチンと開いた。
白粉、紅、数種類の特製オイルが整然と並んでいる。
「生きている人間は、本当に手がかかりますね」
私は筆を手に取り、最も肌馴染みの良いオイルを選んだ。
「私が『化粧師』として、あなたを完璧な姿に戻して差し上げます…… 少し、目を閉じてください」
コメント
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みぅ🤍🥀です🌙 第20話、読み終わりました……! 紅玉様が自分のやつれた姿を見て自♡♡♡ようとした瞬間、心臓がギュッてなったよ。でもそこを「借金踏み倒し」って冷たく止める主人公、最高すぎる😂✨ 「生きている人間は本当に手がかかりますね」からの「私が完璧な姿に戻して差し上げます」——この落差にやられた……死化粧師の矜持がかっこよすぎて、ちょっと泣きそうになったよ。 次が気になる……!