テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
本日予定していた収録をすべて終え、身支度を整えてからスタジオを出る。
今日の撮影はいつも以上にハードだった。
寝不足で挑んだせいもあるだろうが、容赦ない兄のダメ出しに何度舌打ちをしたことだろう。
体調管理も役者の仕事だと言われたときには、誰のせいで眠れなくなったと思っているんだ! と、食って掛かりそうになった。
実際に行動に移さなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
結局兄は昨日のことについては一切触れず、いつもどうりの本心が全く読めない表情のまま、ただ淡々と監督業をこなしていて、それがまた腹立たしい。
昨日、あんなことがあったのにも関わらず、まるで何事もなかったかのように振る舞うのは一体どういう了見なのか? こっちは気にするなって言われても無理なのに……。
イライラしている原因の大半は兄の謎発言と圧倒的に足りていない睡眠時間によるものだと結論付け歩いていると、ちょうどマネージャーと話をしているナギに遭遇した。
「やっと来た。もう、遅いよお兄さん」
「え?」
「ほら、行こ」
グイッと腕を引かれて、戸惑う。一体何処に連れて行こうと言うのだろうか。
「えっ? ちょっと! 一体何処に……」
「俺のマンション」
「!?」
「朝言ったでしょ? お兄さんの正直な気持ち、ちゃんと聞くまでは帰さない
から」
逃がさないよ。と、にっこりと意味深な笑みを浮かべるナギは天使のようでいて、腹の奥底にどす黒い何かを隠しているような、そんな危ない気配を漂わせていた。
ナギの住まいは比較的新しい4階建てのマンションだった。23区内にあって交通の便が良く駅から徒歩10分。
本人曰く、駅近にしては比較的に安かったから、1DKの部屋を約半年前に買ったのだという。
駆け出しの新人にしては思い切った事をするな。と言えばナギは苦笑いを溢した。
「まぁ、結婚する気もないし……先行投資ってヤツ? 本当はタワマンに住みたかったけど、流石に、ね……」
そう言いながら、エレベーターで4階を選び南側にある角部屋に案内してくれた。
確かに一人で暮らす分には日当たりもいいし、間取り的にも悪くない。それに何より立地条件がいい。
オートロック付きでセキュリティもしっかりしていて、大通りに面してはいるが少し歩けば静かな住宅街が広がっている。
玄関から入って直ぐ、真っ白なフローリングが目に入った。白と黒を基調にしたインテリアで纏められており扉を外して暮らしているという奥の寝室から大きな窓が見えた。
約6畳ほどのダイニングに対し、寝室は12畳もあるのだという。全体的に低めの家具で統一された部屋はシンプルだがセンスがいい。
部屋の中は綺麗に片付けられており、生活感を感じさせない。とても居心地のいい空間は妙に落ち着く。
「適当に座っといて」
と言われて、とりあえずリビングのソファーの端の方へ腰掛けると、キッチンに立ったナギがマグカップを二つローテーブルの上に置いた。
ふわりと香ってきたコーヒーの香りが鼻腔をくすぐり、ホッと息を吐いたところで隣に座ってきたナギがコツンと肩に頭を凭れかけてきて、鼓動が僅かに早くなった。
一瞬、今朝あった出来事を追及されるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
テレビのリモコンを操作しながらするりと腕を絡めてきたナギは、そのまま甘えるように身体を寄せてくる。
「……な、ナギ? どうしたの急に」
「んー? なんとなく、こうしたいなぁって思っただけ」
そう言いながらも、さらに距離を詰められ密着してくる。
コイツは誰にでも何となくでこんな態度を取るのだろうか? それとも、自分
にだけ?
いや、そもそもナギにとって自分はどんな存在なのだろうか。
「……ねぇ、お兄さん」
「な、なんだい?」
「俺の事、好きでしょ」
「えっ……」
突然の問いに言葉が詰まる。今朝の出来事を問い詰められるのは予想していたが、まさか単刀直入に聞いて来るとは思いもしなかった。
「どうだろう。まぁ、毛嫌いする子とは寝ないから……」
「答えになってないよ」
覗き込むように真っすぐ顔を見つめられ、鼓動が一層早くなる。
その視線から逃れる様に目を逸らすと、男にしては線が細めの綺麗な指先が伸びて来てするりと頬を撫でられた。半ば強引に顔を向けさせられ、視線が絡む。
「俺の目をちゃんと見て」
「……っ」
「……ねぇ、逃げずにちゃんと答えて。お兄さんは、本当は俺のことどう思ってるの?」
甘く囁く声は、どこか切なげに聞こえた気がする。そして何故か泣きそうにも見えて胸が締め付けられた。
「ぼ、僕は……」
自分の気持ちなんて、もうずっと前から薄々気が付いていた。でも、それをはっきりさせてしまったら、もっとその気持ちに執着してしまいそうで怖い。
だからあえて見ないふりをしていたのだけれど……。