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ティートの意外な発言に驚いたものの、内容自体は名案だったので、アニスは屋敷内には戻らずに温室へと足を向ける。
生前相当浮き名を流したチャービルだが、本当は自然を愛する心穏やかな老人だった。
温室には様々な種類の花が開花している。中には季節を先取りしたものもある。花にとんと疎いアニスは庭師を呼び、事情を伝え適当なものを見繕ってもらう。
庭師はアニスの提案に涙を浮かべて何度も頷き、さっそく大きな籠を手にして花を摘む。その邪魔にならぬようアニス達は、温室の端に移動して作業を眺めていた、が──
「アニス様、そこにいらっしゃったんですかっ」
血相変えて飛び込んできたメイドに、アニスは何事かと姿勢を正した。
「どうした?」
「あの……いえ、実は……その……」
アニスの厳しい声に気圧されたのか、メイドは困ったように俯きお仕着せのエプロンをもじもじと掴む。
けれど、どうやら火急の用事のようで、ぐっと顔を上げて口を開いた。
「お客様…… といいますか、ご隠居様にお目通りを願いたいという絵師が来まして。どういたしましょうか」
「絵師だと?」
アニスは顎に手を当てて、眉間に皺を寄せる。
生前チャービルとの会話で一度も絵師に絵画を注文したという話は聞いていなし、事後処理の間もそんな注文書など目にしていない。
「……どんな絵か……聞いているか?」
メイドは、さぁと言いたげに首を捻る。どうやら執事にとりあえず呼んでこいと言われたようだ。
ただ、伝え忘れていたことを思い出したのだろう。メイドはあっと短い声を上げ、アニスに補足した。
「代金は既にいただいているので、絵だけを受け取って欲しい。そう仰っております」
「……絵だけ受けとれだと?」
「はい。そのように絵師は言ってますが……。お引き取り願いましょうか」
おずおずと問いかけるメイドから一旦視線を外し、アニスはソレールに意見を求めた。
「どう思う?」
「そうですね…… 絵を見てご判断されたらいかがでしょうか? 事前に代金を受け取っていると申しているなら、悪意はないでしょうし」
少し間を置いて答えたソレールに、アニスは軽く頷き視線をメイドに戻した。
「会おう。客間に通してくれ。私もすぐ行く」
「はいっ。かしこまりました」
パタパタと駆けていくメイドを見送り、アニスは庭師に退席する旨を告げる。
「行くぞ」
「はい」
「はーい」
にこやかに送り出す庭師を横目に、アニスはソレールとティートを伴って温室を出た。
屋敷の客間に向かいながら、ソレールは自分の中に小さな違和感があるのを覚える。
基本的に護衛騎士は、主の仕事に口出しをしない。ごく稀に意見を求められても、主の意向を汲んで伝えるようにする。
これまでソレールはアニスに仕えてからずっとその姿勢を保っていた。けれどソレールは、今回に限り己の意思だけを口にした。
絶対に受け取った方が良い。絵師に会うべきだ。そんな、何か予感めいたものを感じたのだ。
ただそれはアニスの為なのか、自分の為なのか…… 良くわからなかった。