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西の暁と暗転の空 下
口うるさい、厄介ども(主にツルツル殿及びその他)から解放されたハルトは、部屋に戻ってソファーに横たわっていた。
「はぁ、……毎回懲りない自慢話だな、あいつら帰らずの門に行かないだろうか、二度と帰ってこなくていいから」
片腕を額に当て、天井を仰ぎながら先程のやり取りを思い出していたハルト。彼の周りには、少年に対し媚びへつらう奴が多くいる。そのことでハルトは嫌気がさしていた。
彼等は、仮にハルトが王になった時、自分の地位を少しでも上げておきたいのだろう。王の側近役になれば有名にもなるし、金も入る。何より権力を持つことができるので、皆必死だった。
「ふふっ……珍しい事を言いますね。随分とお疲れのようだ、そんなことをおっしゃるとは……どうぞ」
ハルトが珍しく零した本音に、世話役の男マララは内心驚いていた。そして、労わるようにカップへ紅茶を注ぎ、ハルトに差し出した。
「お気持ちも分かりますが、この部屋以外でそのような軽率な発言はお控え下さい……特に、この時分、誰が聞いているか分かりませんので……」
あと少しで王位継承選挙が開幕する。その事でマララは、ハルトの軽率な発言が悪い奴等によって市民に変な噂を立て、支持者が減るのではないかと懸念していた。王は最も票が多いものに継承されるのだ。
「……あぁ、わかってる。心配するな。それと、次の王となるのは、この僕だ!……ならねばならない」
その表情はどこか危機迫る勢いだ。世話役の男マララは、ハルトを慕っている。故に、そう言いきるハルトに対して、憶測ではなく、確信を持っていた。
「(ハルト様は必ず王になれる。これは予感ではなく、確信だ。……王になる為、ハルト様が望むならば私は何だってしよう)」
ハルトには両親がいない。世話役のマララは幼い頃からハルトを見守ってきた。恐れ多くも、親子の様な情がマララ自身にあるのも事実。決して本人には言わないが。二人の絆は強固であった。
「……数日、出掛けてくる」
「?何処へでしょうか」
「町の図書館だ。少し調べたい事がある」
「無論、護衛もお付きですよね?」
「……さぁ、どうだったかな?」
「いけません。1人でハルト様を歩かせる訳には行きません。市民図書館ならなおさら。私もご同行致します」
「はぁ……よしてくれマララ。それだと目立つ。」
「でも……」
「マララ、君は今忙しいだろう……僕はまだ子供かもしれないが、ただの無知な子供じゃない。1人で大丈夫だ。何より武器をもってる。君も僕の腕を知っているだろう?」
ハルトの腰にある剣は煌めく。
「しかし、……もしもという事がございます。それとも、私と一緒に行動したくない理由が?……はっ!もしや、いかがわしいことを?!あぁ、だから一緒にいてほしくないのですね。分かりました、わかりました。ハルト様も、そんなお年頃ですものね。失敬」
マララはわざと顔を隠しながら、指の間からハルトを盗みみる。何とも茶目っ気な奴だ。
「はぁ、マララ、そんなんじゃないのは分かっているだろう」
「……ですが、心配なのです。……せめて、護衛する動物や変装だけでも……」
結局、ハルトは折れた。
「はぁ、わかった……当然変装はして行くよ。でも、ペットはなしだ。」 そう言って、ハルトは部屋のクローゼットから変装用を考え、マララの前で着替えた姿を見せた。
「……どうだ?」
「良いかと、どこからみても一般人です!」
語尾ににこにこっと効果音がつきそうなほどにやけているマララ。
「……行ってくるよ」
「お気をつけて……」
バタンッ――。
ハルトは自室を後にした。
2階の長い廊下を渡っていると、一階から怒鳴り声が聞こえてきた。
2階から一階の様子を遠くから見ると、そこにいたのは現在、宮殿内に入る事を許可している装飾士達がいるのだと気づいた。装飾士の誰かがやらかしたのか、宮殿内の者に怒鳴られている最中であった。
ハルトは、この宮殿の男に怒鳴られ、下を向いている少年の後ろ姿を冷ややかな目で眺めた。そして、何事もなかったかの様にそこから立ち去った。
ポッドは現在、絶望していた。
「貴様!何てことをッ!この花瓶は代々王家に伝わる花瓶なんだぞ!」
「待ってください!っち、違います!僕がやったんじゃありません!」
「嘘つくな!貴様がやったのだろう!ここには貴様しかいなかった!言い訳は聞かん!」
「っ違うんです!本当に僕じゃない!」
「では、貴様がやっていないと言う証拠や、誰か見ているものはいるのか?!」
「それは……いません。でも、本当に僕じゃない、」
「ふんっ、これだから一般市民の装飾士風情は、信用ならんのだ。もういい!貴様がやったか、やってないかが問題ではないのだ。……この場に王家ではない外部の「もの」がいる。それが重要なのだ」
「それは、どう言う……」
その後も無実を訴え、何度も誤解を解こうとしたけど、無駄だった。
ポッドは泣く泣く宮殿を後にした。必死に誤解をとこうとしたが、犯人扱いされてしまった挙句、花瓶を弁償しなければならなかった。
その額なんと5000万ペクタ¹⁾。子供に払えるわけが無い。裕福な家庭ならすぐ弁償できるだろう。だが、大半の人間が、そんな大金すぐ出せるはずがない。ましてやポッドの家なら尚更だ。
ポッドの家は自営業であった。残念ながら稼ぎが無いから、この年で働きに出ている。だから学校にもいけていない。幸い、市役所へ申請しに行けば、貸与金をもらう事ができた所だった。こうして数時間手続きを行ない、それで何とか一時金のよな形で借りられた500万は払えが、残り4500万とその貸与額500万の利子分を毎月を返済しつつ、生計を立てなければならない。
それと、家の借金も返さないといけない。そう考えて、今後の人生に対しポッドは絶望した。
「(っ!何とかして稼ぐしかない!でもお母さんに言ったら、きっと病んでしまうかもしれない)」
歩きながらポッドは拳を握り締め、自分の惨めさに声を殺して泣いた。
時刻は午後17時頃、帰宅するには早かった。階段を上り、重たい引き戸を開けた。
「……ただいま」
「あらポッド、お帰りなさい」
母がエプロンを掛けながら、こちらに振り返る。夕飯の支度をしていたようだ。
「……父さんは?」
「父さんは……まだ眠ってるわ。疲れているみたい」
母は伏し目がちそう言った。
「……そっか、」
あの人が起きてくるところを、僕は見たことがないが。それは心の内に留めておく。
――寝る暇があるのなら、働けばいいのに。この家の現状を分かっているのだろうか。
「……ポッド、お父さんを責めないで。あの人は私たちの為に頑張って働いているのよ」
「っ!そんなのっ――」
表情で僕の考えている事が分かったのであろう、母さんはいつも父さんを庇う……。
「(あんな奴庇う価値なんてないのに、こんな生活だって、元はと言えば父さんのせいなのに……母さんだって苦労してるじゃないか!)」
けれど、そんな言葉を掛けてしまったら、母さんはきっと悲しんでしまう、だから言わない。
あぁ、今日は心がぐちゃぐちゃで、今にも爆発しそうだ!
「……わかってるよ、母さん」
腹が立っても仕方がない……。
ポッドは自室へ進んで行った。
――パタン(部屋の扉を閉める音)
「(きっと、母さんは父さんがろくでなしじゃないって思いたいだろうけど、僕はそう思わない)……父さんなんか大っ嫌いだ」
自営業で勝手にどんどん進んでしまう父に、母はついて行くほかなった。
結局、成功せず店の借金返済の為に、お金を借りては返しての繰り返し、家の借金も母が一緒に働いて稼いでいた。弟の治療費も。父は、暴力を振るう人ではなかったが、頑固な親父だった。酒を飲んでは、暴言を母に吐いていた。
お前のせいで、俺の人生めちゃくちゃだ!
ある日の夜、父が母に向かって叫んでいたのを僕は覚えている。自分の責任を母に責任転嫁しだしたのだ!
昔はあんな人じゃなかったのよ、今は心が疲れてるだけなのと母は言っていたが、本当のところは分からない。家族の事なんか見向きもしない。いつも放任主義な父に、もはや尊敬の念は浮かばなかった。
給料なんて、お小遣いなんて、無いに等しい。けれど、飢え死にせず、こうやって屋根の下で過ごせる事には感謝だと、ポッドは思った。そう思い込む事にしたのだ。
――何で周りの子達と同じ様に、学校に行けないのだろう。
――何で好きなものが買えないのだろう。
――どうしてうちはこんなに貧乏なんだろう。
――どうして、どうして、なんで、なんで!なんでっ!――。
いつからだろうか、そう思うことをやめたのは。
あぁそうだ、虚しくなるだけだったからだ。
――我慢、我慢、我慢、我慢、きっと、きっと、いつかは叶う。変わってる筈!
それに!僕は不幸なんかじゃない!
だって、飢え死にしてない、住む場所だってある!最低最悪な事にはなってないのだから、なら幸せじゃないか!
‥そう思わないと、ポッドの心は壊れそうだった。
事実、必要最低限の生活はできている。飢餓で死ぬこともなければ、働きながらも少しの稼ぎがあり、何とか生活できていた。
しかし、年を重ねるごとに、じわじわとその貧富の差が周りと出ていることを、嫌でもポッドは働きながらも理解していた。
「(親がそうなら、子もそうってことなんだろうか。まさか自分も借金まみれになるなんて……こんな辛い人生になるくらいなら、生んでくれた母には申し訳ないけど、僕は生まれてきたくなかった)」
すると、ポッドの部屋の扉がゆっくり開かれた。
「!」
「兄ちゃん!」
奥から少年が顔をひょこっと、出してきた。その声に、先程まで暗かったポッドの表情が明るくなる。
「リク!」
扉を開けたのはポッドの弟のリクだった。目をつぶりながら、ポッドへ駆け寄る。
「っ!リク!危ないだろ!そんな走ったら!」
「大丈夫だよ!」
弟は勢いよく走ってくると、ポッドの腰に抱きついてきた。弟のリクは5歳だ。 リクは小さい時に病気で目を悪くしてから、視力を失った。
本人が一番辛い筈なのに、リクはまるでそんな事を吹き飛ばすくらいに活発的で、目が見えなくても何でもできた。逆に手助けしようとすると「必要ないっ!」と言われて怒られる。反抗期かな?僕の唯一の癒しだった。
「ねぇねぇ!兄ちゃん面白い話聞かせて!」
正直、今はそれどころじゃなかった。主にメンタルが、はぼろぼろだ……でも。
「え、ぁ〜うーんそうだな……」
「……兄ちゃん、なんかいつも以上に元気ないね。」
「え!そ、そんなことないよ!……てか、いつも以上って!?……そんないつも元気ないのか、僕……うーんそうだなぁ〜……あ!世界が逆さまになった話はどう?」
「何それ!すげぇ――!」
弟には笑っていてほしい。
今は、今だけは……僕の表情が見えない弟に感謝した。
一通り僕が話し終わったら、リクは疲れて寝てしまった。僕はその隙に一階へ行き、母さんに今日一日の出来事、花瓶の件について話をしていた。
「……そう……そうだったの、……でもポッド、貴方がやったんじゃないのよね?」
「ゔ、うん……」
「大丈夫よポッド、今更借金が増えたところで変わらないわ!母さんも頑張って返済できるようにお仕事頑張るから、ね?」
母はやつれた顔で笑った。
「うゔ、ごめんなさいっ母さん!」
僕はすすり泣きながら頷いた。
「いいえ、ポッド貴方が謝る必要なんてない。貴方は悪くない。むしろ私の方が謝らなければ……こんな生活でごめんね、力になれなくてごめんね」
ポロポロと母も声を切らして泣いた。
裁判には金と時間が必要だった。相手が宮殿の人となると尚更だ。相手側は、金を払い続けるなら花瓶の件を公にしないと言っていた。これを口外又は破って逃げた場合、死刑か、僕を拘束し目標額に到達するまで働かせられる。なお、本人が放棄した場合、または本人が死亡した場合、その一家へ連帯責任として返済の義務が生じると言っていた。
僕は宮殿の人とのその交渉を飲み込んだ。僕の家に裁判するだけの金がないからだ。市役所にはそのために行ったのだ。母は、泣く僕をそっと抱きしめて、一緒に泣いてくれた。
世界はなんと無慈悲で、理不尽な事か。
数日後、僕は気晴らしに外へ散歩しに出掛けた。ずっと家にいるとマイナスなことばっかり考えてしまうからだ。でも僕の悪夢はこれだけで終わらなかった。
「おい!ポッド!」
やっと見つけたぞとばかりに、そいつらは僕の目の前に立ちはだかっていた。