時は遡り、かわる者を貼られたアンソルーペが北へと逃げている頃へと戻る。アンソルーペはかわる者派の札を回収し、ただ一つの体で、魔法少女に変身して杖に跨って空を飛んで北上する。部下たちが追って来ていたが直ぐに置き去りにし、ユカリたちが追って来ていないことにも気づいていた。
未だにかわる者が動揺していることはアンソルーペにもよく分かった。それだけユカリが魔導書無しで魔法少女に変身したことに衝撃を受けたのだ。
今や三つの魂が共有している一つの体だが、かわる者に主導権を奪われてはいない。アンソルーペの体は魔導書でさえも支配できない。それは魔法少女ユカリの憑依の魔法を退けた時から分かっていた。
それでもかわる者が特別なことはよく分かった。他の使い魔とは違う。圧倒的な力を感じた。
「いち、一度休みませんか? ガガガレインの風はなま生身の体には堪えます」アンソルーペはがくがくと震えながら独り言のように問いかける。
冬も間近に迫り、グリシアン大陸最北の地は完全に雪と氷に閉ざされている。大地は白く迫り、海や空さえも白んでいる。僅かに紅を残す頑強な木々は最早魔の力によるものとしか説明がつかない。
アンソルーペの求めに応える言葉は無かったが、降下に抗う魂はいなかった。
地上に降りるとかわる者派の使い魔たちを様々なものに貼り付け、急いで火を熾す。寒さに凍えているのはアンソルーペの体だけだが、自然と使い魔たちも何も言わずに火を取り囲んだ。ほとんど同時に日が沈み、星明かりと雪明り、焚火の明かりに包まれる。
「で、何でこいつらに付き合ったんだ? オレたちはユカリを引き付ける囮にされただけだってのに」と虚無が問いかける。
言葉にしたものだから使い魔たちから疑念に満ちた言葉を集めることになった。アンソルーペの体の中の誰が喋っているのか、使い魔たちにも簡単には分からない。
「進む道がまじ交わる可能性はわ私も感じたんです」とアンソルーペは答える。「あくあくまでも可能性ですが」
ライゼン大王国からの祖国奪還という難業に必要なのは力だ。それが救済機構だろうと、使い魔たちだろうとアンソルーペは構わない。問題は救済機構に戻りたい使い魔などほぼいないということだ。であれば、どちらの方が可能性が高いのかが問題となる。
「分からねえなあ」とアンソルーペの心を読んだらしい虚無がぼやく。「こいつら回収して救済機構が使うのが一番じゃねえか」
「い、今更何を言ってるんですか。わわわざわざ使い魔たちを魔法少女しゅ狩猟団に編入させてぶぶぶつけるなんて運用をしているんですから、分かるでしょう?」
「何が? 全然分からん」
同じ声ながら虚無の声は焚火に押し寄せる風のように冷たく響く。
「ここ心のある使い魔たちを思い通りにあつ扱うのは難しいということです。かといって魔導書をあそ遊ばせておくのももったいない。大王国にぶつけて奪われるのは避けたい。ならばまほ魔法少女ユカリを狙わせて、失敗しても封印されれば損失はすす少ないということです」
「機構にとってあいつらは脅威じゃねえのか?」
「魔導書をたい大量に所有しているのですから、脅威にはち違わないでしょう。ささい最たる教敵に認定していますますし。でも魔導書に関してきょ競合相手というだけで、ちょっちょ直接敵対しているわけではありありませんから」
魔法少女は救済機構をどうにかしようと考えているわけではない。今のところ。
虚無は理解したのかしていないのか、ともかく沈黙し、冷たい秋風の吹く音と焚火の爆ぜる音だけが聞こえる。
長い独り言を聞かされていた使い魔たちも、今の会話にかわる者が加わっていないことだけは分かっていたようで、自分たちの導き手の言葉を待っているようだった。
しかしかわる者は口を開かない。ただただ魔法少女に変身したユカリことラミスカのことを考えているようだった。
「魔導書が無ければラミスカは変身できないと聞いていましたが?」と問うたのは忍ぶ者だった。白樺の倒木に貼ったが、黒装束に変身している。
他の使い魔たちも同様の疑問を抱いているようで、何よりかわる者もそのことについて悩まされているのだ。かわる者は答えられないでいる。降る雪のように使い魔たちに苛立ちが募っているようだった。
「じじ実際長い間変身してなかったでですよね」とアンソルーペが代わりに答え、そして問う。「へし変身できないとなん何なんです?」
「偽物ってことだ」と使い魔の誰かが言った。
「よく分からないですね」とアンソルーペ。「あの魔導書ってだだ誰でも変身できるものではなななないんですか?」
少なくともかわる者はアンソルーペをそれらしい姿に変身させた。
「そりゃそうだろ。遠く離れれば勝手にラミスカの元に戻るんだぜ?」と使い魔の誰かが言った。
「じゃあ変身できなくったって特別な何か繋がりがあるんじゃねえか」と使い魔の誰かが言った。
「かわる者が所有したら、その繋がりが切れたのも事実だろ?」と使い魔の誰かが言った。
「でも結局変身できたんだ。やっぱりラミスカは本物ってことじゃねえのかよ」と使い魔の誰かが言った。
「かわる者が嘘をついてたってのか!?」と使い魔の誰かが言った。
「実際そうじゃねえか! 俺たちは本物の魔法少女を殺そうとしてたのかもしれねえんだぞ!」と使い魔の誰かが言った。
アンソルーペは熱の上がる言い合いを収める言葉を探すが見つからない。虚無は嬉しそうに使い魔たちの言い争いを見ていた。
その時、突然、焚火が大きく爆ぜ、同時に火を中心に不思議な力が広がっていく。まるでそこだけ春が訪れたかのように、雪が解け、花々が咲き乱れる。青々とした野原が現れ、小鳥の鳴き声さえ聞こえ始め、冷気は追い出されてしまった。極彩色の光景を前にして先ほどまでの怒りや憤りが沈静化する。
こんな魔法が使えるなら初めから使ってくれ、という言葉をアンソルーペは呑み込み、ただ唐突に現れた温もりを享受する。
「言い争いはやめてくれ」と咲かす者が言った。「大切な話は落ち着いてするものだ」
しかし今度は誰もが口を噤み、沈黙が厚く垂れこめる。
「そそそれじゃあ、かわる者さん。まま魔法少女について知ってることをはな話してください」とアンソルーペが場を司る。「さい再確認しておくべきでしょう。わた、私も知りたいですし。ラミスカと魔法少女ユカリについて」
仮にかわる者たちと協力関係を結ぶにしても、火種は消しておいた方が良い。
「魔法少女はご近所の平和を守るんだよ」とかわる者は言った。
既に聞きたいことがいくつか湧いたがアンソルーペは黙って続きを待つ。それは使い魔たちも同様のようだった。
「七つの土地を巡り、七人の勇者と共に、七つの魔法で、七つの災厄を退けるの」
ご近所のためにそんな大それたことを? という疑問を口にしたかったがアンソルーペが口を開けば,
かわる者は喋れなくなってしまうので我慢する。
「使い魔は?」と使い魔の誰かが我慢できずに訊いた。気になって仕方なかったのだろう。
「一〇一の使い魔は七つの魔法の一つで生み出されたんだよ」とかわる者は答える。
「魔導書が無くても本物なら変身できると思っていたのは何故ですか?」と忍ぶ者が少し形を変えて再度問うた。
「魔法少女の魔法は特別なの。他の誰にも使えない魔法少女だけの魔法なんだよ」
「答えになっていませんよ。だとすれば魔法少女以外に魔法少女の魔法を使わせることができる魔導書の存在と矛盾します」
「この魔導書、『わたしのまほうのほん』こそが魔法少女なんだ、魔法少女の魂が秘められているんだ、と思ってた」そう言ってかわる者は魔法少女の魔導書を取り出す。
「なるほど」忍ぶ者は頷く。「その魔導書自体が本物のユカリだからラミスカに力を貸せた、と。丁度我々と同じように。しかしラミスカ自身が変身出来た以上、その仮説には修正を加える必要がありますね」
『わたしのまほうのほん』という題名なのか、とアンソルーペは腑に落ちない気持ちになった。しかし確かにそう書いてある。
確かにそう書いてある?
「どど、どうして読めるんでしょう?」とアンソルーペは思わず疑問を口にする。
「それは、魔法少女に変身できることも含めて、私の力だよ。この世界で私だけが、ユカリと私だけがこの文字を読める」とかわる者は強い感情を込めて言った。「私は魔法少女ユカリの使い魔なんだから」
何だかんだで救済機構から逃れながら五冊の魔導書を集めたのが魔法少女の力だ。やはり祖国奪還するならばこの力を使った方が確実かもしれない。アンソルーペはそのように考えていた。
「そそそれで、かわる者はどどどうしたいんですか?」
「分からない。私はただ知りたい。ユカリは、本物のユカリはどこにいるのか」そう言ってかわる者は『わたしのまほうのほん』を抱きしめる。今までずっとそこにいると思っていたのだ。
「ならラミスカってのを試すしかねえなあ?」と虚無が囃し立てるように言う。「本物ならお前らが束になったって死なねえはずだよなあ?」
「と、いうのはぼぼ暴論ですが」とアンソルーペは前置きする。「どうにかして本物ものの魔法少女を見出さないことにはどどこにも進めそうにありませんね。えにかわる者派は」
「協力してくれるの?」と同じ口でかわる者が問う。
「ええ、そそその代わり、がガレイン半島から大王国を追い出すてて手伝いをしてください」その申し出に使い魔たちは難色を示す。割に合わないというのだ。「かわる者さんだだだけでも構いません」
「いいの?」
「じゅじゅ十分です」
それはそれで使い魔たちの自尊心をくすぐったようだった。
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