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使い魔たちも全員が完全に納得したという様子ではなかったが、趨勢が決まれば流されるのは人間と変わらなかった。確かにかわる者への信頼は揺らいでいるが、だからといってラミスカを魔法少女ユカリと受け入れることには未だ抵抗があるらしい。異を唱える訳ではないが、蟠りを発するように使い魔同士で言葉を交わしている。
ともかく話がまとまったことにアンソルーペは一安心する。ユカリからすれば迷惑極まりない話ではあるが、魔法少女なのか否か使い魔たちが納得できるまで試す。アンソルーペはそれを手伝う。そのためにはまずユカリたちの居場所を探る必要がある。このような人里から遠く離れた雪山の間の雪原ではなく、どこか落ち着けるところに移動しなければならない。咲かす者の花々に感じた温もりも既に雪風と共に夜の彼方に吹き飛んでしまっている。
今日のところは出来る限りの魔術を行使して、この場で野営する方針となった。弱った焚火に活力を投じ、冷気と共にやって来る氷の魔性を寄せ付けない結界を張る。
その時、真黒い夜の闇の向こうに人為の炎が点った。かと思うと次々に使い魔たちを囲むようにして沢山の松明が現れた。既に包囲されてしまっている。
総員! と言いかけてアンソルーペは押し留める。
共にいるのは信頼の紐帯固い部下ではなく、アンソルーペを囲んでいるのは敵ではないからだ。
「無事か? アンちゃん」と呼びかけたのは焚書機関総長ケイヴェルノだ。
「おじお祖父ちゃん!? ドロラちゃん、みみみ皆! 良かった。お互いて手を出さないでください」
祖父ケイヴェルノが第四局の焚書官たちを引き連れて追ってきたのだった。ケイヴェルノが大聖君に賜る聖典と称される武器、赤熱した剣と盾を構えて進み出る。
「無事で何よりだ。とても心配したんだぞ」と祖父に叱られるのは久しいことだった。「てっきり魔導書の支配下にあるものと思っていたが、一体何をしているんだ?」
「ご迷惑をおかけおかけしました。もももちろん支配されてはいません。ただ相談していたのです」
「相談? 魔導書などと何を相談することがある」ケイヴェルノは一定の距離を置いて立ち止まった。
誰より魔導書を憎む祖父相手だが、アンソルーペは正直に話すことを選ぶ。
「エウテル王国のだ奪還です」
「魔導書を使うなど、以ての外だ」ケイヴェルノは頑なに言った。
揺らめく剣の炎と影で、風が吹くたびにケイヴェルノの表情が変化しているように見える。
「すで、すでに機構は、り、利用していたではありませんか? れい例の万能薬とか」
「他者を傷つけることのない例外的な力だ。私とてその程度の融通は利かせる」
「それ、それにこれは利用ではありません。つか、使い魔たちには意思があります。あくあくまで協力関係をむす結ぶのです。このエかわる者がいれば百人力、千人力です! かつてエウテル王国の戦士長だったお祖父ちゃんのように!」
ケイヴェルノは諭すように、ゆっくりと首を横に振る。
「私を追放した国に義理立てする由もない」
「母を、貴方の娘を殺した大王国を追い出すのです!」
「何故そうこだわる?」
「何故ですって!?」
「まだ赤子の頃にシグニカに落ち延びたお前だ。母の顔も故郷の匂いも覚えていまい。私以上に義理立てする理由が分からないな」
「……約束したのです」そう訴える声までも凍らせる風が吹いている。
ケイヴェルノは言葉の続きを待つように黙っていたがしびれを切らす。
「……誰とだ? いや、何と、か?」
「それは……」アンソルーペは押し黙る。虚無も、かわる者もアンソルーペの魂のそばで見守っていた。
「気づいていないようだな」とケイヴェルノが呟く。「どもるのを忘れているぞ?」
「ち、違っ」
「総員! 魔導書を回収せよ!」
ケイヴェルノの号令と共に焚書官たちが突撃し、使い魔たちが種々様々の本性を露わにして応戦する。ケイヴェルノの剣と盾は赤々と明々と燃え上がり、高々と白煙を吐く。途端に辺りは真夏の砂漠の正午が訪れたかのように、雪を溶かし、冷気が駆逐された。果敢に攻め込んだ筋骨隆々の人の腕を持つ家鴨殴る者を一刀のもとに斬り伏せ、両手に弓と大蠍を持った鳥の頭の怪物狩る者の放った矢は盾を構えるまでもなく宙で消し炭になった。
焚書官として使い魔たちの司る魔術を頭に叩き込んでいるアンソルーペの部下たちも善戦はしている。が、それでも奪われ、惑わされ、導かれ、穿たれていた。
一方で一方的に次々と封印を剥がし捨てていくケイヴェルノを目の当たりにして、アンソルーペは魔法少女に変身した。するとケイヴェルノが振り向き、孫娘に見せたことのない悪鬼の如き形相で睨みつけた。
「どいつもこいつも我が最愛の孫娘に巣食いおって」
アンソルーペはまるで太陽と対峙しているかのように焙られ、ケイヴェルノが一歩進むごとに熱に圧倒されるのを感じた。
「殺されねえか?」と虚無が呟く。
「お祖父ちゃんが私を!? そんな訳ない!」言葉とは裏腹にアンソルーペは退く。
「だけど実際死ぬのはアンソルーペだけだよね」とかわる者は他人事のように言う。
三人による奇妙な独り言に更なる怒りを買ったかのようにケイヴェルノの聖典が放射する熱が高まる。竈に放り込まれたかのように力に圧倒され、焚書官たちですら逃げ出している者がいた。
決して殺されはしないと信じているがアンソルーペは杖を構えずにはいられなかった。魔法少女の魔法を幾つか学んだが、聖典さえも噛み砕く魔法少女の杖が最も自身に合っているのは間違いない。アンソルーペの得物である棘球付の鎚矛は魔法少女に壊されて以来、新たに下賜されずにいる。
「退いても仕方ねえだろ」と虚無が喚く。「殺されはしない。殺しもしない。なら封印を剥がされずに聖典をぶっ壊すしかねえ」
黒いどろどろとした液体を目鼻口から垂れ流す女、忍ぶ者がケイヴェルノの死角から白い翼を広げて飛び掛かるが、焚書機関総長はまるで分かっていたかのように盾を振って吹き飛ばした。
訓練を含めてさえ、今までに一度として刃を交えたことのない相手だ。アンソルーペは後ろに下げた右足を前に戻し、勢いをつけて立ち向かう。逆にケイヴェルノは足を止めた。アンソルーペは勢いそのままに跳躍し、真っ直ぐに構えられた赤熱する盾に向けて、杖を振り下ろす。その瞬間、ケイヴェルノは剣と盾を捨て、アンソルーペの杖を肩に受ける。
アンソルーペは縮み上がり、一挙に冷や汗をかいたが、杖が破壊できるのは非生物だけだ。魔法少女の魔法は肩の辺りの布を消し飛ばしたが、アンソルーペの膂力をまともに受けたケイヴェルノの左肩が砕ける。しかしケイヴェルノは少しも怯むことなくアンソルーペを抱き留め、かわる者の封印を剥がした。
「さあ、帰ろう。故郷など最早どうでも良いのだ。アンちゃんさえいてくれれば、それで」
しかし次の瞬間には奪う者がケイヴェルノから封印もアンソルーペも持ち前の魔術で奪い返し、飛ぶ者と共に飛び去った。
まるで奪われたことを理解できず、まだそこに愛する孫娘がいるかのようにケイヴェルノはしばらく何もない空間を見つめていた。そして、ようやくアンソルーペが飛び去った空を見上げた時には遥か遠くへと隔てられていた。