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デビューしてからの毎日は、目まぐるしくて、息をつく暇もなかった。
でも、そんな忙しさの中で、私の胸を一番ざわつかせるのは──
同じグループの、ほんの少し離れた席で静かに笑うユウマくんの存在だった。
YM「妃夏、今日も撮影一緒やな」
スタイリストさんに髪を整えられながら、ユウマくんが隣で小声でささやく。
「……うん。緊張するけど」
YM「大丈夫やって。俺がおるし」
その言葉が、胸の奥をふわっと温かくしてくれた。
ユウマくんの“俺がいる”は、どうしてこんなに強いの?
デビュー後数ヶ月、私たちは順調に距離を縮めていった。
恋人同士だなんて、誰にも言えない関係。
ただ、目が合うたびに心臓が跳ねて、
名前を呼ばれるだけで、一日が明るくなる。
そんなある日。
撮影が終わり、移動のために保護フィルムの貼られた廊下を歩いていた時だった。
YM「妃夏」
呼ばれた声がやけに静かで、胸の奥にまっすぐ届く。
「ん?」
YM「……ちょっとだけ来て」
ユウマくんはキョロキョロと周りを確認してから、私の袖を軽く引いた。
誰もいない非常階段。
本当に少しだけ照明の届く、影の場所。
「どうしたの?」
ユウマくんは返事をしないまま、深呼吸を一つ。
そして──
そっと、私の手を握った。
指先から腕へ、そこから一気に心臓へ。
暖かさがじわじわと押し寄せる。
「……え、ゆうまくん」
YM「……握ってええ?」
ユウマくんの声が、いつになく弱い。
私は思わず笑ってしまった。
こんなに堂々としてるのに、
こんなにダンスは完璧なのに、
こんなにファンの前では頼もしいのに、
私の前では、どうしてこんなに不器用なの?
「もう握ってるよ笑」
そっと、握り返す。
その瞬間、ユウマくんの指先が小さく震えた。
胸がぎゅっと痛くなるほど愛しくて、
私はその震えを包み込むように手を重ねた。
YM「……妃夏。今日、どうしても言いたかったことある」
「うん」
YM「好きやで」
真正面から、逃げずに。
目を逸らしたのは私の方だった。
「……知ってる笑………私も、好きだから。ユウマくんのこと」
言葉にした途端、あの出会った日のざわざわが、
今度は胸の奥で確かな鼓動に変わっていく。
YM「これから……忙しくても、離れんといて」
珍しく頼るような声。
「離れないよ」
その返事が自然と口から出ていた。
しばらく黙ったまま、ただ手をつないでいた。
アイドルとしての時間が動き続けているのに、
この階段だけ、世界が止まっているみたいだった。
その後、メンバーの元に戻った時。
何も言っていないのに、隣に座ったEJくんがクスッと笑って小声で言った。
EJ「……妃夏、顔真っ赤だよ?」
「えっ、べ、別にっ……!」
ユウマくんは横で、何食わぬ顔をしながら口元だけ小さく笑っていた。
あの震える手から始まった温度は、
まだ、冷める気配がない。
その日つないだ手は、
これから何度も離れたり、また繋ぎ直したりしながら、
やがて二人を“恋人”と呼ばせるようになっていくことを──
この時まだ私は知らなかった。