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練習が終わると、ビルの外はすっかり暗くなっていた。
冬の夜の空気は冷たくて、吐く息が白い。
メンバーも帰り支度をしている中、
妃夏は楽屋のソファでぼんやりスマホを見つめていた。
YM「……妃夏、帰らんの?」
声の主はユウマくん。
濃いパーカーのフードをかぶって、髪が少し乱れている。
「あと少しだけ。外寒そうで……」
YM「ほな、送ったるわ」
何でもない風に言うくせに、耳まで赤いのが丸わかり。
「いいよ、一人で帰れるし」
YM「あかん。夜やし。……心配やねん」
その言い方がずるくて、胸がぎゅっとなる。
二人で事務所を出ると、
通りの街灯だけが頼りの、静かな冬の道が広がっていた。
手袋越しでも指先が冷たくて、
自分の手をぎゅっと握りしめた。
YM「妃夏、寒いん?」
「ちょっとだけ……」
YM「……こっち来て」
ユウマくんがそう言って、歩幅を小さくしてくれる。
ほんの少し肩が触れる距離。
私たちの影が、白い舗道に寄り添うように伸びていた。
YM「今日な」
不意にユウマくんが口を開いた。
「ん?」
YM「ずっと、言おうと思ってたことある」
ユウマくんは立ち止まって、私の方を向いた。
街灯に照らされて、横顔が妙に綺麗に見える。
YM「妃夏……今日も可愛かった」
「っ……急に何?」
YM「なんとなく。言いたくなったから言うただけや」
言葉は素直なのに、声が少しだけ震えている。
それが、ずっと胸の奥をざわつかせていた理由だった。
沈黙が落ちる。
冬の夜って、どうしてこんなに音が少ないんだろう。
息を吸って、ユウマくん見た。
その瞬間、ふっと風が吹いて、
ユウマくんのフードが少しだけ揺れた。
YM「妃夏」
名を呼ぶ声が、いつもより低くて柔らかい。
ユウマくんが一歩近づいた。
心臓が一気に暴れ出す。
YM「……キス、してええ?」
声が震えて、目が揺れていて、
でも逃げる気配は一つもなかった。
言葉が出なかった。
ただ小さく頷くことしかできなかった。
ユウマくんの手が、そっと私の頬に触れた。
手袋越しの温度が思ったよりも優しくて、
その優しさに胸が痛くなる。
そして──
ゆっくりと、触れた。
ほんの一秒にも満たないくらい短い、
でも人生で一番大きな一秒。
唇が離れた瞬間、
ユウマくんは慌てて視線を落とした。
YM「……ごめん、雑やった?」
「ううん……すごく、優しかったよ」
声が震える。
体の芯から熱くなる。
涙が出そうになる。
YM「妃夏……」
呼ばれるたび、全部がほどけてしまいそうだった。
YM「次は……ちゃんとすんで」
ユウマくんはそう言うと、照れ隠しみたいに小さく笑った。
その笑顔が、胸の奥に一生残る音を立てる。
私たちはまた歩き出した。
けれど、手はつながなかった。
つないだらきっと、
そのまま離れられなくなるって分かっていたから。
あの日のあのキスは、
冬の夜にそっと落ちた、小さな約束みたいだった。
これから二人がどんな未来を選ぶかなんて、
まだ全く分からなかったけど──
確かにあの日、
恋ははっきりと形になった。