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## 第8話:共鳴の鼓動
静寂が支配するはずの廃都のドーム内は、いまや死神の吐息のような、不気味なサーチライトの光に蹂躙されていた。
プロト・ウイングエックスは、先ほどまでの激しい暴走の反動でシステムが沈黙し、巨体を横たえたまま動かない。コクピット内は非常用の赤い予備灯だけが細く灯り、ゼロ・ドラートの焦燥に満ちた顔をどろりと赤く照らし出していた。
「……クソッ、よりによってこんな時に……! 頼むぜ、動けよ、このデカブツ!!」
ゼロは何度も再起動スイッチを叩くが、メインモニターには「SYSTEM RECOVERY: 12%」という絶望的な数字が表示されるだけだった。ハッチの外、立ち込める砂塵の中からゆっくりと現れたのは、重厚な威圧感を放つ**漆黒のガンダム**だった。
ウイングエックスと対をなすかのようなその禍々しい機体は、巨大なヒート・トマホークの刃を赤熱させ、一歩、また一歩と死を刻む足音を響かせて歩み寄ってくる。
『――死を待つ間に、自らの罪を数えるがいい。禁忌の地に触れた報いだ』
外部スピーカーから響く敵パイロット、ルカスの冷徹な声。その声がドームの壁に反響するたびに、ゼロの生存確率は物理的に削り取られていく。熱せられた斧が地面のコンクリートを焼き、不快な音を立てる。
「……ゼロ」
不意に、隣に座るミラが、震える声で彼の名を呼んだ。彼女は相変わらず膝を抱え、小さく震えていたが、その大きな瞳には恐怖を押し殺した強い決意が宿っていた。彼女はそっと、死んだように冷たくなっているメインコンソールに、両手を重ねた。
「……あの子は、怒ってるんじゃない。怖がってるだけ。独りになるのを、また誰かに……あんな風に、道具にされるのを……」
ミラのニュータイプとしての感応波が、機体の深部に眠る「真の意識」へと染み込んでいく。それと呼応するように、ゼロの脳裏に、この機体が経てきた孤独な歳月が、暴力的なフラッシュバックとなって流れ込んできた。
暗い研究施設、繋がれたパイロットの悲鳴、そして自分を「兵器」としてしか見ない人間たちの冷ややかな眼差し。
「……そうか。あんたも俺と同じ、ただの『はみ出し者』だったんだな」
ゼロは、力任せに操縦桿を握るのをやめた。代わりに、相棒の肩を叩くように、優しく、しかし力強くコンソールへ語りかけた。
「おい、ガンダム。俺もあんたも、誰かの部品なんかじゃねえ。俺たちは、俺たちの意志でここに立ってるんだ! ……死んでたまるか。俺と一緒に、あんなスカした野郎をぶっ飛ばして、自由を掴み取ろうぜ!!」
その瞬間だった。機体の奥底から、眠れる獅子が目を覚ましたような、魂の咆咆が響き渡った。
『――USER SYNC: COMPLETE. ALL SYSTEMS REDESIGNATING.』
モニターが鮮烈な輝きを取り戻す。カメラアイが、憎悪の赤から、澄み渡るような黄緑色の光へと一気に変わった。その輝きは、漆黒のドーム内を昼間のように照らし出す。
「――よっしゃぁぁぁぁ!! 動いた、動いたぜ!!」
ゼロは、機体から伝わる爆発的なパワーを感じ取り、叫んだ。全身の毛穴が開くような高揚感。死の淵から舞い戻った喜びが、彼の血を沸騰させる。
「あはは! 最高だぜ! 身体が軽い……まるで、あんたが俺の腕になったみたいだ!」
漆黒のガンダムが振り下ろしたヒート・トマホーク。必殺の一撃を、プロト・ウイングエックスは最小限の挙動で、踊るように回避した。逆に左腕のシールドを敵の懐へと叩きつけ、金属がひしゃげる激しい衝撃をドーム内に撒き散らす。
「お返しだ! 喰らいやがれっ!!」
ガギィィィン!!
敵機はドームの壁まで吹き飛んだ。背部に装備された2門のブラック・キャノンは、再起動の負荷でまだ沈黙している。だが、今のゼロには、そんな切り札さえ必要ないと思えるほどの力が漲っていた。
「ミラ、しっかり掴まってろよ! こっから先は、俺たちの独壇場だ!」
ゼロは不敵な笑みを浮かべ、機体を加速させた。シールドからバスターソードの光刃を形成し、廃都の瓦礫を蹴り立てて肉薄する。漆黒のガンダムを操る謎のパイロットは、先ほどまでの「動かぬ鉄屑」が、まるで生き物のように躍動し始めたことに驚愕を隠せなかった。
『バカな……!? 人間があのシステムを掌握したというのか!?』
「掌握だの何だの、難しい言葉は分からねえ! 俺はただ、このガンダムと一緒に暴れたいだけなんだよ!!」
光の刃が、漆黒の装甲を切り裂き、火花が夜の華のように散る。ゼロの動きは、ゼロ・システムの予測を遥かに超えた、野生の直感に満ちていた。一進一退の攻防が続く中、プロト・ウイングエックスの圧倒的な機動力が、徐々に敵を追い詰めていく。
「これで終わりだぁっ!!」
ゼロがトドメの一撃を放とうとしたその時、漆黒のガンダムは足元にスモークディスチャージャーを投げつけた。
『……今日はここまでだ、少年、貴様のその「熱」、いつまでも持つと思うな。また会おう、死地を共にする日が必ず来る』
煙に紛れ、漆黒のガンダムはドームの崩壊した天井から、影が溶けるように脱出していった。ゼロは追撃しようとしたが、機体の各部からオーバーヒートのアラートが鳴り、無理をいさめた。
「ちっ、逃げ足の速い野郎だぜ……。まあいい、あんな奴、次会った時にまた叩き潰してやる!」
戦いが終わり、ドーム内に静寂が戻った。ゼロは操縦桿を離し、晴れ晴れとした顔でミラを見た。ミラは何も言わず、ただ静かに頷いた。その瞳には、恐怖の代わりに、ゼロへの確かな信頼の火が灯っていた。
「……行こうぜ。あんたの言ってた、霧の谷ってところへさ。この機体を、もっと最高な状態にしてやらねえとな」
廃都を後にするプロト・ウイングエックス。朝焼けの光を浴びたその姿は、もはや呪われた遺産ではなく、一人の少年と少女の希望を乗せた、本当の「翼」に見えた。
**次回予告**
霧の谷へと向かうゼロとミラ。
だが、その旅路は決して平穏ではなかった。
新たな出会いと別れ、そしてガンダムの秘密を知る老賢者ガドルフ。
次回、『霧の谷の老兵』
**「この機体(やつ)の本当の力は、こんなもんじゃねえはずだ!!」**