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## 第9話:霧の谷の老兵
深い、あまりにも深い霧だった。
プロト・ウイングエックスのセンサーですら視界を遮られ、モニターにはノイズ混じりの灰色の世界が広がっている。ゼロ・ドラートは慎重にスラスターを吹かし、急勾配の谷底へと機体を降下させていた。
「……っつーか、マジでこんな場所に人が住んでんのかよ? 視界は最悪、足場はグズグズ。ジャンク屋の勘じゃなきゃ、とっくに崖下に真っ逆さまだぜ」
不平を漏らしながらも、ゼロの操縦には迷いがない。昨夜の戦いで機体とのシンクロを深めた彼は、指先一つで巨躯を自在に操っていた。膝に置かれたミラの小さな手が、微かに震える。彼女は無言のまま、霧の奥に潜む「何か」をじっと見つめていた。
やがて、谷底のわずかな平地にたどり着く。そこには、岩肌をくり抜いて作られた巨大な格納庫らしき扉と、古びた平屋が佇んでいた。
ゼロは機体を接地させると、慣れた手つきでシステムをスリープ状態にする。バギーをあそこに残してきた以上、今の彼らにはこの「白き暴君」が唯一の足であり、家でもあった。
「よし、着いたぜ。降りるぞ、ミラ」
ハッチが開き、冷たい湿った空気がコクピットに入り込む。ゼロが先に地面へ降り立ち、続いて降りてきたミラの体を受け止める。
二人が地面を踏みしめたその時、格納庫の陰から一人の男が姿を現した。
使い込まれたオイルまみれの作業着に、顔を刻む深い皺。白髪混じりの短髪。その男――**ガドルフ**は、手に持ったスパナを肩に担ぎ、鋭い眼光でゼロと背後のガンダムを射抜いた。
「……。騒々しいと思えば、とんでもない死神を連れてきたもんだ。そいつをここまで歩かせてきたのは、お前か、小僧」
ゼロは怯むことなく、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。こいつを直せるのは、この谷に住む偏屈なジジイだけだって聞いたもんでね。俺はゼロ、でもってあんたがその『伝説のメカニックのガドルフ』か?」
「そうだ、それよりも伝説だと? 冗談はやめろ。俺はただ、時代に取り残された老兵に過ぎん」
ガドルフは鼻で笑うと、プロト・ウイングエックスに近づき、その脚部の装甲を愛おしそうに、あるいは忌々しそうに撫でた。
「……あのアカシアの廃都を通ってきたな。機体から、あの街の『死臭』がする」
ゼロの表情が引き締まる。第7話で自分たちを飲み込もうとした、あの呪われた廃墟。
「……あんた、あの街のことを知ってるのか」
「知っているどころか、あの地獄を作った片棒を担いでいたのは俺だ。あそこはな、小僧。人間を部品としてゼロ・システムを完成させるための、巨大な生体実験場だった。お前が乗っているその機体は、その実験の完成形であり、最も多くの犠牲を喰らって目覚めた『最初の悪魔』だ」
ガドルフの声は、重く、静かに谷間に響いた。
彼は語り始めた。かつての連邦軍が、ニュータイプの感応波を強制的に増幅し、それをサテライトシステムの照準と、ゼロ・システムの予測演算に転用しようとした狂気の計画を。プロト・ウイングエックスは、その全てのデータを取り込むための「器」として設計されたのだという。
「若造。お前はこの機体が何を喰らって生きてきたか、知っているのか?」
ガドルフがゼロの胸ぐらを掴むようにして問い詰める。
「それはな、希望だ。未来だ。あのアカシアに閉じ込められ、システムの一部にされた少年少女たちの、生きたかったという意志だ。お前が操縦桿を握るたび、その魂が削り取られていく。それがガンダムWX……ウイングエックスという機体の正体だ」
沈黙が流れる。ミラが顔を伏せ、プロト・ウイングエックスを見上げた。
だが、ゼロはガドルフの手を力強く振り払った。
「……へっ、重苦しい話だな。だがよ、ジジイ。過去がどうだの、犠牲がどうだの、そんなのは俺には関係ねえよ」
ゼロは自分の拳を、ガンダムの脚部へ向けた。
「コイツが誰を喰らってきたのかは知らねえが、今、コイツを動かしてるのは俺の意志だ。こいつのシステムが俺を飲み込もうとするなら、俺がその倍の力で叩き伏せてやる。……ミラだって、こいつの中に『温かさ』があるって言ってたんだ。あんたたちが作った『悪魔』を、俺が『最高の相棒』に変えてやるよ」
ガドルフの目が、驚きにわずかを見開かれた。その後、彼は枯れた声をあげて笑い出した。
「ガッハハハ……! 傑作だ。アカシアの呪いを、ただの『ガラクタ』扱いするとはな。……いいだろう、小僧。お前のその傲慢さが、どこまで通用するか試してやる」
ガドルフは格納庫の巨大な扉を開いた。そこには、最新鋭の設備と、どこかプロト・ウイングエックスのパーツを想起させる、洗練された予備部品が並んでいた。
「俺の腕を信じろ、小僧。このガンダムを、呪いから解き放ち、本当の姿に戻してやる。……ただし、その代償は安くないぞ」
「代償だぁ? ジャンク屋を舐めるなよ。俺の命と、この腕で足りないってんなら、月でも取ってきてやるよ!」
霧の谷に、火花の散る音が響き始める。
一人の少年と、一人の老兵。そして、過去を背負った少女。
彼らの手によって、プロト・ウイングエックスは、真の覚醒への一歩を踏み出そうとしていた。
**次回予告**
谷を切り裂く轟音。ついにその正体を現す、最強の追撃者。
ガドルフの遺した最後の装備が、ウイングエックスに真の『翼』を与える。
ゼロとミラの心が重なる時、黄金の光が霧を晴らす!
次回、『遺された残光:黄金の飛翔』
**「これが……俺たちの本当の翼か!」**
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