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「ほら」
放心して動けない私を見て、山梨さんが目を細めて笑った。
「“悪い男”やって言ったやん。せっかく教えてあげたのに、近づいてきたのは沙織ちゃんやからな」
言って、山梨さんが私を引っ張り上げる。
「濡れるで」
拾った傘をさしてくれ、また胸がきゅぅぅぅっと締めつけられる。
あぁぁぁ、なにこれ現実?
だめだ信じられない、キラキラの中にいるみたい、本当のことと思えない……!!
(……えっ、でも待って、)
さっき山梨さん―――私のこと『沙織』って言ってなかった……!?!?
えっ、えっ、聞き間違い?
私の妄想???
(はっ、っていうか、もしかしてっ)
き、き、ききききき、キスしたのもっ、もしかして私の妄想オチとか!?!?
そう思った瞬間、頬をつかんで思いっきり引っ張った。
(い、痛い……)
「ちょ、なにしてるん!」
山梨さんの手が伸びてきて、涙目で頬を引っ張る私の手をほどいた。
「い、いや、夢かと思ってっ」
「なんやそれ、夢ちゃうって」
「じじじじゃあ、なんで、えっ!?」
「さぁなー」
「山梨さんっ」
相変わらずはぐらかされてるっ。
やっぱり本心は言ってくれないの?
(でも、)
山梨さんのほうから近づいてくれた……!
あの山梨さんがっ!
山梨さんからだよっっ!?
今こんなに近くにいて、目の前で笑ってくれてるのは……私の妄想じゃない!!
たぶんだけど、興味を持ってもらえた感じだってしてるもん。
それって―――……モブ的存在からめっちゃ昇格してない!?
“オトモダチ”でいいってことは、知り合いレベルからの昇格は間違いないよね。
それ以上の関係にだって、なれるかもしれないってことだもん!
(やっとそこに立てたんだ――――!!)
じじじじゃあ、これから私たちの恋物語がスタートする、ってことですよね!?
夜に『連絡したいなぁ、しようかな』ってスマホを見てたら、山梨さんからメッセージがきちゃったりして……!
『なにしてるん?』って聞かれて、返事しようとしてたら、画面が着信に変わって!
『なにしてた? 沙織ちゃんの声聞いてから寝ようと思って』
とか言われちゃったりして――――っっ!!
(きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!)
やばいやばいやばい、それじゃあ私が眠れなくなっちゃうよ!
夜のささやきボイスはやばいっ。
お互い寝落ちするまで、電話つないでおくとか!?
うわぁっ、カレカノ感ある―――!!
交際スタートの予感っ、一年後にこの公園でプロポーズされるかもっ!
それからそれから――――。
「ちょ、めっちゃ顔ニヤけてるやん」
「……へっ!?」
「なに想像してたんー。俺のこと?」
「えっっ!? あっ、いやっ」
やばいっ、結婚&ハネムーンまで考えかけてたのがバレた!?
さすがに性急だって呆れられちゃうっ。
(にやけちゃダメ、抑えてっ)
急いで真顔をつくったけど、動揺してめちゃめちゃ目を見開いちゃう。
その上謎に固まっちゃったから、山梨さんがぷはっと吹き出した。
「息! 息して」
「はっ!」
「ほーんま、沙織ちゃんは嘘つかれへんなー。そういうとこも見てて楽しいけど」
「!! ややや、やっぱり“沙織”って言ってますよねっ。私の聞き間違いじゃな―――」
「さ、もう車戻ろーか。なんだかんだでお互い濡れてきたし」
私の言葉を遮り、山梨さんが前を向いた。
えっ、今まで笑ってくれてたのに、またスルー!!
山梨さんあまのじゃく―――!!(泣)
内心泣き叫びながら歩き出そうとした時、山梨さんが傘を持つ手をかえた。
なんだろうと横目で見た瞬間、右手が温かいものに包まれて――――。
「!!!」
身体が前へ出た。
山梨さんの手に引かれ、前へと進んでいる。
「!!!!」
ややや山梨さんに、手をつながれてる……!!
えっこれ現実なの?
……夢じゃない―――っ!!
(ふわぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあっ!!)
こんなの完全にカンチガイしちゃいますよ、それでもいいってコトですかっ!?
ていうか、のらりくらりかわされてたのに、距離の縮め方おかしくないですかっ!?
距離感バグってるっ、これが恋愛上級者!?
キュンキュンしすぎて無理っ、しんどい……!!
相合い傘+手をつないでるなんて、どこからどう見てもカップルじゃないですかっ。
期待しないほうが無理ですよ!
山梨さんの考えはわからないけど、私はもう『オトモダチ』以上だと思うんですがっっ。
「や、山梨さん」
「んー?」
「いいんですかっ、こんな思わせぶりな態度とって」
心臓バクバクで山梨さんに尋ねれば、含み笑いが返ってくる。
「興味あるねんなー。沙織ちゃんに」
「それなら、覚悟するのは山梨さんのほうですよっ!」
離れたいとか思っても逃がさないですからっ!
逃げられると思わないでくださいねっ!!
キッと眉間に力を入れて山梨さんを見れば、山梨さんが横目でこちらを見る。
「おー、楽しみにしてるわ」
(そ、その目っ!)
楽しそうだけど、やっぱりイジワルっ。
それでもカッコいいしドキドキするなんて、めちゃズルい―――!!
なにか言いたかったのに、心拍数がやばくて声が出ない。
だからかわりに、山梨さんの手をぎゅっと握り返した。
うぅ、相手は私以上の恋愛マスターだ。
だけど、ほかでもない山梨さんに“だれか”みたいにじゃなくて、私は私らしくでいいって言われたんだ。
チャンスはあるっ!
私の持ち味はポジティブなところっっ!!
(成せばなる! やって出来ないことはないっ!)
絶対絶対、山梨さんに好きになってもらうんだ!
滝沢沙織、24歳!
全力で、山梨さんのハートをゲットしに行きますっ!!!
ぽちゃティブ! - 完 –
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