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神々廻は最近、南雲の様子がおかしい事に気が付き、首を捻っていた。
仕事に大きな支障があるわけではない
ORDERの仕事は確かに気の抜けないことが多い、しかし、あの南雲がヘマをするわけもないのだが…モチベーションの起伏がおかしい事になっている
ある日は、やる気に満ち「僕!今日は早く帰るからねっ!」と宣言するほどだったのに…別のある日は、目に見えて落ち込み「きっと、今日の僕の運勢最下位だよ〜」とまともに働かない、因みに本当に最下位だった。
そんな南雲の気分に振り回されるのは、よく一緒に派遣される神々廻と大佛だ
大佛の方は南雲に無関心だが、事の多くの皺寄せは神々廻に来る…要は、話し相手にされる
ほとんど南雲の独り言なのだが、その合間合間に、合いの手を入れてやらないとエンドレスリピートな上に「ね〜!シシバ〜聞いてる〜?」とだる絡みが入る
そんな日々が続いていた…ある日
(なんや、アイツ…仕事中にスマホじり回して…)と、南雲の様子を見ていると、何やらホームページを読み込んでいたようだ
通り過ぎざま、そのページを覗き見ると【添い寝屋/リラクゼーション・GoodSheep】と言うのが見えた。
添い寝屋?リラクゼーション?もう既に言葉の意味からして怪しげで、そんなホームページを南雲はニコニコしながら眺めている
あの作り笑いではなく、本物の笑顔だ…一緒に現場を回る神々廻ですら中々見ない笑顔なのだ
全く…気になら無い…──訳がない
そして、ふと思った…南雲のモチベーションは、アレにより変動があるのではないか?と
「え〜っと…GoodSheep?やったけ?」
仕事が終わり、家に帰った神々廻は、さっそく検索エンジンに【GoodSheep】と打ち込む
すぐに出たきたホームページには、【皆様に良い睡眠を…】とフレーズの次に【初回利用のお客さまへ】と言うものがあった。
ますます怪しかったが、規定内容には、ただ眠れ無い人のために添い寝をすると言う事らしい
…慎重派な神々廻だったが、心のどこかで癒しを求めていたのだろうか
登録に必要な手続きを終えると、キャストの選択画面にまで来ていた。
「はぁ〜…初回の方は枠内からかぁ、意外としっかり作り込まれとるんやな」
綺麗系も美人系も可愛い系も…ある意味、毎日見慣れた南雲と大佛の顔が整い過ぎているため、スタンプで隠れてい無いところだけを見てもピンとこない
スクロールを繰り返しているうちに男性枠に入っていた。
…ここで話は変わるが、ORDERの情報はほぼ共有という事になっている
つまり、南雲が知っている情報はほとんど皆が共有している情報となる…それを覚えているかどうかは個人に委ねられるのだが──【朝倉くん】に気付かない筈がなかった。
だぼついたパーカーと、世間で言うガオーポーズで写った写真にスタンプで隠れた顔
会った事のない人物ではあったが、確実にそうだろうと思っていると【特技:マッサージ(リラクゼーションセラピストの試験受かりました!)】と書かれている
一体どんな試験なのかは分からないが、神々廻は【朝倉くん】で【朝まで添い寝:朝食付き】を選択していた。
シンの基本情報は既に頭の中にある
エスパーである為、人の思考が読めると言うことと、坂本を大変慕っていること
出来るだけ、坂本と南雲を考えないようにしよう…と思いながら過ごしていると、その日の南雲は落ち込んでいた。
「はぁ…」
「……」
「はぁ〜…」
「………」
「は〜〜〜〜〜ぁ…!!」
「なんやねん!さっきからうっとーしー!!」
「あ、聞いてくれる?」
「聞くまでそのため息止めんかった気やろ…で?なんや」
「実はさぁ、今日本当だったらお気に入りの子と一緒に過ごせる筈だったんだけど、その子の予定が全部埋まっちゃってて〜」
「おー、そっか…残念やったな」
「ホント、その子ったら他の人ともすぐ仲良くなっちゃうし、最近また常連客が増えたみたいで、中々空いてる日に予約取れないの」
「…お前、それ、デリヘ──」
「デリヘルじゃないもん!ちゃんと健全だもん!!」
「もんとか言うな気色悪い…あー、で?もしかしてお前、それで今日そないなテンションなん?」
「そー…ねぇ、シシバ〜、仕事終わったら飲み行かない?その子についての悩み聞いて〜?」
「嫌やし、無理…俺も今日は予定あんねん」
「え〜!?シシバに予定!?」
「あ”?お前、俺のことなんやと思ってるん?予定ぐらいあるわボケ!」
「え?因みにどんな予定?ついていって良い?」
「良い訳あるかアホ!!」
ダル絡みする南雲から逃れ、神々廻は急いで帰宅の準備をする…しかし、そういう日に限ってフローターの処理が入ってしまうのだ
こちらが遅れる場合の連絡手段が無いというのが、このサイトの難点といったところか…
軽く30分ほど待たせる事になってしまい、神々廻は夕食を宅配サービスに任せ、自宅へと戻った。
神々廻の家は、エントランスホールがあるマンションだ
エントランスを開けるには、住民の鍵かインターホンを押しての解錠しかない…急いでエントランスに入ると、見覚えのある顔が壁に寄りかかっていた。
(やっぱり待たせてもうたか…!!)
「…あの〜、シシバさん?ですか?」
「あ、あぁ!はい、あの…君…」
「GoodSheepの朝倉です」
「待たせてもうて、申し訳ない!!」
(30分も経ったら普通帰ってしまうやろうに)
「いえいえ、そんなに謝らないで下さい!!」
頭を下げて謝るシシバに、朝倉は頭を上げるように言う
顔を上げれば綺麗な金髪がエントランスのライトに照らされている
「あのサイト、お客様からの連絡方法がお問い合わせフォームしかないから一方通行になっちゃうんですよ!だから気にしないで下さい!」
「ほんま、申し訳ない…えっと、じゃあ…家行こか?」
(夕飯がデリバリーで申し訳ないわ、もっと良いもん用意したればよかった…)
「はい!…あ、そうだ──お帰りなさい、シシバさん」
「あ〜…ただいま、朝倉くん」
(なるほど、この子が人気になるの分かるわ…)
第一印象はとても良い、ハキハキとして愛想もいい
エントランスを抜け、家の鍵を開けて部屋へと案内すると「お邪魔します!」と挨拶をして朝倉は家に上がった。
「改めまして、GoodSheepの朝倉です!一応会社の規定なんでコースの確認しますね!!」
「あぁ、説明があるって書いとったなぁ」
「はい!規約しっかり読んでくださってるんですね!ありがとうございます…お客様のお名前はシシバさん、朝まで添い寝:朝食付きコースですね!
朝ご飯は、目玉焼きかオムレツになっちゃうんですけど…アレルギーとか大丈夫ですか?」
「特にアレルギーはないで」
(あ、玉ねぎ系は絶対NGやけど…家に置いとらんし伝えんでもええか)
「わかりました!」
若干の背徳感を覚えるのは、きっとシシバが一方的にシンの情報を知っていると言う事と、朝倉が実年齢より幼く見えるからだろうか…
リビングに入ったシシバは、部屋の電気とエアコンを付けると冷蔵庫から飲み物を取り出し、朝倉に差し出す
「後5分で届く筈や…ほんま、あんな所で待たせてもうて申し訳ない」
「全然大丈夫ですよ!ちゃんとご飯用意してもらえるだけでもありがたいんで!!」
「…朝倉くん、仕事の日以外もちゃんとご飯食べてはる?」
「ちゃんと食べてますよ!……あ!!俺のことチビだと思ってますか!?」
「ちゃうよ、そんなご飯なんかで嬉しそうにされるとは思ったらんかったから」
「たかがご飯かもしれないですけど、毎日食べれるってありがとうことっすよ?」
「ぐうの音も出んわ……あぁ、せや、今のうちに交通費出しとくわ」
「分かりました!往復で2000円です!!」
そんな会話をしているとインターホンが鳴り、デリバリーが届いたことを知らせた。
食事を受けとったシシバは、朝倉にどちらが食べたいかと差し出す…牛頬肉の赤ワイン煮パスタと高級チーズのカルボナーラ
それを見た朝倉は「あ…」と小さく声を発すると、牛頬肉の赤ワイン煮パスタを手にとった。
何かあっただろうか?とシシバが首を傾げると、朝倉は「シシバさんはカルボナーラの方がいいかなぁって?」と言う
…そういえば急いで選択していたせいで成分表を見ていなかった。
注文した店のサイトを見ると、牛頬肉の方に【すりおろし玉ねぎ】という文字が見え、シシバの身体にサブイボが立つ
「うわ、玉ねぎ食べるとこやったわ…俺、玉ねぎ嫌いやねん」
「すりおろされてたら余計にわからないっすよね!」
嫌味なく笑う朝倉に、シシバも少し緊張がほぐれた。
パスタと付け合わせのスープを口にしながら、仕事に関わらない程度に世間話をしている
朝倉の話しやすさと人懐っこさで、初回客用のキャストとしては申し分ない人選であると、シシバは感じた。
(これは確かに、アイツも気にいるし常連客にもなるわ…)
「…シシバさん?」
「ん?どないした?」
「添い寝屋は…誰かにオススメされたんですか?それともご自分で調べて?」
シシバの思考を読んだ朝倉が、カマをかけた。
大体はこうして少し揺さぶるだけで、相手は動揺し誰かからの紹介だったかと考えてしまうところだが…
シシバもORDERのメンバーなのだ、そんなことで思考を読ませるほど愚かではない
「最近仕事がきつくてなぁ、良い安眠方法ないか調べ取ったら【GoodSheep】に行き着いた感じやなぁ」
(部下にもアクビが多いゆわれてたし、こんなサービス見つけられてラッキーや)
「シシバさん、すごくお仕事出来そうですもんね!」
(どっちにも取れる回避されたな、Xのこともあったし…でも、良い人そうだしなぁ…)
少し悩むような素振りを見せた朝倉に「どないしたん?」と、声をかけると焦りつつも「いえ、なんで俺を指名したのかなーって思って!」と返した。
それもそうだ、普通なら男性客の多くは女性キャストを選ぶ…──ある意味、男性キャストを男性客が選ぶというこの状況が中々稀なのである
男性客ばかりに指名をされている朝倉自身も、最近になってやっと疑問に思い始めたことだ
「それは…朝倉くんの特技がマッサージやったから」
「へ?」
「プロフィールに書いとったやろ?マッサージ得意って」
「…そういうことか!!」
やっと合点が行った!と言わんばかりに頷く朝倉だが、客の大半がそればかりでは無いと、自覚した方がいいのではないか?とシシバは考えた。
しかし、朝倉はその思考が見えていないのか(早とちりしなくって良かった〜)と安堵している
夕食を終えて、風呂にでも…とシシバが立ち上がると、朝倉はバスオイルをいくつか取り出した。
「こっちのハーブ系とカモミール系だったらどっちが良いですか?」
「へぇ、良い香りやな…じゃあ、こっちのカモミールにしとこうか」
バスオイルを数滴浴槽に垂らした朝倉は「しっかり体温めてくださいね!」と残しリビングへと戻っていった。
香り一つでこんなにリラックスできるのか…と、さっぱりした気分で風呂から上がると、スウェットを抱えた朝倉はシシバと入れ替わるように浴室へと向かう
15分ほど経ち、朝倉も風呂から上がって来ると「じゃあ、マッサージしましょうか!」とシシバを寝室へ促した。
寝室にはセミダブルのベッドがあり、それを見たシシバは「あ〜…狭いかもしれんなぁ」と朝倉に告げた。
しかし、これは添い寝なのだ…身体を寄せ合う事になるためセミダブルほどあれば問題はない、それを朝倉が説明した後
「あ、でも…抵抗あるようだったら言ってください!」
「いや、ないない…添い寝頼んでる時点でそれはない」
(朝倉くん、思ったより天然なんかな…心配になるわ…)
「あ!それもそうか…じゃ、じゃあ!マッサージするんで!うつ伏せになってください!」
シシバは朝倉の言う通りに、うつ伏せになると「特に凝ってるなーってところあります?」と声を掛けられた。
自覚症状があるところは肩だろうか…それを告げると、朝倉はゆっくりと首元と肩を揉み込んでいく
「痛いとかないですか?」
「う”〜…気持ちえぇ、もっと強くても…お〜…朝倉くん店やらん?整体の…俺、常連なるで」
「あはは!昼は別の仕事してるんで、それに…ほぼ趣味ですし!これぐらいがちょうどいいですよ〜」
そんな世間話を楽しみながらマッサージを受けていると、朝倉の指が―グリッ―と背中の一点を指圧した。
「い”っ!?」
「あ、ここ痛いっすか?」
「な”、なんのツボなん?そこ…めっちゃ痛かったわ…あ”〜…!!」
「ストレスのツボです、因みに、ここは頭痛ですねー」
「う”がっ!?」
「ここ痛い人って、優しいが多いんですよ〜何でも責任感持っちゃうんで〜」
「あ”、朝倉くん!ホンマ!一旦ストップ!!」
「もうちょっと我慢してくださーい」
「こんなん拷問や”〜っ!!」
十分に解れたのだろうか、やっと痛みから解放されたシシバがベッドの上で伸びていると…自分の体の変化に気が付いた。
頭がスッキリとしており、慢性的にあった首後ろにあった吊る感覚が無くなっている
それどころか、上半身を持ち上げた時の重さが半減し、立ち上がっても自分の身体の軽さに驚いた。
「朝倉くん、次回も絶対指名させてもらうわ…」
「固定客増えてもらえると、こっちとしては嬉しいんで!是非!!」
にかっ!とはにかんだ朝倉は、背伸びをした後、寝室にかかった時計を見た。
寝るにはちょうどいい時間だろう…
シシバが横になると、向かい合うように朝倉が布団の中に潜り込む、金色の髪がシシバの顔の下にある
「お、おぉ…ど、どう、腕どうしたらええの?」
「抱き枕とか使ったことあります?そんな感じでいいですよ?…本当だったら向かい合うよりいい体勢あるんですけど、今日はこれで!」
「そ、そうか…」
「あ!明日は何時に起きますか?」
「七時かな…?」
シシバは恐る恐る朝倉の脇に腕を通し、抱き締める
程よく柔らかくついた筋肉、柔軟性が高いからか硬い感じもなく抱きやすい細さと暖かさに、ゆっくりと瞼が落ちていく
カモミールの花の香りと自分の家とは違う柔軟剤の香りは、シシバを眠りの谷へと誘った。
………
ザワザワと、胸のどこかが落ち着かない
触れている相手が悪夢を見ている時と同じ胸騒ぎに、触れようと手を伸ばした瞬間…意識から弾き飛ばされた。
「っ!?……はぁっはぁっ」
頭の上で聞こえた詰まる声に、シンが身じろぐと神々廻は「起こしてもうたか…すまん」と謝った。
「…今、何時ですか?」
「三時半やな…ほんま、起こして申し訳ない…」
「怖い夢、よく見るんですか?」
「な、なんで…?」
「そんな気がしたんで…すみません、起こせばよかったですね」
「…ええんや、多分、何年経っても見る事になるやろうし」
「でも…ちょっとでも、見なくなったら…シシバさんも…寝れる、し…」
「せやな…」
「次は、ちゃんと…起こし、ます…ね……」
(いつもならこのまま起きとるんやけど、何でこんなに、眠くなるんやろな…)
再び、胸の奥が騒めく…
恐怖で冷えて行く神々廻の身体の背中を、温かい物がゆっくりと撫でていく
「大丈夫」
神々廻が腕に力が篭ると、胸の辺りが温かくなり…誰かが頭を撫でて、語りかける
頭を撫でられるのはいつぶりだろう…
あの日見た光景が、長く見続けていた悪夢が…──少しずつ短くなっていく
少しの息苦しさにシンの目が覚めると、視界に入った時計は6時を指していた。
起き出すまでにはまだ時間があるが、見上げた神々廻の眉間に皺がより目元に伝う涙を見て、その頭を撫でる
眉間の皺が薄くなり、腕に篭っていた力が抜け、やっとシンが抜け出せる隙間ができ…神々廻の頭を撫でた後、朝食を作る為にキッチンへと向かった。
随分と夜中はうなされていた…背中を撫でて、夢から浮上させて…寝かせて…を繰り返した。
少しは、神々廻を悪夢から救うことはできただろうか?
三回に一回は上手く作れるようになったオムライスを作るために卵を溶き、中に入れる具材を刻んで、完成した朝食にラップを掛ける
神々廻を起こすまでは時間はあったが、シンは静かに寝室に戻ってくると、神々廻の長い髪を透きながら時間になるまで撫で続けた。
………
「……さ…ん」
「シ…バさん…起きて…さい」
「シシバさん、起きてください」
朝倉に背中を撫でられながら目が覚めた神々廻は、ベッドに腰掛けている朝倉を見た。
身体を起こし、部屋の時計に視線を送ると…しっかり午前7時になっており、神々廻は頭を掻く
(あかん、頭回らん…)
「ちょっと、目下、腫れてますね」
「でも、まぁ…何や…スッキリしとる」
「そうですか!よかったです…じゃあ、俺、もう行くんで!朝食はオムレツです!上手く作れましたよ!!」
「それは、楽しみやわ」
荷物を持って立ち上がる朝倉に、神々廻はどこか名残惜しくなり
呼び止めるように「朝倉くん!」と声を掛けた。
「はい?」
「ありがとう」
「え?…どういたしまして!それじゃ!またのご指名、お待ちしてます!シシバさん!!」
手を振って寝室から出ていった朝倉は、神々廻の家を出て、自宅へと向かい歩いていく
リビングへと出た神々廻は、ラップがかけられたオムライスを見て…思わず吹き出した。
「ホンマやw花丸満点やんw」
黄色いオムライスの上にケチャップで描かれた花丸を眺め、神々廻は「今日も頑張るか〜」と伸びをした。
スマホのマップアプリを見ることもなく、通い慣れた道を歩き
目の前のマンションを見上げてから、朝倉はエントランスに入ると部屋番号を押して「朝倉です!」と声を掛ける
スピーカーから『すぐ開けるわ』と返事が返ってくると、ガラス張りの自動ドアが開く
部屋がある階数までエレベーターで上がってチャイムを押すと、白いワイシャツの袖を捲ったシシバが穏やかに朝倉を家に招いた。
「いらっしゃい、朝倉くん」
「お邪魔します、シシバさん!」
シシバは、最近朝倉の常連となった客である
添い寝屋の常連は回数を重ねるごとに、オプションや備考欄の要望を聞いてもらえる様になるというシステムで、定期的に客を絶やさない様に工夫している
その中で「おかえりなさい」と「ただいま」のあいさつを指定する客は多くいるが
今まで朝倉への【備考欄】には全くそういうことを書かない
一度、朝倉からその話を振ったのだが、シシバは嫌味もなく「そないな事しなくても、ええと思うけど?」と言って退けた。
今までにないタイプの客だと思いつつも、何だかそれがとても心地よく感じた朝倉は、シシバを一目置く様になった。
「えっと、今日のコースは…朝まで添い寝:一緒に朝ごはんですね!」
「よろしう」
「はい!」
部屋に招かれ、リビングに入るとテーブルの上には手作りの夕飯が置かれており、テイクアウトの食事じゃないことに朝倉は目を輝かせた。
彩も考えられたオカズに美味しそうな炊き込みご飯、すまし汁に和物やお新香など…
料理の種類は分からないまでも、上品な料理たちに朝倉が「すごく美味しそうですね!」と料理を褒める
「なんや、久々に田舎料理が食べたくなってな…あまり料理せんから不味かったら正直に言うてくれ」
(張り切って作りすぎた、引かれへんかな…)
「この料理が不味いわけないじゃないですか!凄くいい匂いだし、彩も綺麗だし、何より作れるのがスゴいです!」
「いやいや、朝倉くん褒めすぎやって…流石に恥ずかしいわ!」
(こんなに喜んでくれんの嬉しい…ホンマかわええなぁ、朝倉くん)
「え、ぁ……は、早く食べましょう!」
シシバを持て囃していた朝倉だったが、読み取れた感情に顔が熱くなり早く話題を変えようと声を掛けた。
当のシシバは、朝倉に褒められることにそんなに嫌な気はしない、しかも、それがおべっかなしの言葉なら尚更嬉しかったのだろう
料理を「おいしいです!」と頬張る少し頬を染めた朝倉と、シシバもそれを眺めながら作った夕飯を取る
その後も和やかに話をして時間が過ぎていき
二人が順番に入浴の終えると、いつも通りシシバにマッサージをする為に朝倉はベッドへ寝かせ、膝立ちでシシバの腰に跨った。
自分の腰に乗った暖かさにシシバは平静を保つため、明日の仕事の移動のことを考えることにした。
エスパーである朝倉がその思考を読み取ると、マッサージの内容を考える
「今日は背中を中心にしますね?」
「あぁ、よろしう頼む」
いつもの添い寝屋の流れ、あと数分ほどマッサージをしたら一緒にベッドに横になる
顔が熱いのは、きっと風呂上がりなこと、とこうしてマッサージをしているからだ…と朝倉は頭を振り、グッグッと力を込めた。
しっかりと凝りをほぐし、軽くなった肩や腰を確認すると朝倉はシシバの腰から降りた。
「マッサージ終わりです、どうですか?」
「ん、めちゃくちゃ気持ちよかったわぁ…ありがとう」
「どういたしまして!…えっと、明日早いですよね?」
「せやなぁ…6時半ぐらいに起きよう思ってる」
常連となったシシバの添い寝の方法は、固定してきた。
眠りが浅いだろうから…と、朝倉が一度背を向けて添い寝をした時
朝起きて開口一番に「向かい合ってる方が、やっぱりええわ」と照れながらシシバに言われた為、今は向かい合って抱き締めてもらう体勢に落ち着いた。
かけ布団を持ち上げて中に入り込み、朝倉がシシバの胸元に擦り付いた瞬間…シシバがその肩を引き離した。
「シシバさん?」
「あ〜…朝倉くん、先に寝とって」
(あかん、こんなん…朝倉くんに見せられへん…)
急いでベッドから出ようとした背中に、朝倉は急いで裾を掴んだ
読み取った思考と感情がブワッと伝わり身体の熱と顔にたまる熱に驚いていると、シシバも少し赤くなっていた。
ドクドクとうるさい心臓が相手にも聞こえてるような気がして、朝倉は少し視線と下に伏せる
「朝倉くん、ホンマに…今はちょっと…あかんねん…」
(こんな童貞みたいな反応するとか、どんだけ拗らせとんねん…俺は!)
「シシバさん!」
必死に呼び止める朝倉にやっと振り向いたシシバは息を飲んだ
耳の先まで赤く染まった朝倉のその顔に、シシバの心臓が跳ね、手をその頬に添えていた。
「朝倉くん…そないな顔したら、食ってくれ言うとるのと同じやで?」
「あの!なんて言うか…月並みなこと言うかもしれないんですけど…シシバさんなら、俺、いいです!」
「…あかんって」
「ダメですか?あの、男じゃ…やっぱ…無理ですか…?」
こんな風に声をかけるのは始めただった。
しかも、添い寝屋の客である男を誘うような…──朝倉は、添えられた手に擦り付き…シシバを誘う
自分でも、まさかこんな風に客である男を誘うとは思っていなかった。
「朝倉くん…覚悟しい…」
頬に添えていた手を滑らせ、頭の後ろへと回すとシシバは朝倉の口を塞いだ
ゆっくりと深くキスをすると息継ぎをするように口の端から息が漏れ、朝倉の声が鼓膜をくすぐる
「んっ、ん…シシバ、さん…」
「俺、男を抱くのは、初めてやし…痛かったり…やっぱり無理だと思ったらすぐに言うて…痛い思いさせてまで抱きたくはないから」
「わかりました」
再び口を塞ぎ、ベッドへと押し倒すとシシバは朝倉のスウェットに手を掛けた。
下着と共に下ろし、腰を撫でると身体が跳ね恥ずかしそうに膝を擦り合わせる
その足の間へと身体を入れると、既に反応をしている陰茎が視界に入り、シシバは生唾を飲んだ…確かに、男を抱くのは初めてだったが
シシバを誘う朝倉の色気は、男としての欲を掻き立てるには十分だった。
膝裏を掴み持ち上げると、顔を真っ赤にさせた朝倉はトレーナーの袖で顔を隠す…無理に外すこともさせず、シシバが頭を撫でるとチラリと顔を覗かせた。
「一旦、抜かせてもらってもええか?」
「っ…はい…」
下着から取り出した互いの陰茎を擦り合わせ、シシバが手で包み込むと、朝倉の目からポロポロと涙がこぼれ落ちるのが見えた。
やはり、抵抗があるかと心配になった瞬間…朝倉は両手を広げ、羞恥で目を伏せながら「シシバ、さん…」と声をかける
名を呼ばれ、シシバが姿勢を前へ倒すと朝倉がその首元に腕を回し身体を抱き寄せた。
(あかんだって、朝倉くん…ほんまに…癖になるやろ…こんなの、一回切りなんて、抑えられるわけあらへん)
竿を扱いていくと、ビクビクと脈打つ感覚が互いに伝わる…
早漏であるとは思っていないが、その心地よさと快楽に刺激を求めるように激しくなっていく手淫に息が漏れ、シシバの耳元で朝倉は嬌声をあげていた。
「もう、イキそうや…朝倉、くん…」
「あっ…んぅ…俺、も…っ!!」
どちらともなくキスをすると、身体が跳ね二人分の精液がシシバの手の中と朝倉の腹の上に散った。
多幸感と興奮で息を吐き、二人の精液で濡れた指をしてに滑らせるとシシバは孔を撫で、中指をゆっくりと埋める
中に侵入してきた異物感も少しずつ慣らしていくと、違和感は薄れ、ギュウギュウと締め付けていた肉も解れ始め…
数分後には、シシバの三本の指が朝倉の中でバラバラに蠢いていた。
「あっ!あぁッ、あ、んっぅん…!!しし、ばさんッ!!」
「だいぶ、解れてきたな…ええか?」
「はぃ…」
「痛かったり辛かったら、我慢せんとすぐに言うて?」
瞳に涙をためながらコクコクと必死に頷く朝倉の姿に、愛おしいと言う感情が擽ぐられ、シシバの口角が自然と上がる
解れ柔らかくなった孔に当てがい、痛みがないようにゆっくりと埋めると孔は飲み込んでいき…全てが入り切ると、小さく身体を震わせている朝倉の身体をシシバは優しく撫でた。
浅かった呼吸が落ち着き、深呼吸を数回くり返すとシシバを見つめた。
「ぜんぶ…入り、ました…?」
「こらこら、そう言うふうに煽るな…我慢できなくなるやろ?」
「んっ、でも…だって、シシバさんにも、はァ…気持ち良くなって…もらいたい…し…ッ」
「はぁ、ほんまに…なんでそないに可愛いことを言うん?君も男なら…男の独占欲のエグさぐらいわかるやろ?」
シシバが身体を抱き寄せると、結合部が更に深くなり戸惑う朝倉…
それを尻目に、耳元に口を寄せたシシバは低く唸るように「女なんか抱けへん身体にしたるから、覚悟しいや」と囁いた。
激しく力強い律動に本能的に逃れようともがくが、しっかりと抱き込まれた身体はその腕から抜け出すことができず、ただ悦楽に浸る
身体がずれないようにとシシバの腰に足を絡ませ、穿つ度に啼く朝倉にシシバも笑い掛けた。
「きもちええよ、朝倉くん…辛くない?」
「ふっ、う、ウぅん!ぃ、い…きもちぃッです!!しっしば、さッん…っ!!ししばさんっ!あ”っあァっ!!」
「あぁ、ええなぁ…朝倉くん…くっ!」
背中を逸らし果てた朝倉を抱きかかえ、シシバはすっかり惚けた表情の朝倉の頬や耳、額にキスをする
擽ったそうによじる身体を優しく撫で「大丈夫か?」と問い掛けたシシバは、眠ってしまいそうになっている朝倉を抱き上げた。
「ゴムも無しにヤってごめんな、あとはやっとくから…朝倉くんは寝ててええよ」
「ん…ししば、さん…」
「ん?どないした?」
「おれ、シシバさんのこと…好きです…」
「…先に言われたわ、俺も、朝倉くんのこと…好きや」
それを聞き、満足そうに目を細めた朝倉はシシバにもたれ掛かると寝てしまった。
「ほんまに、覚悟しとけよ…俺に好きなんて言うたこと後悔せんでや?」
………
朝倉が目を覚ますと、ワイシャツに着替えるシシバが視界に入った。
数秒ほど、ボーッとそれを眺めていた朝倉だったが急いで身体を起こし時計を確認した。
この際、腰の痛みなど気にしていられない…時計はシシバを起こす予定の6時半
朝食の準備もできていない、しかも、今着ている服はシシバのトレーナーではなかろうか?
まず何から手をつければいいのかと一人でパニックになっている朝倉に、シシバは「ふっ」と笑い、頭を撫でると朝倉の瞼にキスをした。
「すみません!すぐ作ります!!」
「あぁ、無理せんでええから!腰痛いやろ?味噌汁と焼き魚用意しといたから後で食べ」
「え?」
「仕事の集合時間がいきなって早まってな、もう出ないといけへん…そやし、鍵預けとくから」
「え!?」
「悪用せんようにね、朝倉くん」
ベッドサイドへと置かれたシシバの家の鍵
唖然とそれを見つめていると、顎を掴まれ顔が上がり少し深めのキスをされた。
「ンん…っ!」
「いってくるわ」
「あ、ぁ…はい…いってらっしゃい」
まだ状況が飲み込めていない朝倉は、ベッドの上で惚けたまま
スーツに身を包んだシシバを見送るのだった。