テラーノベル
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私は毎日、日記をつけている。 遺書だ。 今私は死を得る可能性で満ちている。同時に心の安寧も、幸福も、希望だって持ちきれないほど持っている。これらはすべて貰い物だ。私が0から産んだものではない。しかし、育てたのは私だ。この財産に色をつけたのは私だ。華々しく飾ったのも私だ。
私の人生は私が造った道を歩むことだ。時折迷うことも別の道を通ることもあるが、それは私の判断、私が決定した行動である。故に、私は真の意味で己の人生を迷ったりなどしていない。
これらは希望。夢。華々しく明るい私の思考。色とりどりの花弁が私を祝福する脳内世界。嗚呼、なんて素晴らしい私の創造!!!
現実の話をしよう。
1914年。ボスニアの首都サラエボにて愚かな青年が引き金を引いたことが事の起こりである。
この防空壕は臭い。とにかく悪臭が酷く。生活できたものじゃないと毎日思っていた。結局それは毒ガスで、中毒を起こした中隊の半数が死亡した。
私は幸い後遺症で済んだが、重症を負った者より軽く、時が経てば戦場復帰を余儀なくされた。
次に私が戦場で行ったのは塹壕堀りだ。錆びて土汚れたスコップと電線を手に取り、ありとあらゆる通信網を修復した。おかげで我々の指揮は滞りなく進行し、一次前哨戦は勝利を収めた。
私の所属した部隊はことごとく軍務に成功し、やがて私含む何名かは軍本部より勲章を与えられた。これは名誉なことだ。本当の意味での誉である。
すぐに故郷に残した家族に手紙を贈った。我々はいずれどんな勇猛な武傑をも打倒し、いかに優れた知将を対領に置こうともこの国の未来のために戦うことをそこに誓った。
またある時私は森林山地にて敵国補給テントの奇襲作戦に参加した。自国軍師の公談によれば、こちらは圧倒的少数精鋭。数ではなく軍略にて敵軍の中枢を叩く重要な軍務である。
重装兵車や空爆は使用せず、あくまで潜入済みの諜報員との連携による破壊工作が主な作戦だった。私は既に敵軍補給地に潜入している諜報員と合流し、工作員との念密な連携を図り、遂に決行前夜。その夜だった。
決行時刻一二〇〇より二時間前。諜報員との連絡が途絶え、見張り巡回の強化、詮索隊の結成、これらがほぼ同時に敵陣にて行われた。潜入済みだった私は八方塞がりとなり、もはや逃れる運命は何処にも見当たらなかった。
やがて侵攻が始まった。本来の決行時刻より一時間半前の一〇三〇には、木々の隙間から鉛玉やら手榴弾やらが飛来してきはじめた。このあたりで私は、あの指揮官がいかに無能であるかを知りひどく激昂した。私も、工作員も、消息不明の諜報員も。数少ない犠牲を共に向かってこようとしたのだ。
私は銃を取った。敵軍の兵に紛れ、一番多くの自国の兵を殺して回った。当然と言えば当然だ。時刻が変われど作戦も配置も全て知っているのだから。
私の軍服が真っ赤に地濡れて迷彩の意味を失ったので、敵国の兵の亡骸から比較的綺麗な軍服を剥ぎ取った。
最後に我々を裏切ったあの指揮官の脳天を迷わず貫き、横で怯えていた若い補佐に家族宛ての手紙を渡した後、密かに逃がした。
何がしたいのかわからなくなり、戦場のど真ん中で立ち尽くした。すると一人の敵国の兵に素性が暴かれ、私は思わず引き金を引こうとした。しかし撃てなかった。その兵は私の目を見据え、朗らかに笑っていた。男は道を提示した。
「我々と敵対し亡命するか」、「我々と同じ軍服と旗を掲げるか」。片方は死。片方は祖国への裏切り。
私は裏切られ、死ぬはずだった。しかし運命を受け入れきれず、迷い、今ここにいる。どうせ忠誠は死んでいる。そうしなければ命もなかったのだから。
遺書を書こう。いつ裏切られても、死んでもいいように。私の曲がってしまった闘志が、家族に伝わるように。
そしてここからだ。忠誠なき、仁義なき大志なき意義なき私の戦争は、未だ始まったばかりなのだから。
P.S.
お体の調子はどうですか。こちらはお国のために元気に働けております。どうか貴方が祖国の英雄となり、その銅像とあなた自身の顔を見られる日が来たりますように。
コメント
1件
「第6話 雨翔ケル人粒」、読み終えました。 日記であり遺書という形式、そこに綴られる“全ては貰い物だけれど育てたのは私”という言葉がすごく印象的でした。戦場の描写が生々しくて、背筋が冷えるような感覚になりました。特に、敵兵に道を示されて迷い、生き延びた末の“忠誠なき、仁義なき、大志なき、意義なき私の戦争”という一節。心に刺さりました……。
#読み切り
ruruha
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