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私は、自分の身体の目の前にいる。木からぶら下がり、下半身からは液体が垂れ流されている。中身もなくゆらゆらと揺れているその身体は、生きていた頃の自分そのままの様に感じていた。私が吊るされた木は、この森の中でも太く大きい。その日は、嵐が来ていたのか風が強く激しく揺れていた。そんな中でも、ろう者にでもなったかのように『シーン』と世界は静まっていた。
死んだのだと自覚するには、そう時間はかからなかった。
私は、その場でうずくまった。死んだのだ。何をする事はない。
いずれお迎えが来るだろう、私はそう思っていた。それまで待っていようと。
当たり前だが睡眠も食事も必要なかった。聴覚もなく目だけが正常なようだ。私は何なのだろう。幽霊だろうか。何日経ったんだろう。お迎えはいつだろう。そんな事を考えていた時、私の身体が腐って落ちた。身体からは、蛆虫が沸いていた。何とも言えぬ嫌悪感が私を襲ってきた。
気づけば歩き出していた。誰にも見つからないという孤独感にも耐えられなかった。腐った身体は、いずれ自然に還るのだろう。だが、今の自分は取り残されていた。どこに行けば?何をすれば?死んでも救えない自分を恨んでいた。
森を抜けても、国道に出て車が通っても世界は静かなままであった。本当にろう者にでもなったんだろうか。その静けさは、私をさらに孤独感へと誘っていた。
孤独は嫌いだった。幼い頃に父を亡くし、母親は朝から晩まで働いていた。食事は、いつも1人だった。私が社会人になる頃、母も病に倒れ亡くなった。兄弟もいない私は、いつも1人だった。友達もろくに作らなかった。いや、作れなかったのだ。いじめはなかった。どこにいても私は空気だった。社会に出ても私は空気だった。居場所が欲しかった。
私は、ずっと歩いていた。疲れる事はない死んでるんだから。
橋が見えてきた。真っ赤な橋だ。自殺の名所として有名であった。手すりから柵が張られ、さらに有刺鉄線がついていて物々しくも生々しく感じた。私が自殺する場所として選ばなかったのは多分誰かに見つけて欲しかったのだと思う。
そこで、私は同じ者と遭遇する。顔は底が無いように真っ黒くわからないが、髪型はしっかりとわかり、身体は薄く透き通っている。自分も同じように見えてるんだろうか。そこを通る時、丁度夜更けに差し掛かっていた。
「死にたい。死にたい。」久々に聞こえたその声は、ボソボソとずっと呟いていた。
「あの、」と声をかけた時、そいつは有刺鉄線を飛び越え飛び降りた。
突然のことに呆気に取られていた。
暫くその場に立ち尽くしていると、また同じ奴がどこからともなく現れてまた落ちていった。
私は、体育座りをしてじっと見ていた。あいつは、ずっと橋から落ちていた。夜が更けるまでずっと。
朝日が昇るとそいつは動きを止めた。かと思うとどこかに歩いていってしまった。
私は不思議に思い、立ち上がって手すりに手をかけたが、掴めずそのまま橋から落ちた。
初めて高い所から落ちた私は『死ぬ』と思っていた。
音もなく気づけば川の底にいた。流される事もなくずっとそのまま。苦しくもない。何ともつまらないものか、川から上がった私は濡れてもいなかった。でも、何だか落ち着く感覚ももっていた。
あいつは、どこに行ったんだろう。完全に見失った私はあいつを橋で待ち伏せした。
夕日が沈む頃、あいつは現れた。ぶつぶつと相変わらず喋っている。そして、日が沈むと橋から落ちていた。何回も。何回も。
声をかけても無視され、少し見飽きてきていた。
朝日が昇ってきた時、あいつは動きを止めどこかに歩いていく。私は、ごく自然にあとをつけていた。
森の中に入って行くようだ。道もなく獣道もなかった。草木は身体を透き通り私は難なく歩いていた。
暫く歩くと鳥居が見えてきた。目の前には寂れた神社が現れた。
周りには、ポツポツと多分幽霊が歩いていたりしゃがんでいたり、ただ突っ立っていたり、7〜8体くらいだろうか、漂っていた。
あいつももう、どこに行ったのかわからなかった。
ここにいても良いのだろうか、なんて考えていたが気にするモノなんていなかった。この感じには慣れていた。
皆は、どうしてここにいるんだろうか。神社だから、成仏できるんだろうか。神様がいるような感じはしなかった。
ぼーっと体育座りをしていた。気づけば日が沈んできていた。それに応じてポツポツとどこに移動する幽霊が出てきていた。
自分は、ずっとここにいてみようと思っていた。
夜の間は、幽霊の行き来が多かった。
髪型、服装を見て性別くらいはわかってきていた。
顔のない世界。私は何とも居心地の良さを感じていた。
ずっとここにいていた。行き来するやつ、自分みたく居座るやつも何となくわかってきていた。
そんな中で違和感のあるやつが出てきていた。
手先から、足先から透き通ってるのではなく黒く、段々と黒くなるやつが現れていた。
そいつは、他とは異質であった。
独り言はいつも大きく、「呪う」「殺す」など攻撃的な言葉が多かった。
そいつは日に日に全身に黒を帯びてきて、何となく黒くオーラのようなものを纏ってきていた。
そいつを見ると不安になる。どれだけの恨みを抱えているのだろう。
そいつは、朝に神社に来て日が沈む前に出て行っていた。
その日の朝は、なんだか異様な緊張感をまとっていた。
そいつが来るのが、何となくわかってきていた。
そいつは身体の全身がもう真っ黒になっていた。もはや腕や足もわからない、人間の形をしていなかった。オーラのようなものも全身にまとわりつき、周りにモヤが掛かっているようなそんな風に見えていた。
そいつが境内に入ると幽霊達は、ソワソワしてる様な感じがした。
普段出て行かないモノまで、逃げる様に飛び出していっていた。
自分も身震いを感じて、いつでも逃げれる体制に入っていた。
ただ、そいつが気になっていた。初めて見た異様な光景に恐怖よりも好奇心が勝っていた。
奴が、拝殿の目の前まで来た時奴は叫んだ。
地響きが鳴るくらい圧倒的な恐怖に包まれた。
私は、無我夢中で走り出した。後ろを振り向くと奴のオーラは大きくなり、他の幽霊を喰っているようだった。
私は、もう2度と振り向くまいと全力で走っていた。
後ろから、大きな音がなった。何かが爆発する様な音だった。
逃げていた幽霊達が歩き始めていた時、私も走るのをやめた。
戻っている幽霊もいるようだった。
私は、戻る気にはなれなかった。
どこに行こうか。
私は行き場所もなく歩き出した。