気づけば住宅街を歩いていた。
道中は、幽霊とすれ違ったりしていたが、ついて行こうとは思えなかった。関わろうとも思えなかった。
この街には、職場があった。だから、よく通っていた。普通のサラリーマン。飲み会とかは特になく、自分は行き帰りするだけだった。
近くに大きめの公園がある。私は、そこでいつもお昼を食べていた。
ベンチに腰をかけ、何も考えず周りを見る。
公園の周りにはハイキングコースがあり、真ん中には遊具がある。ブランコにシーソー、ジャングルジムを登れば、滑り台に繋がっている。近くには屋根があるベンチがある。
今は、夜中だから誰もいない。
いつも昼飯を食べていたベンチに腰を掛けていた。生きていた頃は工事中であった所は、立派な一軒家が建てられ目の前には大きい車が置いてあった。電気も付いていた。
どれくらい日にちが経ったのだろう。
幽霊なのだから色々出来るだろうと考えていたが、建物や乗り物を通り抜け入る事は出来なかった。物を掴んだりする事は、夜には出来るが昼にできず動かすなどもできなかった。ただ、夜になれば滑り台を滑ったりジャングルジムに登ったり出来ていた。
今まで考えていなかったが、自分の名前を忘れていた。私の名前はなんだったかな。
会社に行って確かめようと思いたった。勿論1人じゃ入れないから、同僚の後ろにくっついた入った。変わり映えはしなかった。当たり前だが、自分のデスクはなかった。カレンダーを確認すると2ヶ月ほど経っていたようだ。自分も飛んだと思われたのだろう。連絡が取れなくなる奴は何人も見てきていた。急に来なくなっても仕方ない、そんな会社に勤めていた。
自分は探されたんだろうか。わかる事はなかった。
会社から出るときは、社長の背中にくっついて出た。嫌な気分であったが仕方がない。また、公園に戻っていた。働いていた時は、唯一の安らぐ場所であった。ただ、日が昇るうちはいつものベンチに座れなかった。沈むのを待つしかなかった。
私は、母と2人暮らしだった。母も亡くなり余計に広くなった部屋は、私をより小さな存在へと変えていた。家は、会社まであるいて20分ほどの距離にあった。名前を確認するため、行ってみたが幾分家に入れない。誰も開けないので、入れる隙がなかった。夜になればノブを回せたが鍵が開けさせなかった。外から見ても暗いままだった。誰も住んでないかのように。
手がかりなく公園でぼんやりするしかなかった。
みんな、どうやって生きているのだろう。あのお爺さんは、どうしてあの歳まで生きたいと思ったんだろうか。あの母親はどうして子供を産もうと思ったんだろうか。皆、それぞれに役割があるんだろうか。自分は。自分は。公園に来る人々を見て、そんな事を考えていた。
そして、たまに見る幽霊達もどうして死んだのか気になっていた。
関わる気にはならなかったが。
そうこうしてるうちに、日にちだけがただただ無駄に過ぎていった。
公園にいてベンチに居座り周りを見る。くたびれた人もいれば、笑顔の人もいる。毎日、散歩をしているお爺さんも白黒の犬も毎日毎日変わらない。
「何してるの?」
「ねぇ」「お兄ちゃん!」
久々に聞こえた声はとても幼いか細い声だった。
声をした方を見ると年長くらいだろうか。服装は男の子らしい。髪はボサボサと長った。よくみるととても細い身体付きだった。
「そっちこそ何してるの」
やっと声が出た。誰かと話すのはいつぶりだろうか。
「んー」「公園きてみた」
「公園はよくきたの」
「ぜんぜん」「ずっと家にいた」
「家で何してたの」
「テレビみてた」「静かにしてないとね」「ママに怒られるの」
もじもじした様な仕草で言った。
「家は近いの」
「うん」「すぐそこだよ」
「…」「なんで死んだの」
無言にも耐えられず。かなり踏み込んだ質問をしてしまった。
「…」
「…」
「お腹空いてた」「からだはいたかった」「とんでみたの」
「飛んでみた?」
この子も自殺なんだろうか。
「ママは」「僕が死んでも泣かなかった」「知らないおじさん」「家に連れ込んでた」
言葉にならなかった。なんて声をかければいいのか。
「お兄ちゃん遊ぼ!」
不意をつかれた。子供は遊具へと走っていた。夕日に雲が掛かって、丁度放課後に遊びに来ていた子供達の影が消えていた。
日が沈めば私たちの時間である。
「何して遊ぼうか」
「ぶらんこにのりたい」
多分、いやきっと一人で動くブランコは風ではなく俺たちのせいである。
「僕ね、こうやってぶらんこをおしてもらったことないんだ」
「…」
「もっと高く押すよ」
キャハハと子供の笑い声が響いていた。
行く宛のない笑い声が。
日が昇ると俺たちは何も出来なくなる。子供は知らなかったようで、とても悲しんでいた。
「またくるよ」
「待ってるよ」
バイバイと手を振って、子供はどこかへと消えていった。
日が沈むと子供がやってきた。
「きたよ!」
昨日よりも声が明るくなった気がした。
「何して遊ぼうか」
「んー、鬼ごっこしよ」
幽霊の体力は無限である。俺たちはずっと走り回っていた。
遊具にぶつかるのさえ心地良く、誰かに喜んでもらうのは他人に対して初めての経験であった。
「僕ね、パパいなかったんだ」
こういう話になると自分は弱かった。
「お兄ちゃんみたいな、パパいたら良かった」「あ、お兄ちゃんか」
キャハハと笑っていた。
私も照れ笑いをしていた。
日が昇り子供は去っていく。「またくるよ」と手を振った。
顔がわからなくても表情がわからなくても、いやわからないからこそかもしれない。心地よさを感じていた。
これが人と人の繋がりで、生きる理由になりうるのだろうか。
子供から声をかけてきた。そしたら繋がりができた。私も自分から声をかければ何か、何か変わったんだろうか。
1人でそんな事を考えていた。今日も公園は、お爺さんが来てすれ違う人に頭を下げていた。
その日の夜も子供が来て一緒に遊んだ。
その日子供は来なかった。次の日も来なかった。楽しそうにしてたのに。
飽きたのだろうか。
気がかりであったが腰が重かった。いつもどこに帰っているのか教えてもらったのに。
母親のところにいるのだろうか。もしくは成仏した?
何もわからないまま3日経っていた。
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