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私もこの映像欲しいなって思いながら書きました。
弱々魔王視点。
若井との擬似デートは無難におもしろかった。お互いのことを熟知しているから服屋、靴屋、楽器屋、本屋、イタリアンレストランとハズレなく楽しめた。デートというかただの買い物とご飯で、ぶっちゃけ今はほとんどないオフの過ごし方みたいな感じだったけれど、気心の知れた仲というのは楽なものだった。
「あ、これよくない?」
「元貴のサイズあんの? 24ならあっちじゃない?」
「26だわ!」
と靴屋で騒いだり、
「あ、一曲できた」
「マジ? ちょっと合わせようぜ」
と楽器屋ではしゃいだり、
「あ、大森さんだぁかっこいー」
「若井さんもいるじゃぁんイケメンー」
と本屋でふざけたり、
「和食がいいんだけど」
「イタリアン一択でしょ。てかさ、デートなんだから俺の好きなものじゃないの? 若井くんは相手の好きなものをご飯に選ばないの?」
「俺の好きなものを知ってほしいじゃん?」
「もう知ってるからイタリアンね」
と言い合ったりした。もちろんトマトパスタを勝ち取りました。美味しかったです。
デートでもなんでもないような感じがしてこれでいいのだろうかと思わなくもないけれど、カメラマンたちも特に何も言わなかったし、ハンディカメラではデートっぽくなるように「これとこれならどっちが似合う?」「どっちも似合わない」「そこはどっちも似合うが正解だろうよ」とやりとりしておいたからまぁいいだろう。ご飯のときも「一口ちょうだい」「やだ」「いただきまーす」とかやっておいたし……まぁデートではないかな、ただのいつもの俺たちだ。
集合場所に戻るとまだ涼ちゃんたちは戻ってきておらず、進行役のタレントさんと談笑しながら待つことになった。程なくして2人の姿が見えて目を細める。遠目に見てもとても絵になる2人だった。
2人とも背は同じくらいだが、鍛えているからか風磨くんの方が体格が良く、ふわふわした衣装を着ている涼ちゃんは線が細く見えた。風磨くんのカジュアルだけどきっちりとした印象を与える服ともマッチしている。ぱっと見の雰囲気は“お似合い”だ。
涼ちゃんの衣装は俺とのデートで着て欲しい服をイメージしているから、あの横には俺が立っていたかったのにと悔しさが募る。それを必死に押し込んで、合流した涼ちゃんに「迷惑かけてない?」と訊けば、若井も「もの壊してない?」と詰め寄った。
ムッとしながらも風磨くんを伺うように涼ちゃんが「かけてない……よね?」と首を傾げると、風磨くんがにっこりと涼ちゃんに笑いかけた。そのやさしい眼差しにイラッとしていると、意味ありげな笑みに変えた風磨くんが今度は俺に視線を向けた。
「かけてないよ。今度はプライベートで出かけようね、涼架さん」
……は?
頭の中がスッと冷えていき、思わず風磨くんを温度を無くした目で見てしまった。
涼架さん、って何? なんでそんな、風磨くん以外呼ばないような呼び方を許してるの?
涼架くんと呼ぶ人は稀にいる。涼ちゃんがいつの間にか仲良くなっていた阿部さんがいちばんいい例だけど、歳上のスタッフとかも涼架くんと呼ぶ人がいるからそこまで気にしたことはない。
でも、涼架さん、は聞いたことがない。おそらく、風磨くんだけだ。
「……元貴、カメラ」
若井の小さな声にハッとなって慌てて笑顔を作る。俺の冷たい目を見てびっくりしていた涼ちゃんもぎこちないながらも笑顔をつくり、風磨くんは俺から視線を外してコメントしている。いじられているところを何度も見てきたけれど、トークが巧い。
若井がそういえばさっき一曲できあがって、と話題を俺に振り、テーマソングにどうですか? と俺がそれを繋げていく。相変わらず多才だねと風磨くんが笑って、僕のパートもある? と涼ちゃんが続けた。
表面を取り繕う術ばかり覚えた俺は、自身が作り上げた“大森元貴”をきれいに演じてロケは終了した。
次の仕事があるからと移動の準備をしていると、着替え終わってラフな格好に変わった風磨くんが俺たちの控え室にやってきた。朝は俺たちが挨拶に伺ったから、今度は風磨くんの方から来てくれたようだ。
お互いにお礼を言い合ったあと、風磨くんがスマホを取り出して涼ちゃんに向き直った。
「涼架さん、連絡先教えてよ」
「へ?」
「今度プライベートで出かけようって言ったじゃん」
涼ちゃんがパチクリと瞬きをする。絶対社交辞令だと思ってたなこれは。どう見ても本気だってみんな分かってたのに。風磨くんも風磨くんだ。社交辞令って思わせておいてくれればいいのに。
「え、でも菊池さん、忙しいでしょ?」
戸惑いながらも涼ちゃんがスマホを取り出した。風磨くんが苦笑して、おたくらよりは暇だよと言ったあと、
「なんで菊池さん? 風磨でいいって言ったよね?」
と眉を寄せながらLINEのQRコードを読み取って連絡先の交換をさらっと終える。スマートすぎて口も挟めない。
俺と若井の存在見えてる? 若井が心配そうに俺を見るけど、大人同士の交友関係に口が挟めるわけがない。というか風磨くんが放つオーラが口を挟ませてくれない。
「ぁ、え、企画の中だけかと……」
「なんで? 俺と友達になってくれないの?」
「まさか! そんなつもりじゃ……えっと、元貴じゃなくていいの?」
ぶんぶんと首を横に振って、友達だよね? と何度も詰め寄ったことのある俺をチラリと涼ちゃんが見る。気にするところそこなんだ、と風磨くんは相変わらず爽やかに笑った。
「涼架さんがいいの。じゃ、また連絡するね」
さらりとかっこいいことを言って、お疲れ様でしたと去っていく風磨くんに涼ちゃんは感心したような目を向ける。
そうだね、スマートでモテる男って感じがするよね、俺と違って。俺にはできないよ、あんな真似。
「……楽しかった?」
涼ちゃんに静かに問いかけると、ふんわりと笑って楽しかったよ、と答えた。その笑顔を生み出したのが俺じゃないのは死ぬほど悔しいが、それでも好きな人には笑っていてほしい。だから、そっか、と俺も小さく笑って返す。
元貴も楽しかった? と涼ちゃんに訊かれ、楽しかったよ、良い息抜きだったと素直に答えておいた。
あれ、おかしいな、って顔をしてるけど、本音だからね、言っておくけど。涼ちゃんの中では俺と若井をデートさせられたって思ってるんだろうけど、俺はそんなの最初から少しも望んでないんだから。
ノックと共にマネージャーが入ってきて俺だけを手招きした。
「大森さん、ちょっといいですか?」
「はーい。準備できたら先行ってて。15分くらいで行くと思うから」
2人の返事を背中で聞きながら、マネージャーと共に今回の企画スタッフたちのもとに向かう。
撮った映像は全てうちの事務所にも送られてくるけれど、その前に俺が必ず目を通すようにしている。俺がブランディングしたMrs.のイメージを壊さないために、使える映像かどうかを俺が判断するためだ。
先方にもあらかじめお願いしてあることで、それを受諾してもらえなければお蔵入りにするとまで言ってあるから、必ずノーカットで未編集の映像を一番に観るのは俺になる。そのことを涼ちゃんと若井には言っていない。気づいているとは思うが、俺の決定を尊重してくれる。
俺と若井の方の映像は俺自身が分かっているから問題ない。確認したいのは涼ちゃんたちの映像だ。
企画スタッフからヘッドホンを借り、タブレット端末に目を向ける。揃ってのトークはさっさと飛ばし、涼ちゃんと風磨くんの2人になったところから再生した。
『もちろん。風磨くんって呼んでいい?』
『じゃぁ俺は涼架さんで』
『うわぁ、なんかくすぐったい。呼ばれたことないかも』
『じゃぁ俺だけだね』
はは、恋愛リアリティーショーかよ。
涼ちゃんも可愛い笑顔浮かべちゃってさ、風磨くんに至っては鼻の下伸びてるよ、アイドルのする顔じゃないからね? それに涼ちゃんの笑顔を独占はしてないじゃん、ファンのみんなにもお裾分けしてるじゃん。それで変な虫が集ってきて困ってんのよこっちは。
てかさ、涼ちゃんの動物好きは有名な話とはいえちゃんとそこを押さえて動物カフェに行くとか、マジのプラン練ってきてるじゃん……。俺らの映像大丈夫かな……ただの悪ふざけみたいになってるけど。
『涼架さんの笑顔が可愛いねって話』
……風磨くん、涼ちゃんのこと落としにかかってる? そんな関わり持ったことないよね? それともこれはプロ意識? デートだからそれらしくしてる?
涼ちゃんが変なことをしていないかっていう不安より、さっきの「涼架さんがいいの」発言もあって、風磨くんの動向が気になり始める。
『その衣装って涼架さんが選んだの?』
『ううん、これは大森が選んでくれたやつ』
『元貴くんなんだ』
『うん。僕の好みも把握してくれてるから』
『へぇ。じゃぁ後で服屋も行こうか』
『え? 欲しい服あるの?』
『涼架さんの好きな服教えてよ。今度贈るからさ』
『じゃぁ風磨くんの好きなものも教えてね? 僕も贈るから!』
しれっとプレゼント交換の約束してる……うまいな、風磨くん。駆け引きってこうやってやるんだ、勉強になります。使う機会はなさそうだけど。
動物カフェの外観が映り、ふにゃっと相合を崩した涼ちゃんが猫に話しかける。
『わさびちゃんって言うの、かわいいねぇ……。若井の家にも猫ちゃんがいてね、もずくちゃんとむすびちゃんって言うんだよ』
可愛いのはあんただよ……てかちゃんと覚えられたんだ、若井の家の猫の名前。
『風磨くんも抱っこする?』
猫と涼ちゃんのドアップはヤバいな、癒し効果がえげつない。ここだけずっと見ていたい。
その後のうさぎと触れ合うシーンも鳥とおしゃべりをするシーンも、ただただ涼ちゃんの可愛さが半端ないってことしか分からない。
そこでふと気づく。これ、ずっと風磨くんの持つハンディカメラの映像だ。カメラマンと音声は動物たちの関係でNGだったのかもしれないが、そのおかげで涼ちゃんとデートしているような気分になれる映像になっている。このデータ、ノーカットで別に送ってもらおう。
動物カフェを出ると全体映像に切り替わった。
『あ、これ元貴に似合いそう。こっちは若井が好きそうだなー』
俺たちも通った服飾エリアで涼ちゃんが声を上げた。
確かに俺と若井が立ち止まって手に取ったもので、流石涼ちゃん、と嬉しくなる。風磨くんがやさしく目を細めて、ほんとうに好きなんだね、と声をかけた。
『え?』
『元貴くんと若井くんのこと』
『あ、ごめんなさい、デートなのに』
涼ちゃんは律儀に謝るが、それこそ失礼な話だ。だって頭の中には俺たちがいるのに企画だからそっちに専念しますと言っているようなものなんだから。
『いいのいいの。2人のことを考えている涼架さん、すごいいい顔するね』
『え、恥ずかしいな、どんな顔してる?』
『恋してる顔』
『こっ』
ねぇ風磨くん、あなたは敵なの? 味方なの? それとも俺を煽ってるの?
気を取り直したように涼ちゃんの好みを問う風磨くんに涼ちゃんもペースを取り戻したらしく、会話を弾ませながらウィンドウショッピングを楽しんでいた。カップルみたいなやり取りにチリッと胸が痛む。
ジュエリーコーナーで涼ちゃんが足を止めた。全体を見ながら可愛いのいっぱいある、と呟く。横に並んでショーケースを2人で見ている姿はカップルで指輪を選びに来たみたいになっていた。
『あんまアクセサリーつけないよね?』
『雑誌の撮影のときはつけるけど、演奏のときはあんまりつけないかなぁ。ピアスはつけてるよ』
『ピアスあいてるんだ?』
『うん、けっこうあけてる』
『……意外だわ』
『そう? 引っかからないし無くさないから楽なんだよね』
ほら、と耳に髪をかけて風磨くんに顔を近づける涼ちゃんに、風磨くんが苦笑したのが分かった。ほんとだね、と返しているが、多少距離をとっている気がする。
ちょっとあっち見てくるね、とマイペースに言った涼ちゃんを横目で見ながら、風磨くんが店員を呼んだ。
『これください。簡易包装で大丈夫です』
風磨くんの言葉に店員さんがすぐさまショーケースから取り出し、風磨くんは財布からカードを取り出して渡した。ちゃっかり自分の買い物してるし。風磨くんも風磨くんで自由だな。
『あれは苦労するわ、もっきー』
小さな声だったけれど確かにマイクは音声を拾っている。カメラに視線を向けた風磨くんは労わるようなやさしい笑顔を浮かべていた。その笑顔はおそらく、俺に向けられたものだ。
味方……なの、か? どういう意図で言ったんだろうか。
ブレスレットを受け取り上着のポケットにしまった風磨くんは、お店の外を見てぼんやりと立ち尽くす涼ちゃんに近づいた。
『……涼架さん? 疲れた?』
『へっ? あ、や、ちょっとお腹空いた、かも』
『はは。朝早かったもんね。お昼にしようか』
そう言って俺たちがイタリアンを食べているだろうお店があるフロアにやってきて、トンカツ専門店に入って行った。
『一生食べたいくらいトンカツが好きなんだよね。涼架さんは?』
『僕はきのこが好きで、若井と一緒に住んでたときはきのこ料理ばっか作ってた。冷蔵庫見て、またきのこか、って思ってたんだって』
『そんなにきのこ料理ってバリエーションある?』
『あるよぉ。それで言うと元貴はイタリアンが好きでさ、きっと今日もイタリアン食べてると思う』
『ああ、あるね、このフロア』
何かにつけて俺たちの話題を出す涼ちゃんに、風磨くんも突っ込むのを諦めたらしい。賢くて、それでいて優しい人だなと感心する。だからこそ、敵になったらと思うとめちゃくちゃこわい。
運ばれてきた料理をひとくち食べた涼ちゃんが、美味しい! と目に見えて明るく笑った。
『お、今日イチの笑顔だ』
キラキラの笑顔はとても可愛い。しあわせそうな笑顔はこっちまでしあわせになる。食レポさえちゃんとできたらそういったオファーが来そうなくらいだ。食レポさえできれば。
涼ちゃんは太ったことを気にしていて、だけど風磨くんは痩せたことにちゃんと気づいていて、10周年に向けて身体を絞っている話をし、風磨くんが肉体美を披露した雑誌の話題へと移っていった。
『惚れた?』
『あはは、惚れた惚れた』
「……ッ」
ぎゅっと唇を噛み締める。そうしないと叫んでしまいそうだった。
冗談でも言うなよそんなこと。言わないでよ、俺以外の男に、そんな可愛い笑顔で。
ノリのいい涼ちゃんはいつも俺たちの悪ノリにも乗ってくれる。だからこれだってなんの意味もない、軽い言葉だって分かってる。分かってるのに、胸が苦しい。俺ばっかり涼ちゃんのことが好きで好きでたまらないのに、なんで俺は好きな人が違う男とデートをしている様を見ているんだろう。なんで好きな人に違う人との恋愛を後押しされているんだろう。
『じゃぁ、記念にこれ』
『え! いつの間に買ったの!?』
『さぁいつでしょう』
思わず目を見開いた。
あのブレスレット、自分の買い物じゃなかったの? 風磨くんにしては珍しい系統だなとは思ったけど、それ、涼ちゃんにあげるためだったの?
チェーンを外し、涼ちゃんの右手首にそっとそれをつけた。キラッと光るブレスレットはきっといいお値段がするだろう。
ぎりっと奥歯を噛み締める俺の耳に、風磨くんの柔らかい声が続く。
『赤い石でよかった?』
『う、うん……』
……赤?
『俺もすごく楽しかった』
『そんな、だからって……』
『俺があげたかっただけだから』
ふわっと笑った風磨くんを最後に、映像は終わった。
「……」
ヘッドホンを外し、端末を返す。心配そうに俺を伺う企画スタッフに、とりあえず編集は任せます、編集後のデータとノーカットデータをあとで送ってくださいとお願いをする。
俺の横で音は聞いていないが映像を見ていたうちのマネージャーも、特に問題はなさそうですねという顔をしていた。
映像に問題はなかった。涼ちゃんはいつも通りの涼ちゃんだったし、なんなら違う需要が生まれそうだけどイメージを壊すようなものじゃなかった。だから、ありがとうございましたと頭を下げて退室した。
2人が待つ車へと向かう俺の頭の中はいろんな情報であふれていて、どこから手をつければいいかが分からなくなっていた。
涼ちゃんに好きな人がいるかも分からないのに、風磨くんが敵か味方なのかも分からない。敵になったら強敵であることは間違いない。
そんな中で涼ちゃんが赤い石を選んだ理由が気になって仕方がなかった。
続。
改めまして、たくさんのフォローありがとうございました。調子乗ってすみません、今後ともよろしくお願いします。
コメント
12件
(1)から読ませていただきました! 一生懸命な少しアホな藤澤さんと頭を抱える2人...笑 大森さんの愛重が見えたような...🤔 結末が楽しみです😆
小品集、一気読みさせていただきました!どれも素敵なお話で、心が満たされました🤭💕 また、続きを楽しみにしています✨
ふまくんがどちゃくそイケメンだぁ🤤 魔王が恋愛偏差値低めの陰キャ発動してて、ふまくんとの対比が微笑ましいです☺️本人めちゃくちゃ悩んでますが🤣 ふまくん煽るだけ煽って結局最後は魔王の味方してくれそうで、優しくてイケメンでできる男だなぁ…(ふま担みたいになってしまった笑)