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思いもよらぬ方向に進み始めてしまった……どうしよう。
りょさん視点。
ロケから数日後に放送されたデート企画はそこそこ話題になった。
若井と元貴のデートは「幼馴染み尊い」「お互いの表紙褒め合ってんの最高」「すぐセッションできるのヤバい」「トマトパスタガチ勢さすが」と評価されていた。
そんなコメントに、そうでしょうそうでしょう、うちのボーカルとギターはすごいんだから! と誇らしい気持ちになる。才能豊かな元貴と、そんな元貴の気持ちにピッタリと寄り添う若井。お似合いだと思うんだよね、ほんとうに。
効果音やエフェクトによってほんとうに仲睦まじいデートみたいになっていて、にこにこと楽しそうな元貴とやさしい若井の笑顔は見てるだけで僕までしあわせになれた。適度に編集はされていたけど、2人の仲の良さは存分に伝わってきた。
元貴は良い息抜きになったなんて言っていたけど、ちゃんと嬉しそうで良かったなって思う。きっとあれはあの場に若井もいたから照れ隠しに違いない。意外と照れ屋さんだからね、元貴は。
予想以上に反響があったのは僕と風磨くんのデートだった。「涼ちゃん可愛すぎ」「涼ちゃんとリアルデートしてるみたい」「風磨くんってちゃんとアイドルなんだ」「最後の風磨くんガチで涼ちゃんの彼氏じゃん」っていうコメントがSNSにはあふれていた。
可愛いって言ってもらえるのはメイクさんと元貴の衣装のおかげだし、風磨くんのカメラワークが抜群でそんな風に撮れただけだけど、好評なのは嬉しかった。
それに、風磨くんはほんとうにイケメンだった。最後にブレスレットをくれたときなんて本気でときめいちゃったくらいだ。きっと風磨くんの恋人になる人はしあわせだろうなって思えた時間だった。僕が見ていない隙にサラッと買い物を済ませていたなんて知らなかった。放送で観たとき感動したもん、サプライズはこうやってやるのか! って。いつ使えるか分からないけどね。
なんで赤い石がいいなって僕が思っていたことに気づいていたのかは分からないけど、風磨くんからもらったブレスレットが僕のお気に入りになったのは言うまでもない。人の細やかな仕種や態度に気づける人って素敵だよね。
ロケのあと、車で合流した元貴が何か言いたげに僕の手首についたブレスレットを見てきた。あ、映像を確認してきたんだろうなって思っていたら、ちゃんとお礼言った? と訊かれた。そういえばお礼言い損ねてたかもと思って慌てたけど、風磨くんは既にスタジオを後にしていたし僕らも移動があったから、交換したLINEで取り敢えずお礼を言った。
気にしなくていいのに、って返事がきて、どうしようかなって悩んでいたら、元貴が今度会ったとき俺からもお礼言っとくよって言ってくれた。何から何まですみません。
そして僕は今、居酒屋の個室で風磨くんと向かい合って座っている。社交辞令だと思っていたプライベートで会おうって言うのは嘘ではなかったらしい。オフモードの風磨くんは収録のときよりもだいぶリラックスしているらしく、表情がやわらかい。なんか贅沢な空間だ。
10周年に向けて毎日いろんなことに挑戦しているけれど、やっぱりどこまでいっても元貴よりは忙しくなくて、若井もレギュラー番組で忙しくしているから1人寂しく帰ろっかなってときに連絡をくれた。なんて素晴らしいタイミングなんだってウキウキしながら行きたいですって送ったら、すぐにお店のURLが送られてきた。これはちゃんとお礼をするチャンスだ。
楽屋を出るときに元貴に嬉しそうじゃんって言われて、友達とご飯行くんだーって言ったら、友達いたんだ、だって。元貴には言われたくないからね? そりゃ3人合わせて10人くらいしかいないけどさぁ。元貴が一番多いけどさぁ。
「涼架さん、何飲む?」
「ビール!」
「じゃぁ俺もビールにしよ」
席に着くなりあれやこれやと風磨くんが注文してくれた。お店の手配もしてくれたし、なんてできる男なんだ……僕の方が歳上なんだからちゃんとしないといけないのに。
「今日は誘ってくれてありがとう。それにこれ、すっごくお気に入り!」
乾杯をして美味しいお酒とご飯を食べ、程よく酔ってきたところで風磨くんに改めてお礼を言う。
風磨くんは相変わらず爽やかに、こっちこそ今日は来てくれてありがとうって笑った。この相手に気を遣わせない返し方、かっこいいよね。
「気に入ってくれたなら良かったわ。放送観たメンバーからむっちゃイジられたよ、お前ガチじゃんって」
「そう、そこでなんだけど!」
「響かねぇなぁ」
「なにが?」
「いや、こっちの話。それで?」
やれやれと言いたげに肩をすくめた風磨くんに促され、気を取り直して真剣な表情を作る。
「恋愛マスターの風磨くんに相談があって!」
別にマスターじゃないけど、と笑ってるけど、いやいや充分マスターですよ。元貴に恋の相談を受けてから思い知ったね、僕の恋愛偏差値の低さを。だからここは熟練の達人に助言を仰ぐことにしましょう。
「少し前に僕のお友達に、好きな人がいるんだけどって相談を受けたんだよね」
「……ほぅ?」
「で、そのお友達の恋がうまくいくように応援してるんだけど、僕、どうしたらいいかな!?」
風磨くんが眉間にしわを寄せた。抽象的すぎるって分かってるけど、名前を出すわけにはいかないから許して欲しい。
少しだけ風磨くんは考え込むような仕種をして、僕をじっと見つめた。探るような真剣な目に晒されてなんだか落ち着かない。
「そのお友達って、元貴くん?」
「ふぁっ!?」
「当たりでしょ」
風磨くんの察しが良すぎるのか、僕が分かりやすすぎるのか、僕に友達がいなさすぎるのか……。これじゃぁ否定したって信じてもらえない。
「あの、えっと、できれば元貴には内緒にして……」
僕の弱々しいお願いにくすくすと小さく笑いながら風磨くんは頷き、でも、と首を傾げて続けた。
「涼架さんは応援する側でいいの?」
風磨くんの質問に今度は僕が首を傾げる。どういうこと?
だって元貴は若井が好きなんだから、僕は応援する側だよね?
きょとんとする僕に風磨くんは苦笑した。
「なるほど、これは苦労するわ」
「そうなんだよね、僕全然経験ないから分かんなくって」
神妙に頷いて見せると風磨くんが乾いた笑いを吐き出した。僕の苦労を分かってくれてるっていうより、僕じゃない誰かを気遣っているように見えた。だけどすぐにそれを消して、目をキュッと細めて、
「経験してみたらいいんじゃない?」
と囁くように言った。
「へ?」
「恋愛経験がないなら、恋愛すればいいじゃん、涼架さんも」
な、なるほど、そういう考え方もあるのか……いや、あるのか? 恋愛ってそうやってするものだっけ?
そもそも人を好きになるっていう感覚が僕にはいまいち分からない。素敵だなって思う人がいても、その人を独占したいとか自分だけ見て欲しいとか、あまり思ったことがない。
僕が失いたくないって思うものはMrs.と元貴と若井くらいしかなくて、恋人ができたとしても僕はきっとお仕事を優先してしまう。だって僕にとってあの2人とMrs.をやっていることが何よりもしあわせだから。
人に興味がないわけではないんだけど、今の僕にMrs.以上に大切なものはできそうもないのだ。恋人と過ごしていても、元貴が寂しい夜を過ごしていたら元貴の元に駆け付ける自信しかない。元貴が夜に呑み込まれそうなとき、傍にいたいと思うのだ。それはあまりにも相手に失礼な話である。
むむっと考えながらお酒を口に運ぶと、ニヤッと笑った風磨くんが爆弾を落とした。
「俺とかどう?」
「ぶっ」
思わずお酒を吹き出してしまった。そこまでの量ではなかったけど、机にかかってしまった。
あああごめんなさい、と慌てて拭くと、僕の手に風磨くんの手がそっと重なる。えっと顔を上げると、茶化している雰囲気ではなく真面目な顔をした風磨くんと目が合った。
「俺と恋愛、してみない?」
やけに熱っぽい声で言われて固まってしまった。
冗談だよね? とか、からかわないでよ、とか言える空気じゃなくて、何も返すことができなかった。
風磨くんの真剣な目を戸惑いながら見つめ返すが、すぐに落ち着かなくなって視線をさまよわせる。
そのとき、キラッと僕の右手に光るブレスレットが目に入り、あ! と声を上げる。びっくりしたのか風磨くんが僕から手を離す。
「こ、これ、お礼!」
「え?」
「ブレスレットの、お礼、です」
うちの事務所のスタッフさんに風磨くんのファンがいて、風磨くんの好きだと言っていた(らしい)ブランドでここに来る前に買ってきた袋を渡す。
何度か瞬きをした風磨くんは、ふっと力を抜いて笑って、ありがとう、と受け取ってくれた。さっきまでのなんとも言えない空気感がなくなってホッとする。
「香水だ」
中身を取り出した風磨くんに、好きなにおいじゃなかったらごめんね、と謝る。好みが分からなかったから、僕の中で風磨くんに似合いそうなものを選んできた。
「いや、これも好き」
おしゃれな風磨くんのことだから、同じブランドの香水は試したことがあるのだろう。気遣いかもしれないけれど、嫌だと言われなくて安心する。お礼にならなかったらどうしようかと思った。
「俺が勝手にあげただけなんだから、本当によかったのに」
「じゃぁ僕もあげたかっただけだからもらってくれるよね?」
「そうきたか。案外ずるいね、涼架さん。……じゃぁ、ありがたく頂戴します、今度元貴くんと会ったら自慢しよ」
「自慢になるの?」
「なるよ、絶対」
ならないと思うけど、元貴とも仲のいい彼が言うならそうなのだろう。
あ、この流れでずっと気になっていたことも訊いておこうかな。
「そういえば、なんで赤い石って分かったの?」
右手につけているブレスレットを示しながら言うと、風磨くんは驚いたように目を見開いた。
「え、覚えてないの?」
「なにを?」
「あー……無意識だったんだ?」
「なにが? え、なんかやらかしてる?」
元貴からのダメ出しがなかったから問題ないと思っていたが、知らず知らずのうちに何かやらかしたのかと焦ると、風磨くんが先ほどと同じようにニヤリと笑った。
「それを見たとき、涼架さんが言ったんだよ、あ、元貴の色だ、って」
――え?
「2人の話をするとき、恋してる顔するって言ったじゃん? それと同じ目をして言ったんだよ。だから、赤にした」
風磨くんの言葉に心臓がドクドクと音を立てる。
2人の話をするときっていうなら、Mrs.の色でもよかっただろうし、若井の色でもよかったはずなのに。
風磨くんが穏やかな笑みを唇に乗せた。
「もう一度訊くけど、涼架さんは応援する側なの? 応援する側で、本当にいいの?」
風磨くんの言いたいことが、今度はちゃんと理解できた。
いや、でも、待って? 確かに僕は元貴が好きだ。最初の出会いから強烈で、才能のある少年みたいな青年に心が動かされたのだって嘘じゃない。10年以上一緒にいるけど、次から次に新しいことを始めて、見たことのない景色を見せてくれて、未来に進むための標となってくれている。
傲慢に見える振る舞いをするときもあるけれど、元貴はとても繊細で、言葉に敏感で、紡ぎ出す楽曲はどれも愛おしいものばかりで、それを生み出す元貴のことを僕はもちろん愛していて……え、僕、元貴のことが、恋愛の意味で好き、なの?
元貴には笑っていて欲しい。元貴の好きな人と、しあわせに日々を生きていって欲しい。やりたいことをやって、好きなことに挑戦して欲しい。この気持ちは本物だ。
本物だけど、それとは違う感情に気付いてしまった。
気付いてしまったからこそ、分かる。
「……涼架さん?」
押し黙って考え込む僕を、風磨くんが心配そうに呼んだ。
「……ッ」
「え、涼架さん? 泣いてる?」
頬が熱いって思ったら、僕は泣いていたらしい。
慌てた風磨くんがおしぼりを渡してくれて、ありがと、と泣きながら受け取る。嗚咽があふれそうになるのを唇を噛んで耐える。
だってこんなの、叶うわけがない。
だって元貴は若井が好きなのだ。笑顔が可愛くて努力家で、元貴のことをよく理解している、僕にとっても大切な仲間である若井への想いを抑えきれなくなっているのだ。
僕がどれだけ想ったところで、到底敵うものではない。
それなら僕のこの恋が実ることはない。元貴への恋心に気付いた瞬間に失恋するなんて、思いもよらなかったなぁ。
「涼架さん、どうしたの」
風磨くんの焦りながらも労わるような声に、ぎゅっと唇を噛んだ。いきなり泣き始めたんだからそりゃびっくりもするよね。僕自身びっくりしてるけど、あまりにも申し訳ない。だけどごめんね、止めることができない。
「……涼架さん」
「ごめ、っ」
「泣いてていいから、聞いて?」
おしぼりで顔を隠したままこくんと頷く。
「弱ってるところに漬け込むのもどうかと思うけど、もう一度言うね」
真剣な声にそろりと目を上げる。風磨くんの手が僕に伸ばされて、おしぼりを押さえる僕の手に触れた。
「俺と恋愛、してみない?」
僕の冷たい手に比べたら、ずっとあたたかい手だった。
続。
なんでこうなった……? 誰か結末をください。
コメント
21件
ふまくんがあまりにもイケメンすぎて、、、やばい😭
とんでもないほど好きです。あまりにも好きすぎます。
突っ込め大森!!!って思っちゃいました笑 菊池さんと藤澤さんのペアも案外いいなぁ、とこのお話で思いました!菊池さんに取られてしまってもいいんですよ藤澤さん...😏