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ゴングが鳴った瞬間、マイケル・トリガーが地面を蹴った。
人間とは思えない速度で距離を詰め、いきなり右ストレートを叩き込む。空気を裂く音がリング上に響いた。
だが拳は空を切る。
葉弐の身体が、紙一枚分だけ横に滑った。
続けざまに左フック。ボディブロー。さらにラリアット。
どれもまともに当たれば骨が折れそうな重い攻撃だったが、葉弐はそれらすべてを、最小限の動きでかわしていく。半歩下がり、肩を引き、腰をひねる。
それだけで拳の軌道からするりと外れていた。
「……葉弐のやつ、こないだより素早くなっているな」
観客席でアホライダーが感心したように呟く。
「無駄な動作を削ぎ落としたのか。効率が良い」
その時だった。
「ちょっとアンタ!」
突然、後ろの席から雑誌が振り下ろされた。
ポカッ
「何が効率よ! あんな卑怯なガキを応援するつもり!? マイケル様をバカにすんじゃないわよ!」
熱狂的なファンのおばさんが、丸めた格闘技雑誌でアホライダーの頭をポカポカと叩いていた。
「応援ならマイケル様にしなさいよ!」
ポカッ、ポカッ。
アホライダーは抵抗もせず、叩かれるたびにゆらゆらと揺れている。
火野はそれを一瞥しただけで、興味なさそうにリングへ視線を戻した。
「……静かに観戦できないのかしら」
リング上では、マイケルの苛立ちが明らかになっていた。
拳が一発も当たらない。
観客席からもざわめきが広がる。
「なんだあいつの動き……」
「逃げてるだけじゃねえのか?」
「いや、全部ギリギリで避けてるぞ」
マイケルが歯を剥いた。
「避けることしかできないのか、このチキン野郎!」
葉弐は肩をすくめる。
「……ふん」
そして大きくバックステップし、距離を取った。
「ならば」
両手を右側に深く構える。
「俺様の最終奥義を見せてやるよ」
観客席がざわついた。
「最終奥義?」
「なんだあの構え?」
火野が小さく呟く。
「始まったばかりなのに、もう最終奥義を使うのね」
次の瞬間。
葉弐の手元が、突然まばゆい白い光を放ち始めた。
観客席がどよめく。
「な、なんだあれ!?」
「光ってるぞ!」
「まさか……ビーム系か!?」
リングの上で、マイケルの表情が凍りついた。
「な、なんだ!? そんな非現実的な……!」
光はどんどん強くなっていく。
葉弐が叫んだ。
「俺様を怒らせたこと、後悔しやがれ!」
両手を前に突き出す。
「ウルトラスーパービーム!!」
観客席から悲鳴が上がる。
マイケルは恐怖のあまり腰を抜かし、尻もちをついた。
光は最高潮に達し——
その直後。
リングに乾いた音が響いた。
カランッ。
観客全員の視線が、葉弐の足元へ集まった。
そこに転がっていたのは、なんの変哲もない、小型の強力懐中電灯だった。
袖に仕込んでいただけのライト。
会場に、一瞬の静寂が訪れる。
「……」
マイケルの顔がゆっくり赤くなった。
「……テメェェェ!!」
怒号が会場を震わせた。
「舐めやがって!!」
理性を失ったマイケルが突進、一直線に葉弐へ襲いかかった。だが、それこそが葉弐の狙いだった。
葉弐は静かに腰を落とす。
タイミングを測り、完璧な瞬間で足を振り上げた。
ドゴォッ!!
鋭い蹴りが、マイケル自慢の美顔に直撃する。
しかもマイケル自身の突進の勢いが、そのまま衝撃に上乗せされた。
巨体が宙に浮く。
一回転。
そして——
ドサァッ!!
マットに叩きつけられた。マイケルはぴくりとも動かない。会場が静まり返る。
葉弐は倒れたライバルに背を向け、キザに肩をすくめた。
「……冷静さを欠くことが」
ゆっくり振り向く。
「戦いにおいて、あってはならないことなんだぜ」
レフェリーが駆け寄り、マイケルの状態を確認する。
そして、葉弐の腕を高く掲げた。
「勝者——葉弐!!予選通過!!」
だが、次の瞬間。
「死ね! インチキ野郎!」
「マイケル様の顔を汚しやがって!」
会場全体から地鳴りのようなブーイングが巻き起こり、空き缶、生卵、食べかけのポップコーンが雨あられと葉弐に降り注いだ。
「わっ! ちょっ、待て! 暴力反対!」
さっきまでのクールな態度はどこへやら、葉弐は両手で頭を抱えながら、小走りで花道を逃げ出した。
会場の外。
頭にはバナナの皮が乗り、肩には生卵がべったりとついた葉弐が、二人のもとへ歩み寄った。
「……一応勝ったんだけど、そう見える?」
火野は何も言わず、ただゴミ溜めを見るような哀れみの目を向け、アホライダーは鼻をひくつかせた。
「……匂いから近づくな。汚れる」
「冷てえなぁ!」
アホライダーはさっさとホテルへ歩き出し、葉弐はショックで肩を落としながら、トボトボとシャワーを浴びに向かった。
その日の昼。ホテルの豪華なレストラン。
シャワーですっきりした葉弐が、火野と昼食をとっていると、運営から連絡を受けていたアホライダーが戻ってきた。
「……本戦トーナメントは明日からだそうだ」
「いよいよかー……」
葉弐はパスタを口に運びながら、ワクワクした表情で窓の外のベガスを見つめた。
「五十万ドル、いよいよ現実味を帯びてきたな。効率的に勝ち抜いて、一気に億万長者になってやるぜ!」
不敵に笑う葉弐。だが、本戦に集まるのはマイケル・トリガーのような甘い相手だけではない。
三人のベガスでの本当の戦いが、幕を開けようとしていた。