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お昼休み。
「ビビお姉さま、こちらへどうぞっ」
「わあ……! すごいわ、フローラ!」
学院の中庭には、フローラが精霊魔法で作った『特等席』が用意されていた。植物の蔓を編んだ小さなテーブルと二脚の椅子。
周囲には色とりどりの花が咲き、頭上には柔らかな木漏れ日だけを通す、葉っぱの天然パラソルまで完備されている。
「一番過ごしやすい場所を確保しておきました!」
「ありがとう、フローラ。とっても素敵ね」
「えへへ♡」
二人で向かい合って席に着く。今日のお昼は、お互いの手作りお弁当だ。私が寮の共同厨房を借りて作ったのは――。卵焼きと、小さなハンバーグ。前世の社畜時代に培った時短テクを総動員した、ごく普通のお弁当である。
一方。
「…………」
フローラがパカッと開けたバスケットは――眩しかった。虹色の輝きを放つ、瑞々しい葉物野菜。
水晶のように透き通った花びらのサラダ。銀色にキラキラと輝く、小エビのような謎の果実。
(お弁当っていうか、宝石箱じゃない!?)
「ビビお姉さまのお弁当、とっても可愛いですっ♡」
「そうかしら?」
「この茶色い生き物は、お姉さまの使い魔ですか?」
「使い魔!?」
(違うわよ!)
(ハンバーグにチーズで顔をつけただけのクマさんよ!!)
「フローラの方こそ……これ、本当に全部食べられるの?」
「もちろんですっ! お姉さまの健康を考えて、今朝、精霊たちと森で摘んできました♡」
「そ、そうなの……」
(精霊直送……!)
(もはや産地直送を超えてるわね!)
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
「……ん?」
背後から、とてつもない圧を感じる。恐る恐る振り返ると――。
「…………」
アレクがいた。ものすごく怖い顔で、こちらを見ている。正確には――。私のお弁当を。
「……ア、アレク?」
視線は、ハンバーグと卵焼きへ釘づけだった。
《……バイオレッタの手作りだと!?》
《一切れ》
《一切れでいい》
《頼む。俺にも恵んでくれ……!》
「どうしたの? そんな怖い顔して」
「…………」
「ああ、そうよね」
私は納得して頷いた。
「公爵ともなると、こんな庶民的なお弁当なんて食べたいと思わないわよね」
「違――」
その時。
「やあ、可愛いレディたち」
眩い黄金の光とともに、聞き覚えのある声がした。
「食後のスイーツはいかがかな?」
「レオン?」
笑顔を浮かべながら、懐から金縁の巻物を取り出した。中央には、王家の紋章。
「何、それ?」
「王族専用の物品転送用スクロールだよ。こういう時には便利だからね」
レオンが紋章へ指先を触れる。
パァァァァッ!!
足元に黄金の魔法陣が広がった。
「わっ!?」
光が弾け――。次の瞬間。
ドンッ!!
「……何、あれ」
そこに現れたのは──高さ五十センチはありそうな、白磁と金細工の五段アフタヌーンティースタンドだった。
真珠のような白苺が乗ったショートケーキ。ルビーのように輝くゼリー。精巧な飴細工の薔薇。黄金色のスコーン。金箔がきらめく小さなタルト。
(すっご……)
(前世の高級ホテルでも、こんなの見たことないわよ!)
「王室専属の菓子職人に作らせた、春限定品だよ」
レオンが誇らしげに微笑む。
「君に一番に食べてほしくてね」
(さすが王子!)
(差し入れのスケールまで王族仕様!!)
(これならフローラも絶対喜ぶはず!)
期待して隣を見る。
「…………」
ところが。フローラの周囲だけ、一瞬で気温が下がった気がした。
「……結構ですっ」
「え?」
「ビビお姉さまのお腹は、私の愛情たっぷりの手作りお弁当だけで満たされる予定なんです!」
「フ、フローラ?」
(ちょっと手厳しくない?)
「でも、これとっても美味しそうよ? せっかくだし、一緒に食べてみましょうよ?」
フローラはしばらく黙っていたが、やがて――。
コトン。優雅にフォークを置いた。
「分かりました。せっかく殿方がお二人揃っていらっしゃるのですから――」
ちらり。男二人へ視線を向ける。
「私たちの『給仕係』として、腕を振るっていただきましょうか?」
「えっ!?」
王子。そして、公爵。この国でもトップクラスに高貴な男二人を見比べる。
(この二人に給仕!?)
私はフローラの顔をまじまじと見つめた。透き通るような純粋な瞳。聖母のような慈愛に満ちた笑顔。
(……あっ!)
(そういうことね!)
(身分が高い人ほど率先して奉仕する――授業で習った、あの高潔な精神を実践させようってことね!)
(なんて教育熱心なの、フローラ!!)
「じゃあ二人とも、頑張ってね!」
私が告げると――。男二人の顔から、一瞬だけ魂が抜けた。
***
ところが。バイオレッタの役に立てる。そして何より――。今度こそ、合法的にバイオレッタの近くにいられる。その一点だけで、二人は驚異的な適応力を発揮した。
「……これを薄く塗ればいいのだな」
アレクは、小さなスコーンとクロテッドクリームを前にしていた。
戦場で大剣を振るう時にも微動だにしない指が……なぜか今は、震えている。
「力を入れすぎれば、砕ける……」
「どうしたの? 顔が怖すぎよ?」
「今話しかけるな」
「え?」
「集中している……戦場より難しい」
(そ、そんなに!?)
アレクは敵と対峙する時以上に真剣な顔で、慎重にクリームを塗り広げていく。
一方。
「バイオレッタ、お茶が入ったよ」
レオンはどこまでも優雅だった。ティーポットを完璧な角度で傾ける。
「君が一番美味しく飲める温度に整えておいたから」
「あら、ありがとう!」
カップを受け取り、何気なく中を覗き込む。
「あら?」
紅茶の中で細い茶葉の茎が何本も、すっと立ち上がり――綺麗な『V』の形に並んでいた。レオンが期待に満ちた目を向けてくる。
「気づいてくれたかな?」
「もちろんよ!」
「……本当?」
「こんなにたくさん茶柱が立つなんて、すっごく縁起がいいわね!」
レオンの笑顔が固まった。
「しかも、Vの形に綺麗に並んでてキラキラしてる!」
「……う、うん。そうだね……」
「今日は何かいいことありそうね!」
(王室のお茶って、茶柱をこんな綺麗に並べる演出まであるのね。さすがだわ!)
ちなみに。その『V』が『Violetta』の頭文字だということには――。この時の私は、微塵も気づいていなかった。
***
周囲の生徒たちは、この異様な光景を遠巻きに見つめていた。
「……おい、嘘だろ……?」
「あの『野獣公爵』が、スコーンにクリームを塗ってるぞ……」
「レオン王子殿下まで給仕係に……」
一人の令嬢が、声を潜める。
「もしかして……魔力を持たないウィステリア伯爵令嬢こそ、この学院で一番逆らってはいけないお方なんじゃ……?」
「まさか……」
「『裏の女帝』……?」
ざわざわざわ……。そんな妙な噂が生まれ始めていることなど。もちろん。私は何ひとつ知らなかった。
***
「せっかくだから、私が食べさせてあげるわね!」
「!」
「!」
アレクとレオンが同時に反応した。しかも。二人とも、ほんの少しだけ口を開けて待っている。
(……?)
(なんで二人とも口開けてるの?)
まあ、どうでもいいか。私はフォークで、一番美味しそうな白苺のショートケーキを取った。アレクの目が輝く。レオンも、わずかに身を乗り出した。
そして――。
「はい、フローラ。あーん♡」
「……っ!」
ぱあああっ!
「ありがとうございます、ビビお姉さま!!」
フローラが満面の笑みで、ケーキを頬張る。
その瞬間。パキィッ。
「……ん?」
何かが折れる音がした。見ると──アレクの手にあった銀のバターナイフが、ぐにゃりとひしゃげている。
「…………」
レオンはティーポットを持ったまま。絵画のように美しく――そして、ものすごく哀しそうな顔で石化していた。
(あら?)
(二人とも、お腹が空いたのかしら?)
でも。
(フローラとこうして仲良く食べるのが、一番平和よね♡)
「あら、フローラ」
「ふぇ? なんれすか?」
「ふふ。口元にクリームがついてるわよ」
「えっ」
私は指先で、そっとクリームを拭った。
「お姉さま……♡」
ぼっ。フローラの頬が、一気に赤く染まる。
その瞬間。
ドンッ!!
「……あら?」
地面が揺れた。
「…………」
振り返ると、アレクはいつも通りの無表情。
(……気のせいかしら?)
私は再び、幸せそうなフローラへ向き直った。
だから――。耐えきれなくなったアレクが、無意識に地面を踏みしめ、足元に小さなクレーターを作っていたことにも。
レオンの笑顔が、完全に消えていたことにも。
この時の私は、最後までまったく気づかなかった。