テラーノベル
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アレクだった。鋭い眼差しでこちらを睨みつけながら、その視線は私の手作り卵焼きとハンバーグに釘付けになっている。
《……なんだ、あの黄金の層と茶色い肉の塊は。バイオレッタが自ら火を操り、指先を使い、愛を込めて成形した『供物』か?》
《……頼む、一切れ。一切れでいい。その一切れを恵んでくれ……!》
「……アレク? どうしたの、そんなに怖い顔で睨んで」
私は手元のお弁当を見下ろした。
「ああ、そうよね。公爵ともなれば、こんな庶民的な食べ物なんて、口にしたいと思うはずないわよね」
「ま、待て! 俺にも一口――!」
アレクが必死に手を伸ばそうとした、その瞬間。
背後から眩い黄金の光が降り注いだ。
「やあ、可愛いレディたち。食後のアフタヌーンティーはいかがかな?」
光の粒子と共に現れたのは、レオン。彼がパチン、と指を鳴らす。
すると空間が歪み、そこには高さ50センチを超える白磁と金細工の――王室御用達『幻の5段重ねアフタヌーンティー・スタンド』が出現した。
「……なに、あれ」
思わず、私は目を奪われた。
真珠のような白苺。ルビーのような輝きを放つゼリー。精巧な飴細工の薔薇。黄金色のスコーン。金箔が躍る小さなタルト。
(……ちょっと待って。あの白苺、前世のデパ地下の高級フルーツ店に並んでた一粒数千円はしそうな代物じゃない!?)
(しかも飴細工の薔薇……食べ物というより美術館に飾る芸術品のレベルよ……!)
「王室専属パティシエに作らせた、春限定品だよ。君に一番最初に食べてほしくて、王城から転送(テレポート)させたよ」
レオンが誇らしげに微笑む。
(さすが王子! 差し入れのスケールが違うわ! これならフローラも絶対喜ぶはずよ――)
だが、隣に座るフローラの周囲には、一瞬で「絶対零度」の空気が漂った。
「……結構ですっ」
「お姉さまのお腹は今、私の愛情たっぷりの手作りお弁当で満たされる予定なんです!!」
(え、フローラ? それちょっと手厳しすぎない?)
「でもフローラ、これとっても美味しそうよ。せっかくなら、一緒に食べてみたいわ」
私がそう言うと、彼女は優雅にフォークを置いた。そして信じられないことを口にした。
「お姉さま。せっかくですから、この殿方たちに、私たちの『給仕』でもさせましょうか?」
「えっ……!? 王子と公爵に、給仕(パシリ)をさせるの!?」
(……あっ、そういうこと!? 『身分の高い者こそ率先して労働の尊さを学ぶべき』って授業で習った、あの高潔な奉仕精神! それを彼らに実践させようとしてるのね!)
「じゃあ二人とも、頑張ってね!」
私が許可を出すと、アレクとレオンは一瞬、魂が抜けたような顔をした。
***
しかしすぐに「バイオレッタの役に立てる(近づける)」という一点において、二人は驚異的な適応力を見せた。
【アレクの給仕】
戦場を制したその太い指先が、小さなスコーンを前に震えている。
「……スコーンにクリームを塗ればいいのだな?」
アレクは真剣な顔で、クロテッドクリームを見つめていた。
「この軟弱な菓子に、適正な圧力をかけるのは……戦場で敵を倒すより難しい……」
彼は極限まで集中し、ミリ単位の精度でクロテッドクリームを塗り広げていく。その表情は、魔物の解体作業よりも真剣だった。
【レオンの給仕】
「バイオレッタ、お茶が入ったよ」
レオンはティーポットを完璧な角度で傾ける。
「魔法で完璧な摂氏70度に調整したよ。僕の気持ち、受け取ってくれる?」
紅茶の中には、光魔法によって「バイオレッタ」を示す「V」の文字がキラキラと浮かび上がっている。
けれど、バイオレッタは「あら、茶柱ね。縁起がいいわね」と大して気にも留めず受け流した。
***
周囲の生徒たちは、悲鳴に近い声で囁き合っていた。
「……おい、見たか? あの『戦場の狂犬』が、震える手でクリームを塗っているぞ……」
「王子殿下が、給仕係としてお茶を入れている……」
「魔力を持たないウィステリア伯爵令嬢こそが、この学院の真の支配者なのか……?」
「『裏の女帝』に違いないわ……」
***
「私が、食べさせてあげるわね!」
そう言って、私はフォークをケーキに刺した。
アレクとレオンが、期待に満ちた目でこちらを見る。しかも二人とも、わずかに口を開けて待機している。完全に、自分が「あーん」してもらえると100%確信している顔だった。
(……?)
(なんで二人とも、そんなに口を開けているのかしら)
私は首を傾げながら、フォークに乗せたイチゴのショートケーキを差し出した。
もちろん、相手は――。
「はい、フローラ! これが一番美味しそうよ。あーん」
「……っ! ありがとうございます、ビビお姉さま! 私幸せですっ……!」
フローラは、満面の笑みで美味しそうにケーキを頬張った。
パキィッ。
アレクの手にあった銀のトングが、音を立てて握りつぶされた。
レオンはティーポットを持ったまま、絵画のように美しく、そして哀しく石化している。
(あら、二人ともお腹が空いちゃったのかしら?)
(でも、フローラとこうして仲良く食べるのが、世界で一番平和でいいわよね!)
「あら、フローラ。口にクリームがついているわ」
私は幸せな気持ちで、フローラの口元についたクリームを指でそっと拭った。
「お姉さま……!」
フローラは頬を赤く染め、ますます嬉しそうに微笑んだ。
――ドンッ。
「あら?」
なんだか大きな音がした気がする。気のせいかしら。
この時の私はフローラの笑顔に夢中で、アレクが地団太を踏んで足元の地面を陥没させていたことなど、まったく気づいていなかった。
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