テラーノベル
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「今日の課題は『魔法植物の発芽訓練』だ。各自、魔力を流して種を目覚めさせよ」
魔法学院の午後の教室。壇上で教師が告げた。
私の周囲は、爆発しそうなほどの熱気に包まれていた。「完全包囲網」が敷かれているのだ。右隣には、キラキラした瞳でじっと見つめてくるフローラ。前には、広い背中で圧をかけるアレク。そして後ろには、隙あらば私の髪に触れ、甘い言葉をかけようとするレオン。
「次、レオン王子殿下」
教師の声に、レオンが優雅に立ち上がった。彼が陶器の鉢植えにそっと手をかざすと、教室中に眩い黄金の光が降り注いだ。
種は瞬く間に殻を破り、ぐんぐんと伸びていく。そして幾重にも重なる花弁を持った、黄金のバラが咲き誇った。
「きゃあ、素敵! さすがは光の王子様だわ!」
教室に女子生徒たちの声が響いた。
「次、ベルシュタイン公爵」
立ち上がったアレクが教卓へ向かう。彼が鉢植えに手をかざした瞬間、赤黒い炎の魔力が渦を巻いた。 ――しかし、その力はあまりに強すぎた。 種は芽吹く間もなく『炭』となり、植木鉢からはパチパチと不穏な黒煙が立ち上る。
「公爵! それは発芽ではなく『火葬』です! 教室が火の海になる前に、もう結構!!」
アレクは「……加減が、わからん」としょんぼりと肩を落として席に戻っていった。
「次、エミリア・フローラ」
(その次は私の番だけど、魔力ゼロの私にどうしろっていうのよ。種を応援するくらいしかできないわよ……)
「ねえ、バイオレッタ。困っているなら、僕と『魔力交換』しない?」
レオンが耳元で囁いた。
『魔力交換』。それは手をつなぎ、身体を寄せ合い、相手の体内に直接魔力を流し込む、ほぼ恋人たちの間で行われる情熱的な儀式だ。
(あんたに安易に手を握らせるわけないでしょ)
「バキッ」
私の拒絶を待たずして、前の席でアレクが素手で筆記用具を粉砕した。
(ちょっと、周りがドン引きしてるわよ!教室の中で破壊活動はやめて!)
教卓の前では、フローラが微笑みを浮かべていた。
「お姉さまのために、世界で一番美しいお花を咲かせてみせますねっ」
(やる気が尊すぎるわ……!)
フローラが鉢植えに手をかざした瞬間。芽が、爆発するように伸びた。 蔓は教室の天井を叩き、「ドカッ!!」と音を立てて建物の天井を突き破った。
「…… 止まらない?」
フローラが不思議そうに首を傾げた時には、教室はすでに“緑の深淵”に侵食されていた。壁を這い、床の上を波打ち、巨大な茎がまるで生き物のようにうねる。
「魔力暴走だ! 全員、退避!!」
教師が叫ぶ。蔦はさらに凶暴化し、牙を持つ巨大人喰い食虫植物へと変貌を遂げていく。
「……お願い! 止まって!」
フローラの声が震えた。
「……だめだね、完全に制御が外れてる」
レオンがつぶやいた。
「……焼き払うしかない。強制的に止める」
レオンとアレクが強力な光魔法と闇魔法を練り上げ始めた。
***
中心で震えるフローラの脳裏には、幼い時の呪いのような記憶が蘇っていた。
『化け物め』
『あの子の力、気味が悪いわ』
家族も友達も、誰もが自分の力を見て拒絶し、恐怖の眼差しを向けてきた記憶。
***
フローラの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……来ないで……っ!」
威嚇するように蔦がのたうつ中。私は、真っ直ぐにその“人喰いの森”の中へ足を踏み出した。
「下がれ!死ぬ気か!?」
「危ないよ!」
二人を無視し、私はうねる蔓の合間を縫って歩く。
(暴力で抑え込もうとしたって、きっと暴走は止まらないわ。必要なのは安心させてあげることよ)
「フローラ」
名前を呼ぶ。それだけで、襲いかかろうとした鋭いトゲを持つ蔦の動きがぴたりと止まった。
「……お姉さま」
ゆっくりと顔を上げたフローラの瞳は、絶望と自己嫌悪に染まっていた。
「……怖くないんですか? ……私、お姉さまのことも、傷つけてしまう化け物かもしれないのに……」
私は迷わず手を伸ばした。 そして、彼女のふわふわの柔らかい頭に触れ、優しい声で言った。
「フローラが化け物なんて、そんなことあるはずないじゃない。……こんなに大きな、立派な植物を育てられるなんて、すごいことよ」
――その瞬間。 教室を埋め尽くしていた緑の重圧が、嘘のように解けた。 植物がキラキラとした緑の粒子に変わり、消えていく。
「……お姉さまぁっ!!」
フローラが、私の胸に飛び込んできた。
「……怖い思いをさせてごめんなさい。でも、私も怖かったんです……!お姉さまにまで嫌われてしまったら、私、もう……!」
「大丈夫よ、フローラ。……私は、いつも一生懸命なあなたのこと、大好きよ」
静まり返った教室で、アレクとレオンは呆然と立ち尽くしていた。
「……俺たちでも暴走を止められなかったのに……」
「……でもこれ、ちょっと反則じゃない?」
フローラは私の腕の中で涙を拭い、世界で一番幸せそうな最高にかわいい笑顔を浮かべていた。
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