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画面越しに映るりうらは、いつも通りふわりとした笑顔を浮かべていた。だけど、目は笑っていなかった。
「……うん、コメントありがと」
ひとつひとつコメントを拾っていく彼の声が、少しだけ間延びしていた。
画面の端では、リスナー同士の言い合いが静かに続いていた。
「ちょっとだけ、話してもいい?」
彼はふと、口元から笑みを消して、まっすぐに画面を見た。
優しいけど、芯のある声だった。
「俺ね、アンチがくるのは……まぁ、仕方ないことだと思ってるんです。活動してる以上、そういうのってついて回るから。もちろん、傷つかないって言ったら嘘になるけど」
少しだけ視線を落とした。マイクの横に置かれた手が、ぎゅっと握られている。
「でも……それでも、俺に来るぶんには全然いいんですよ。俺ポジティブだし笑」
そう言いながらも、その声はほんの少しだけ震えていた。
「だけど、リスナーさん同士が喧嘩してるのは……見たくないな」
そっとマイクに近づきながら、今にも消えそうな声で続ける。
「俺が配信するのって、みんなと楽しい時間を過ごしたいからで。コメント欄が温かい場所であってほしくて……。なんか、俺のせいで空気が悪くなっちゃったなら、ごめんね」
画面の向こうには彼を責める人はいないのに、自然と謝ってしまうりうら。
それが、彼のやさしさだった。
「お願いがあります。アンチの言葉も、メンバーに向かうよりは、りうらにしてください。」
笑ってみせたその表情は、どこか痛々しくて。
だけど、最後の一言だけはしっかりと力を込めていた。
「でもね。リスナーさん同士では、言い合わないでほしいです。
俺の本望は、そうじゃないので」
コメント欄は一瞬、静まりかえった。
「……ごめんなさい、ちょっと、重たかったかも。こういうこと、あんまり配信で言うのもよくないかもしれないけど」
りうらの声が少しだけかすれていた。手元のマイクを握る力が、ほんの少しだけ強くなっている。
「でもね、りうら、配信って……“帰ってきたくなる場所”であってほしいんです。俺にとっても、みんなにとっても」
静かな言葉に込められた、真っ直ぐな願い。
「喧嘩とか、言い合いとか、そういうのって、やっぱ見てて苦しいじゃん。俺、コメントちゃんと見てるし、みんなのこと、覚えてる。名前もアイコンも、口調だって」
少し笑いながら、でもその笑顔はどこか切なげだった。
「だから、俺のことで怒ったりしてくれるのも、たぶん、俺のこと好きでいてくれるからなんだろうなって思うし……ありがとうって思う。でも、それでリスナーさん同士が傷つけあうのは、悲しいよ」
手元のパソコンを見ながら、少し視線を落とした。
「もし俺に何か言いたいことがあったら、俺に言って。誰かにじゃなくて、りうらに」
ほんの少し黙ってから、画面に向かって、ふわっとした笑みを浮かべた。
「りうらは……自分がどう言われても、正直、慣れてる部分もあるから。」
口元だけは笑っているのに、目がどこか寂しげだった。
「だから、他のメンバーのこと、あんまり悪く言わないであげてください。ほとけっちも、初兎ちゃんも、ないくんも、まろも、アニキも……みんな、ほんと頑張ってるから。俺にだったら、してもいいから。……それで、バランスが取れるなら、ね」
そんなふうに、笑ってしまう彼の優しさが、画面越しでも痛いくらい伝わってくる。
コメント欄は、だんだんと温かい言葉に染まっていった。
「ごめんね、真面目な話になっちゃって。でも、ちゃんと伝えたかった。ありがとう、聞いてくれて」
そして少し間を置いて、りうらは微笑む。
「……じゃあ、おつりうらで終わりましょうか!せーのおつりうらでしたー!」
いつもの、やさしいりうらの声が戻ってくる。
けれど、その笑顔の裏側に、誰にも見せない心の痛みがほんの少しだけ残っていた。
配信を切ったあと、静寂が部屋に落ちた。
モニターには、もう誰の言葉も映っていない。
けれど、りうらの胸には、残ったままだった。あの言葉たちが。
「……りうらにはしてもいいから、って……言ったけど……」
ぽつりと、自分で言った言葉を繰り返す。
小さな声が震えている。
涙が、頬を伝って落ちていった。
強がって笑ってた。気丈に配信を締めくくった。
けど、ほんとは怖かった。悲しかった。悔しかった。
スマホが、控えめに震える。
画面には「ないこ」の名前。
少し躊躇してから、通話に出る。
「……もしもし」
『……りうら。』
ないこの声は、優しくて、だけど真剣で。
まるで、全部を見透かしてるみたいだった。
『お前、泣いとるやろ』
「……泣いてないもん」
強がりを返しても、声が詰まる。
『配信、見てた。お前があんなふうに言うって、よっぽどやなって思った』
しばらく、沈黙。
そのまま切れてしまいそうな空気を破ったのは、ないこの静かな言葉だった。
『りうらはな、俺たちにばっか気遣いすぎやって』
「……あたりまえじゃん……みんなは大事だから」
『お前も、大事な仲間やろ』
ふいに、涙腺が緩む。
『りうら一人に抱え込ませるわけないやん。なんで、そうなるんよ?』
「……りうらにくるのは、いいの」
「でも、みんなには……」
『ちゃうやろ。りうらにだけ来るのが、一番あかん。なんでお前が全部受け止めなあかんの』
『俺たちは、6人で1つや。誰か一人にだけ辛さ背負わせるようなチームなんかじゃない』
りうらは、何も言い返せなかった。
ただ、声を殺して泣いた。
そんな自分を責めるように、また涙があふれる。
『しんどい時は、ちゃんと頼れ。な?』
「……ありがとう、ないくん……」
『全然。辛さは6等分な。りうらだけ抱えんな』
そして、少し間があって。
『あと、りうらがそう言うなら……今度の配信、俺も一緒に出るわ』
「……ほんと?」
『うん。俺らは一緒や。ずっとね』
その夜、りうらは少しだけ眠れた。
泣き疲れたあと、心のどこかがふっと軽くなっていた。
まだ怖さはある。けれど、それでも、ちゃんと繋がってる――
そんな確かな温度が、胸に残っていた。