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#希望
#感動的
◇◇◇◇
朝であるはずの空に、まだ星が残っていた。
夜は退かず、光もまた完全には勝てない。ふたつの時間が重なり合い、世界はどこか歪んだまま、均衡を保っている。
あべこべな空の下。
セレナは静かに振り返った。
「……準備はいいですか?」
問いは短い。
レオニスとクリスは、言葉を返さずに頷く。
セレナは門へと手をかけた。
軋む音とともに、ゆっくりと開かれていく。
その向こうには、瘴気に満ちた世界が広がっていた。
ここから先は、隠れる場所などない。
王城まで、一直線。
濃密な瘴気の中を、突き進むしかない。
一歩、踏み出そうとしたそのとき。
「セレナ、待って」
背後から声がかかった。
振り返る。
「……ジーク?」
駆け寄ってくる青年の顔は、どこか決意に満ちた目をしていた。
「僕が先頭に立つ」
息を整えながら、まっすぐに言う。
「城へ行くなら、星篝の魔女が使っていた通路を辿った方がいい」
セレナは、わずかに目を細める。
「理由は?」
「分からない。でも……何度か、城の前まで連れて行ってもらったことがあるんだ」
記憶を辿るように、視線を彷徨わせる。
「真っ直ぐ行けば、すぐに着く距離なのに、リースペイトはわざと遠回りする。ジグザグに、何かを避けるみたいに。……だから、城に行くなら、あの人の通った道をなぞった方がいい」
迷いはなかった。
セレナは、ジークの言葉に頷く。
「……分かったわ。でも、ジーク」
一歩近づく。
「あなたにも、傷ついてほしくないの。危険になったら」
「ああ」
遮るように笑う。
「分かってる」
軽く肩をすくめる。
「危なくなったら、妖精みたいに消えるよ」
冗談めかした言い方。
セレナはそっと手を伸ばす。
ジークの胸元に触れる。
指先から、淡い光が滲む。
浄化の膜。
目には見えないそれが、彼の全身を包み込む。
「……これで大丈夫」
囁くように。
ジークは、少しだけ目を見開き、そして笑った。
「ありがとう」
そのやり取りを、レオニスは黙って見ていた。そして、ゆっくりと剣の柄に手をかける。
無言の圧。
「……こわいこわい、もう臨戦態勢? まだ早いって」
くるりと背を向ける。
「こっちだよ」
小走りで、先頭へ。
「……気に入らん」
レオニスが呟く。
だが足は止めない。
その後ろを、セレナとクリスが続く。
隊列が、静かに動き出した。
進路は、奇妙だった。
真っ直ぐ進めば見えるはずの王城が、なかなか視界に入らない。
右へ、左へ。
時に引き返し。
また別の道へ。
まるで、見えない何かを避けるように。
あるいは、踏んではならない線をなぞるように。
一度、来た道を戻ったとき。
レオニスの眉が、わずかに寄る。
口を開きかける。
だが。
前を行くセレナが何も言わないのを見て、言葉を飲み込んだ。
彼女が黙っているなら、それが答えだ。
やがて。
「……もうすぐだよ」
ジークが振り返る。
その声に、セレナが応じた。
「ジーク。もういいわ」
「え?」
「ここからは、真っ直ぐに行く。城へ」
「……そう?」
ジークが首を傾げる。
「リースペイトは、いつもこの道を?」
「うん。毎回、欠かさずにね。僕がいないときは知らないけど」
セレナは、足元を見る。
見えないはずの何かを確かめるように。
「……これは、呪いを弾くための道筋よ」
ぽつりと呟く。
「誰かが敷いた魔法陣に沿っている」
空気の流れ。
微かな魔力の残滓。
それらが、一本の線として繋がっていく。
「懐かしい魔力……」
目を細める。
「初代リースペイトのものね」
ジークが、ほっとしたように笑う。
「じゃあ、僕も少しは役に立てた?」
「ええ」
セレナは小さく頷く。
「十分すぎるほどに」
一瞬の静寂。
そして、ジークは少しだけ視線を逸らした。
「……もし、あの人に会ったら」
軽い口調を装いながら。
「助けてやってくれよ。僕の命の恩人らしいしさ。死んでたら、寝覚めが悪い」
セレナは、まっすぐにその言葉を受け止める。
「私の命の恩人からの頼みなら断る理由はないわ」
ジークは、満足げに笑った。
「じゃあ、ここまでだな」
踵を返す。
「屋敷で待ってる」
「……ええ。待っていて」
短い別れ。
振り返らない。
その背が、瘴気の中へと溶けていく。
やがて見えなくなると、セレナは前を向いた。
王城。
そこに、すべてがある。
「ここから先は、どれだけ隠れても魔族に察知されます」
空気が、張り詰める。
「いつ、どこから現れてもおかしくない」
一歩、踏み出す。
「そのことだけは、忘れないでください」
レオニスとクリスが、同時に剣を抜いた。
金属音が、静かに鳴る。
それは、開戦の合図だ。
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