テラーノベル
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ナギは深呼吸を一つしてから、長い睫毛を伏せ気味にしてゆっくりと顔を上げ、上目遣いに見つめながら、震える声で小さく呟いた。
「……蓮……」
「っ」
その破壊力たるや凄まじく、危うく理性を持っていかれるところだったがなんとか堪える事に成功した。名前を呼ばれただけでこんなにも嬉しくて幸せな気持ちになれるなんて、今まで知らなかった。
だが、
「ナギ……」
「ご、ごごごごめっ、お兄さん! 俺、もう行くね! 準備しないとっ! あ、カメラの回収たのんだよ!!」
「え……」
感極まって抱きしめようと伸ばした手は空振りに終わり、脱兎の如く走り去ってしまったナギに呆然とする。
いま、またお兄さんと言わなかっただろうか? 折角、嬉しかったのに……。
何なんだったんだ、一体。でもまぁ、あれはあれで可愛かったからいい、のか。
思わず脱力してしまったが、先ほどのやり取りを思い出すとだんだん可笑しさが込み上げてきて、吹き出してしまう。
恥かしいのか何なのかわからないが、どうしても名前で呼ぶことが出来ないなんて、本当に可愛い奴だ。
次はいつ言わせてやろうかな。なんて考えつつ、蓮は一人、部屋へと戻った。
朝出ていた靄も、日が昇り切るころにはすっかり晴れて綺麗に澄み渡った青空が、眼下に広がっていた。今日は雲ひとつなく絶好の撮影日よりだろう。
「えーっ、ドッキリ失敗したってどういう事?」
「ごめんね。バッテリー切れてたみたいで……」
申し訳なさそうな顔で謝るナギに、美月は不機嫌そうに唇を尖らせた。
こういう時、役者は凄いと思う。何食わぬ顔で、何もなかったかのように振舞うナギに、内心舌を巻いた。
「おやおやぁ? 嘘はいけないんじゃないっすか? まぁ、仮にはるみんのバッテリー切れてても問題ないよナギ君。大丈夫、俺のカメラにはバッチリうつってたから」
「へっ!?」
「なぁんだ、ちゃんと撮ってあるんじゃない。びっくりさせないでよね。で? どんな感じだった?」
一瞬信じかけていた美月だったが、銀次の言葉に目をキラキラさせながら銀次に詰め寄る。
「ち、ちょっ銀次君っ!?」
まさかアレを見せる気だろうか? 流石にそれはまずいと慌てて止めようとしたが、銀次がそれを制した。
「ちょぉっと加工が必要なんで、現物は見れられないですって」
「加工が必要なの? なんで?」
「バズらせたいんでしょう? だったら、いらない情報とか映っちゃいけないものとか、いろいろあるから……。大丈夫。俺に任せておいて下さい」
銀次はちらりとナギと蓮を見比べてぱちんとウィンクを一つ。
「……っ」
ナギの肩がピクリと跳ね、思わず蓮も隣で固まる。
銀次はそれを面白がるように口元を緩め、にやにやと笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「ま、俺がうま〜く切り取っておきますから。お二人さんの“企業秘密”はちゃんと守りますって」
「き、企業秘密って……! ちょっ、銀次君!!」
思わず声を荒げたナギの反応に、美月たちは「え? なんのこと?」と首を傾げるだけ。
「えー、なに? なに? 何か映っちゃいけないモンでもあったわけ?」
「……な、なんでもないからっ!」
ナギが顔を真っ赤にして否定し、蓮も曖昧に笑ってごまかす。
美月はしばらく二人をじーっと見ていたが、やがてふっと息を吐いて肩を竦めた。
「……ふぅん。ま、いいわ。教えてくれないなら仕方ないし」
チラリとこちらに視線を投げて寄越すと何かを思いついたのかにやりと笑う。
なんだろう? 何か嫌な予感がする。 ナギに何事かを囁く彼女は絶対何か良からぬことを企んでいるに違いない。
「えーっ、無理じゃない?」
「そんなことないわよ。大丈夫だって」
「……何の話をしているんだい?」
二人の会話に割り込むように蓮が声をかけると、二人はギョッとしたように振り返った。
「べ、別になんでもないよ!?」
明らかに動揺した様子のナギの態度が怪しすぎる。
「何でもないことないだろう?……僕に隠し事するの?」
わざと悲しそうに言ってナギの顔を覗き込めば、「うっ……」と声を詰まらせてオロオロと視線を彷徨わせる。
もしかしたら自分の演技力も意外と捨てたものでもないのかもしれない。なんて思いながらジッとナギの瞳を見つめていると根負けしてくれたようで渋々口を開いた。
「……あの……その……前言ってた弓弦君との女装対決、やりたいなぁって……」
「え? 嫌だけど」
ニコッと笑顔を向けながら即答すれば、ナギが「だよねぇ」とがっくりと肩を落とした。
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